12:近藤さん事件の再検証1

「さて、楓花ちゃんに頼まれていた物を持ってきたよ」

 南部さんは茶色のA4サイズの封筒を取り出し、中身を出した。

 近藤さんの写真がクリップで留められている資料を私に手渡す。

 近藤さんのプロフィールといったところ。

 南部さんに視線を向けて

「美彩に見せても大丈夫ですか?」

 尋ねると

「構わないよ。どうせマスコミにも話す内容だから」

 そう答えたので美彩に見せた。

 美彩は少し躊躇いながら資料を見る。


 資料に書かれた近藤さんは、

 氏名は『近藤武信』

 年齢は『三十三歳』

 職業は『会社員(○○証券会社)』

 出身地は『千葉県』

 その他もろろもの基本情報が書かれていた。

 会社での評価は高く、趣味もボルダリングと釣りとプライベートも充実している。

 両親は健在で千葉県に住んでいる模様。

 ふうたの予防接種をしっかりと受けるあたりからも真面目な青年といった印象を受ける。

 あとはボランティア活動に精を出しているといったところだ。

「何か分かったのかい?」

 資料に目を通していると、南部さんに質問を受けた。

「いえ、全然」

「それじゃ、何か思い出したとか?」

「それも全然です」

 南部さんはがっかりした表情をのぞかせる。

 

 近藤さんの資料からは何も分からない。

 それ以外の資料に目を通す。

 人の名前が書かれている一覧。

 写真はさすがに無いが、それぞれ証言と言った感じで書かれていた。


 一枚目には会社関係の人だろう。

 一人一人名前が書かれていて、その下に事件のあった日の行動が書かれている。

 名前の横に『○』丸印がついている人もいた。

「この丸印はなんですか?」

 南部さんに尋ねると

「近藤さんの家から採取された指紋と一致する人につけている」

「なるほど」

 私は頷き、二枚目の資料に目を向けた。


 二枚目にはプライベート関係の人達。

 一枚目と同様に名前と行動、名前の横に丸印がついている。

 一枚目より丸印の数が多い。

 それはそうだろう。

 プライベートで仲が良いのだから、家に遊びに行くくらいは普通にありそうだ。


 資料の中から怪しい人が居ないかを探す。

 美彩も無言で資料を見ている。

 美彩は今どんな気持ちなんだろう。

 ふと思い、美彩に尋ねた。

「美彩、大丈夫?」

「うん?大丈夫よ」

 美彩は資料から私に視線を上げて答えた。

「大丈夫ならいいけど」

「私、これでも警察官目指しているのよ」

「そうだったね」


「え?そうなの?」

 二人のやりとりに平塚さんが割り込んだ。

「はい。高校卒業後に採用試験を受けようと思っています」

 美彩は平塚さんにそう言うと

「何かやってる?」

「やっていると言うのは、武道的な事ですか?」

「うん」

「はい。剣道をしています」

 美彩の答えに私は少し驚いた。

 剣道なんてしていたんだ。

 見た目が華奢だから何もやっていないと思っていた。

「そうなんだ。ちなみに段持ち?」

「はい、二段です」


 剣道の事はあまりわからないけど、

 美彩と喧嘩したらすぐに謝ろうと思った。

「凄いね、これは今から楽しみだな」

 平塚さんは嬉しそうに美彩に言う。

 美彩は少し頬を赤らめながら

「ありがとうございます。頑張ります」

 はっきりした口調で言った。


 南部さんは会話に参加せずに黙々と資料を眺めている。

「楓花ちゃん、何か気付いたことある?」

「うーん、まだ何とも……」

 何となく気になる人物は居た。

 それを美彩の前で告げて良いものかと考えてしまう。

 要するに容疑者になるかも知れない人物の名前を美彩に教えても良いものかと……

 私は美彩に視線を戻した。

 私の視線に気付いた美彩は、私を見る。

 お互い視線が合って、意味の無い笑みを二人で浮かべた。


 南部さんは美彩も一緒に良いと言っていたし、別に言っても良いかな。

 私は勝手にそう判断して

「気になる人物なら居ます」

 南部さんに告げると

「どの人だい?」

 南部さんは前のめりになって聞いた。


 私は深呼吸をしてから

「気になる人は全部で三名です」

 一枚目の資料と二枚目の資料を並べてテーブルに置いた。

「まず、この一枚目の資料の『後藤恒和ごとうつねかず』さん」

 一枚目の一覧の中で『後藤恒和』を指で指した。

「うん?どうしてだい?」

 南部さんは不思議そうな表情を浮かべる

「この後藤さんですが、指紋が全く出ていません」

「うん?それなら別に怪しくないのではないか?」

「私は気になる人物と言いました。怪しいとは一言も言っていません」

 南部さんはますます困惑している様子。

「この後藤さんの証言ですが、近藤さんとかなり親しい関係だということが分かります。

 同期で休みの日には、団体で良く遊びに行ったと書いてあります。

 また、家が近いことから会社帰りに二人に飲みに行っていたとも書いています」

 そこまで言って、私は三人を見渡す。

 三人はじっと私を見つめている。


 もう一度深呼吸をしてから続きを話す。

「これほど、仲が良いのに後藤さんは近藤さんの家に一度も行ったことがないのでしょうか?それが不思議です」

「うーん。それは遊びに来たことがあったとしても、その前に近藤さん自身が掃除をしてしまっていたらどうだろうか?休みの日とかに掃除はするだろう?その時に、指紋は拭き取られたという可能性はどうだろうか?」

 南部さんがもっともな質問を私に投げかけた。

「その可能性は否定できませんが、本当にそうでしょうか?人間というのは無意識のうちに色々な所を触っていると思うんです。近藤さんが掃除をしたとおっしゃいましたが、全部拭き取るなんて本当に可能でしょうか?

 例えば、玄関の外側のノブとか、お手洗いの流しレバーとか。まったく指紋が出ていないのはおかしいと思うんです。

 それは、後藤さんが近藤さんの家に全く行っていないか、自ら指紋を拭き取ったかのどちらかになると思います」


「楓花……なんか凄い」

 美彩の目がキラキラとしていた。

「別に私は感じた事を言っただけだよ」

 そう返して

「以上の事から、後藤さんが気になったんです」

 南部さんに告げた。

 南部さんはもう一度資料に目を落とした。

「なるほど、納得したよ。それで他の二名は?」

 資料を机の上に置きながら聞いてくる

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