20:違和感
「公太君はもう……」
美彩は涙で私話しかけた。
「多分……」
「そう……」
俯き目を閉じる美彩をただ見つめているだけだった。
「ごめんね」
扉が開き本多さんが入ってきた。
私も美彩も本多さんを見る。
本多さんは私達の向かいの席に腰を掛けた。
「楓花ちゃんも美彩ちゃんも今日は本当にごめんなさいね」
「いえ、半ば無理矢理、私が言い出したことなので」
私の答えを聞いた本多さんは、優しい笑みを浮かべて
「もうすぐお父さんも帰れると思うから」
「父が本当にご迷惑をお掛けしました」
父は一歩間違えれば暴行罪、相手に怪我でもさせてしまえば傷害罪に問われても不思議ではない。
「いいのよ。それに楓花ちゃんのお父さんがやって無ければ、私が殴ったかも知れないしね。しかもグーで」
本多さんはそう言って笑って見せる。
「しかし、大王子さんにしてみては……」
「あの人はそれどころではないわ。殺人容疑と死体遺棄容疑ですもの」
警察は大王子さんを起訴するだろう。
そして有罪は確定になるのも分かる。
後は、余罪という事になる。
近藤さん殺害並びに千沙梨さんのノートパソコン窃盗と。
この二つの事件に大王子さんがどう関わっているかという事をこれから調べていくのであろう。
私の中では大王子さんが犯人だと思っている。いや確信に近いと言ってもいいほどだった。
そこまで考えてから私は、目の前にあるお茶を飲むながら美彩と本多さんとを見る。
あれ?何かおかしい……
何か抜けていることがある気がする。
何かに違和感を感じているはずなのに分からない。
私は必死で考えを巡らす。
まず何がおかしいのか?と思った根拠。
おそらく大王子さんの事だと思う。
では大王子さんの何におかしいと思ったのか……
余罪……
近藤さん殺害事件と千沙梨さん窃盗事件。
この二つの事件に何か違和感を感じたはずだった。
二つの事件と大王子さんを繋ぐのは公太君が虐待を受けていたという事実が証拠としてあるということ。
それ以外に大王子さんと二つの事件に繋がりはない。
その時、ふっと脳裏に浮かんだこと、もしかして二つの事件と公太君の事件はまったくの無関係という可能性。
「ねぇ楓花?どうしたの?」
美彩の声に私は一瞬目を閉じてから深呼吸をする。
「美彩、大王子さんは近藤さんの事件に何か関係あると思う?」
直球で聞いた。
「うーん……私は分からないけど、動機は十分だと思う」
「そうよね……」
実際、近藤さん殺害ではっきり目に見える動機があるのは大王子さんだけだ。
近藤さんのパソコンにもオンラインのストレージの中にも手掛かりになるものは無かったからだ。
「では、楓花ちゃん、諏訪さんのノートパソコンの犯人は大王子さんと考えているの?」
今度は本多さんから私に質問が投げかけられた。
「分かりませんが、この事件の動機も十分あると思います」
「それはどうして?」
「それは、ノートパソコンに公太君の事が少なからず書かれていたからです」
児童相談所の職員が大王子公太という少年の保護に少なからず動いていたことを示す内容が書かれていた。
「楓花ちゃん、そんな情報盗んでも意味ないことだと楓花ちゃん言ってなかった?」
「え?」
本多さんの突然の問いにハッと気づいた。
そうだ!確かに言った気がする。
だってノートパソコンを盗んだところで、児童相談所の別のパソコンに情報が入っている。
現に父の使用しているパソコンからコピーしたと酒井さんは言っていた。
そう思うと、ノートパソコンを盗む動機が弱すぎる。
ではノートパソコン窃盗事件の犯人は大王子さんでは無いということ?
では一体誰が……
そこでようやく違和感に気付いた。
私の考えが正しいのであれば、ノートパソコン窃盗事件の犯人は大王子さんでは無い……
私の考えでは白のセダンと黒のミニバンが重要なファクターとして登場することになる。
それは協力者が居るいうことで単独犯では無い事を意味していた。
私の考えはまったく的外れだったのでは無いかと思い始めた。
何か見落としがある。
もしかして、近藤さん殺害も単独犯ではなく複数犯と言う可能性も考慮に入れるべきでは無いだろうか……
私はスマートフォンを取り出し、近藤さんが利用していたオンラインストレージのサイトを表示する。
覚えていたIDとパスワードを入力する。
表示された日記類に再び目を通す。
「IDとかパスワードとかよく覚えていたね」
美彩の言葉に、私は美彩を見ながら
「だって結構単純だったから」
そう答えた。
「え?そう?結構意味分からないけど……」
IDは近藤さんが普段使用しているメールアドレスで、パスワードは『Diario-Chiave』だった。
「『ディアーリオ・キアーヴェ』って何か意味あるの?」
美彩は続けて質問する。
「ディアーリオは日記で、キアーヴェは鍵って意味だよ」
私はそう教える。
「そうなんだ。本当に単純」
美彩は納得した様子で言った。
私は最も古い日付から順に日記を読み返す。
注意するべき点は、誰がいつ、どこで、近藤さんと会っているかという事。
会った回数を集計し、誰が一番多いかとその人物が所属する組織、またはグループ。
例えば、会社とか釣り仲間、飲み仲間やボランティア活動の仲間といった感じのグループ。
それらを集計することで、近藤さんとそのグループの関係性が分かるかも知れない。
単独犯でない場合は、そう言ったグループ単位での犯行が多くなると思ったからだ。
何か共通点のあるグループがある筈だ。
私はスマートフォンのメモ帳にそれらの事を入力していく。
日記を読み終わり、私はメモ帳に入力した内容を見ていく。
そして、ここでも一つの疑問が生まれた。
明らかにおかしいことが書いてあった。
私は美彩にスマートフォンを見せる。
「美彩。これおかしくない……」
「うーん……おかしいって?」
美彩は分からないみたいだ。
「よく思い出してみて、近藤さんとの出会いについて、この人は、ここに書いていることとは違う事を言っていたよ」
私の言葉に美彩は考え込む。
記憶の道を遡っているのだろう、美彩は無言のまま、頭を傾けたり、腕を組んだりと色々なポージングをしている。
「あ、思い出した。確かに」
「おかしいよね」
「うん」
「どうして?どうして違うの?」
美彩は不思議そうに聞く。
「この人が嘘をついているという事だと思うよ」
「でもどうして嘘なんてつくの?」
それも実は明確ではないが答えらしいものがあった。
何となく繋がった気がする。
やはり、近藤さんの事件とノートパソコンの事件は同一犯……同一のグループによる犯行だと思った。
私は自分の考えを南部さんや平塚さん、酒井さん、本多さんに伝えようと思い、本多さんに皆さん集めて貰えないかとお願いをした。
本多さんは簡単に了承してくれて、すぐに呼び出しを掛けてくれた。
しばらくして、酒井さんが会議室に現れる。
最後に南部さんと平塚さん、そして父も会議室に集まった。
「それで、楓花ちゃんどうしたの?」
開口一番に南部さんが聞いてきたので
「近藤さんの事件とノートパソコンの事件を私なりに考えてみました。聞いていただけますか?」
南部さんと酒井さんの目が見開かれ輝いているようにも見える。
「ぜひ、聞かせて貰いたい!」
酒井さんの言葉に私は頷き、
「ありがとうございます。それでは少しお話させて頂きますね」
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