13:近藤さん事件の再検証2

「そうですね、二枚目の『木内重忠きうちしげただ』さんと、こちらも二枚目の『笹原麻耶ささはらまや』さん」

二枚目の一覧の中から『木内重忠』と『笹原麻耶』の二人を指差した。


「理由を聞いても?」

何か期待している様子の南部さん。

「はい、まず木内さんですが、気になる点はやっぱり趣味の釣りですね」

「釣り?」

「はい。単純にクーラーボックスの存在だけなんですけど」

期待させておいて、申し訳ないと思ったが、本当にそれだけだった。

「なるほど、ドライアイスや氷を持ち運べるってことだね?」

「はい。その通りです。あと、付け加えるとするならば、夜中から朝方にかけてクーラーボックスを持っている人が釣り竿も一緒に持っていたら誰も不審には思いません」

「そうだね。誰もがこれから釣りかなって思うよね」


南部さんは納得した表情で頷いた。

「次に笹原さんですが、近藤さんの恋人だった方ですが、この証言があまりにもあっさりしすぎていると思ったんです。これは南部さんたちが調書から起こしたものですか?」

私は『笹原麻耶』の名前の下に書かれている証言の文章を南部さんと平塚さんに確認した。

「そうだね。我々が事情聴取をおこなって書いたものだよ」

「そうですか……それでは私の気にしすぎだと思います」


そう言って話を切ろうとしたが

「一応、聞かせてもらえるかな?」

私の顔を真っ直ぐ見ながら、南部さんは言った。

「はい。分かりました。えっとですね、他の方の証言では、少なからず驚きと信じられないといった文章がちらほら出てきますが、笹原さんの証言には一切そのような単語が出てきません。それは単純に話せないぐらいショックを受けていたから、南部さんたちが証言の節々を繋いで書いたものかも知れませんが……」

「我々は勝手に調書文書を書くことはないよ」

南部さんはすぐに否定した。


「それでは、やっぱり、笹原さんの証言は少し寂しい気がします。恋人が亡くなったのにこの証言はあまりにも寂しすぎます」

横から美彩が顔を覗かせ、『笹原麻耶』の証言をじっと見ている。

私ももう一度、証言に目を通す。

証言は問答形式で記載されていた。


捜査官『近藤さんとはどういったご関係ですか?』


参考人『武信さんとは三年ほどお付き合いをしていました。最近は結婚の話も持ち上がっていました』


捜査官『近藤さんとはどのように知り合いましたか?』


参考人『友達の結婚式で知り合いました』


捜査官『それはいつ頃ですか?』


参考人『四年ほど前になります』


捜査官『お付き合いまでに一年ほど空いていますがどうしてですか?差し支えない程度で構いません』


参考人『特に理由などありません。出会ってからちょくちょく食事とかには行っていました。そして一年ぐらいたった頃に告白されたのでお付き合いすることになっただけです』


捜査官『近藤さんはどのような方でしたか?』


参考人『真面目で優しい人でした』


捜査官『最近、何かトラブルがあったみたいなことは言っていませんでしたか?』


参考人『そのようなことは聞いていません』


捜査官『最後に事件があった日のあなたの行動を教えてください』


参考人『朝から仕事に行っていました。仕事の最中に武信さんから電話がありましたが、出ていません。仕事が終わって同僚と少し食べに行ってそのまま家に帰りました。それからは家から出ていません』


捜査官『近藤さんに電話を掛け直さなかったですか?』


参考人『はい。大事な用事ならまた掛けてくると思ったので』


とても恋人の事を語っていると思えないほどあっさりしている。

美彩も同様に感じたのだろう。

「なんか……近藤さん……可哀想……」

美彩の言葉に南部さんと平塚さんは美彩に視線を送る。

私は美彩に身体を寄せて、

「私もそう思う」

美彩に同調した。


「もしかしたら、倦怠期だったかも知れないね」

平塚さんがボソッと言った。

「そうですね。それに証言には結婚の話が出ていましたからマリッジブルー的なこともあったかも知れません」


そこまで言って、私は深呼吸をした。

「でも、倦怠期やマリッジブルーとかあったとしても、恋人を亡くしているんですよ。それはあまりにもあんまりだと思います」

南部さんと平塚さん、美彩、ここにいる全員が悲しい表情を浮かべた。


私は深いため息をついた。

「楓花ちゃんが気になる点はそこだけかな?」

南部さんが確認してきたので

「はい。その点だけです」と答えた。

「それで、楓花ちゃん的には誰が一番怪しいと思う?」

南部さんの質問に答えようとした時、

一枚の写真が目に入った。


近藤さんの部屋の様子。

前回は玄関の写真で近藤さんが倒れている写真しか見ていなかったが、今私が見ている写真は部屋の写真だった。

とても綺麗に整頓されている部屋だった。

この写真だけで近藤さんが几帳面な人だと分かる。


机の上にはパソコンが置いてあった。

「あの、怪しいとかはひとまず置いておいて、このパソコンって起動していたのですか?」

私は写真のパソコンを指差した。

「うん?あーパソコンね。起動していたよ」

「何か表示されていましたか?」

「何も怪しいのは無かったよ」

「ではどんな状態でしたか?」

「どんな状態?」

「えっとエクスプローラーが立ち上がっていたよ」

困惑する南部さんの横で平塚さんが答えた。


エクスプローラという事はファイルを操作した可能性が高い。

削除、コピー、切り取り。

それらの行為をおこなったと考えられる。

「このパソコンって調べたのですか?」

私が訊くと

「いや、何も調べていないと思うけど」

平塚さんが答えた。

「そうですか。それでは調べて下さい」

「うん?どうして?」

平塚さんが不思議そうな表情を浮かべる。

「何かのファイルを削除したか、外付け媒体、例えばUSBメモリとかにファイルを移して持ち去ったといった可能性があると思います」

「なるほど……でも削除されていたり持ち出されたなんてどうやって分かるの?」

「削除に関しては、今のOSはほとんどバックアップから復元できると思います。それとUSBメモリを接続したとかは、スコープ系が常駐していたら分かると思います」

平塚さんと美彩にはてなマークが出ているような感じがする。

南部さんに至っては、もはや世界が違うといわんばかりに口をポカーンと開けていた。


もし犯人がファイルの削除や持ち出しをおこなった痕跡が見つかれば、動機が分かるかも知れない。

それに私もそのファイルがどのような物なのか純粋に知りたい。

私はもう一度、近藤さんの資料に目を通した。


証券会社の営業、千葉県出身、趣味は釣りにボルダリング、そしてボランティア活動。

このキーワードの中で犯罪に巻き込まれる可能性があるのは……

分からない。

普通に考えたら、このキーワードで犯罪に巻き込まれるなんて考えられない。

とにかく今はパソコンに手がかりが残っていることを願うしかない。

そう思い考えるのを止めた。

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