19:大王子の逮捕

 車に乗り込んで大王子さんの家に向かった。

 正直不安すぎてどれぐらい時間が経ったのか、どの道順で来たのかも頭に入っていなかった。


 父の車と南部さんの車があった。

 扉の前で父と南部さんと平塚さん、そして見知らぬ男性が話している。

「お父さん」

 私は走って父の元に向かう。

「楓花!どうして?」

「お父さんが心配で」

 息を切らせながら走り父に抱き着いた。

「大丈夫だと言ったのに」

「だって……」


「その子は?」

 見知らぬ男性の声に顔を上げる。

 男性はぼさぼさの頭に無精ひげ、白いTシャツ、ジャージといった出で立ち。

 この男性が大王子さんなのだとすぐに分かった。

「この子は娘です」

 父は男性にはっきりとした口調で言う。

 父の誇らしい姿を見上げる。


 そして後ろを振り返ると美彩と本多さんしかいない。

 酒井さんの姿が見えなかった。

「だから、今日は無理なんだって」

 大王子さんが南部さんに言っている。

「しかしですね」

「令状無いでしょ?だったら帰って下さいよ」

 どうやら家に入れるのを拒否しているみたいだった。


「せめて公太君に会わせてもらえませんか?」

 今度は父が言うと

「あんたもしつこいな!公太は出掛けていると言っただろう」

「どこにですか?」

「そんなの知らねーよ!」

 公太君を会わすことすらも拒否している。

 押し問答がしばらく続く。


 私は父から離れ美彩の元に戻った。

 すると姿が見えなかった酒井さんが戻ってきた。

「本多、これどう思う?」

 酒井さんはスマートフォンを本多さんに見せる。

「これは!」

「やっぱりお前もそう思うか?」

「はい……」


 何を見せているのか分かった。

 おそらく酒井さんは近藤さんと同じように裏に回り、お風呂場の窓から中を写真で撮ったのだろう。

 それを私達には見せないのは、酒井さんは刑事だからだと思う。当然だけど。


 酒井さんは南部さんの元にスマートフォンを持って近づく。

 そして南部さんにスマートフォンを見せた。

 南部さんの表情がみるみる変わる。

 とても真剣な眼差しだ。


「平塚!大王子を押さえておけ」

「はい」

 平塚さんは大王子さんを押さえつけた。

「おい!何をする」

 大王子さんは平塚さんに言ったのではなく、扉を開こうとする南部さんに言った。

「中を確認させてもらう」

 振り返りそう言うと扉を開けた。

「立花さん、あなたはここに居てください」

「分かりました」

 父の答えを聞いて南部さんは部屋に踏み込んだ。


 その間、大王子さんは暴れていた。

「おい!勝手な真似は止めろ!」

 いつの間にか近所の人たちも集まってきて、ちょっとした見世物になっている。

 南部さんが出てきた。

 とても険しい表情だった。

「お風呂のあれは一体なんだ?」

 怒りにも似た口調で大王子さんに聞く。

「あれは……」

「とりあえず、署まで来てもらおうか!」

 南部さんはそう言って平塚さんに合図を送る。


 そして電話を掛けた。

「鑑識、すぐに来てくれ」

 鑑識を呼んだという事は決定的なのであろう。

「あの刑事さん。公太君は?」

 父は不安そうな表情で南部さんに聞いている。

「……おそらくもう……」

 その答えに父は理解したのだろう。


 その後、私は父の姿が信じられなかった。

 あんなに温厚で優しい父があんな事をするなど思ってみなかった。

 父は急に走り出し、平塚さんに連れられて車に乗せられそうになった大王子さんは殴った。

 倒れこむ大王子さんにまたがりさらに拳を振り上げる。

 それを見た平塚さんが父を抑え込む。


 南部さんや酒井さんも父の元に駆け寄り父を落ち着かせようとした。

 私と美彩、本多さんも父の元に駆け寄る。

 少し落ち着いたように感じた父を見て平塚さんは大王子さんを起き上がらせ、車に乗せようと車の扉を開く。


 父は大王子さんにボソッと何かを呟いた。

 私はその言葉に聞き覚えがあった。

 しかし思い出せない。

 何語だろうか?

 父は普段英語すら話さない。


 私は体が震えているのに気付く。

 そっと美彩が私の手を握ってくれた。


「どうしてあんなことしたんだ!」

 大王子さんを乗せた車を見送ると南部さんが父に聞いた。

「申し訳ございません。ただ子供を殺すなんて許せなかった」


 父は本当に子供が大好きでいつも私に言っている。

『子供は人類の宝でもあり、神様の使いなんだよ』と微笑みながら。

 だから子供を虐待する大人が許せないのだろう。

 少しでもそんな子供の力になりたいと児童相談所の職員になったと思う。

 そんな父が子供を虐待の上で殺したという人物が目の前に居たら殴りたくもなるのも分かる。


 そっと父の右手に私の手を添えた。

 父はいつもの優しい表情で私を見る。

「本来なら暴行罪で現行犯逮捕ですが、今回は注意だけにします。ですが署までご同行してもらいます。いいですね?」

 南部さんがそう言うと、

「はい。申し訳ございませんでした」

 父は深々と頭を下げる。


 そうこうしているうちに刑事さんと思われる人と警官たちが数名集まってきた。

 到着した人達に南部さんが指示を与えると

「それでは参りましょうか」

 父を車に乗せる。

「あ、楓花ちゃん」

 南部さんに呼ばれ

「はい!」

 いくら逮捕でなく注意だけでも父が連れて行かれると思うと不安になっていた私は緊張した声で返事をした。

「悪いけど、楓花ちゃん達も一緒に来てもらえるかな?」

 私と美彩は見合って

「はい」

 同時に答えた。

「酒井、楓花ちゃん達を頼む」

 そう言い残し南部さんは車に乗り込み、車は走り去った。


 再び酒井さんの車に乗り警察署に着いた。

 父は事情聴取という形で取調室に入っているとのこと。

 私達は先ほどとは違う会議室のような場所に通された。

 先ほどの場所とは違い綺麗に片付いていてどちらかと言えば応接室と言った感じの部屋だった。

 暖かいお茶が出されて私と美彩は一息をついた。

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