10:楓花の決意

 家に帰ってから一息をつく。

父と千沙梨さんが少し心配に思える。

大事な情報が外部の人間に持ち出されたのだ。

父はどうするつもりなのだろう。


二人の今後の事を考えていたら、

スマートフォンが鳴った。

『海藤美彩』

画面に表示された文字を見て、私は電話に出た。

「もしもし、楓花……どうしよう……ふうたがね……吐いちゃったの……」

とても不安そうな美彩の声。


猫が吐くのは当然だと思う。

「あのね、猫はね、よく吐く動物なんだよ」

「え?どうして?どうして吐くの?なんかの病気?」

「ちがくて、猫ちゃんはね、毛玉をよく呑み込んじゃうの。だからそれを外に出す為に吐くんだよ。まあ、毎日吐くようなら病院に連れて行ったほうがいいかもだけど」

電話越しで聴こえる美彩の吐息が少し落ち着いてきた気がした。

「よかった……もう心配で心配で」


安堵した声の美彩に

「病院で思い出したけど、ふうたは予防接種受けたほうがいいかも」

「予防接種?」

「そう。予防接種。確か猫ちゃんは、外に遊びに行く子なら『五種混合ワクチン』、室内で飼っているだけなら『三種混合ワクチン』とかって分かれていたと思うけど」

「『五種混合ワクチン』?『三種混合ワクチン』?」

「そう。ふうたが病気にならないようにってことよ。本当は前の飼い主さん……」

言いかけて言葉を詰まらせる。


南部さんが持ってきた、近藤さんの写真が脳裏に浮かんだ。

私は首を横に振って

「まあ、近所の動物病院で健康診断と一緒に受けたほうがいいよ」

私が美彩にそう伝えると

「うん。教えてくれてありがとう。早速明日にでも連れていくね」

美彩は嬉しそうに言った。

「それでね、明日、もし楓花が暇なら、ついて来てほしいな……駄目?」

美彩は少し甘えた声でおねだりをする。

なんかずるい。

ただでさえ美人なのに、そのうえ可愛さまでアピールするなんて。

「うん。いいよ」

あっさり美彩の可愛さに負けてしまった。

「ありがとう」

美彩は再び嬉しそうに言った。

「じゃあ、また明日学校で」

そう言って美彩は電話を切った。


 電話を終えて、夕食の準備に取り掛かる。

夕食の準備もほぼ終えて、あとは父が帰ってくるのを待つだけとなった。


私はテレビを付けた。

夕方のニュースが流れている。

ニュースには地元が映し出されている。


学校の近くのアパート。

画面の右上には、近藤さんの写真が映し出されている。

「どうやら、一連の事件で初めて死者が出たそうです。

警察関係者によりますと、物取りと怨恨えんこんの線で捜査が進められているようです」

リポーターの声が家中に響く。

画面が切り替わり、スタジオになった。

身なりをスーツで決めた男性と少し大人しめの洋服に身を包んだ女性が座っている。

「怖いですね。皆さんも戸締りは十分してください。では次のニュースです」

男性は随分とあっさりと締めくくった。


まあそんなものなのだろう。

悲しいけど、毎日、どこかで人が殺されているニュースを目にする。

近藤さんの事件もその一つとして片づけられるのであろう。

そう考えると、少し悲しくなってくる。

ふうたにとってかけがえのないご主人様だったのに、こんな簡単に済まされてしまうのだから。

ふうたはさぞ無念であろう。


私はふうたの為に何が出来るのだろうか?

そこでふっと思った。

ふうたは猫だよ。

ふうたに無念という概念があるのだろうか?

いや、猫にだってきっとある。

大好きな人が殺されるなんて絶対無念で仕方ないと思う。


ふうたは私と同じなのだ。

私も母を殺されている。

あの頃の記憶はないけど、それはさぞ無念だったに違いない。

私は父のお陰で救われた。

ふうたにとって美彩がそうであると嬉しい。


そこでもう一度考えた。

ふうたの為に私が出来ることを。

それは犯人を見つけることだと思う。

誰も居ない台所で一人力強く頷いた。


スマートフォンに手を伸ばし電話掛ける。

呼び出し音が数回鳴ってから、電話が繋がった。

「もしもし」

南部さんの声が電話越しに聞こえる。

「もしもし、南部さん。楓花です」

「どうしたの?」

「あの、おそらく無理だと思いますが、もしよろしければ、近藤さんの事件の事ですが、私にも何か手伝わせてもらえませんか?」

一般人の私が殺人事件の捜査など手伝えるはずなどない。

そんなことは分かっている。

しかし、ふうたの為に何かしてあげたかった。

自己満足だと分かっていても。


「楓花ちゃん、気持ちは嬉しいけど、我々警察が解決するから、君は」

当然の答えが返ってくる。

私は南部さんの言葉を途中で切るように

「なにか、なにか思い出せそうなんです。母の事」

「え?本当かい?」

「はい」

私はずるい。嘘をついてしまった。

母の事件の事など思い出されるような感じなど一切しない。

「分かった。詳細は話せないけど、君に協力をお願いしよう」

南部さんはそう言って承諾してくれた。

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