08:新たな事件の発生

 夕食の準備をするために、冷蔵庫を開けた。

玉ねぎとキャベツが入っている。

私は少し考えて、夕食の献立を決めた。

残念ながら合いびき肉がなかったのでスーパーに買いに行くことにした。


スーパーと言っても田舎の小さなお店で、一般的な町のコンビニより少し大きいぐらいのサイズだ。

しかし、この辺りでは大変貴重なお店だった。

時計を見ると、夕方の六時少し前だった。

私は財布を持って家を出る。


スーパーは大通り沿いにある。

徒歩で十分ほどだった。

スーパーの入り口で後ろから声を掛けられた。

振り向くと、若い女性が立っていた。

「楓花ちゃん、こんばんは」

若い女性が私に挨拶をした。

千沙梨ちさりさん、こんばんは」

私はその女性に言った。

女性は『諏訪千沙梨すわちさり』といって、父の職場の同僚の方だった。

髪が長く、とても綺麗な女性。

職場ではいつも動きやすい服装なのだが、それでも、お洒落に着こなしている感じが凄くする。

そんな女性だった。


「楓花ちゃん、お買い物?」

千沙梨さんにそう聞かれ、

「はい。千沙梨さんもですか?」

「そうなのよ」

そんな会話をして二人でスーパーに入った。

「父はまだ仕事していましたか?」

千沙梨さんにそう訊くと

「係長はまだ仕事してたよ。なんかパソコンと睨めっこしてたわ」

千沙梨さんはそう言って笑う。

千沙梨さんの話を聞いて、私はなんとなく想像できてしまった。

父はかなりの機械音痴だ。

パソコンはおろか、スマートフォンの使い方もあまり分かっていない。

そんな父をいつも千沙梨さんが助けてくれているのであろうと容易に想像できる。

「いつも父がすみません」

私はそう言って頭を下げる。

「私のほうこそ、係長には凄く可愛がってもらっているのよ」

千沙梨さんは屈託のない笑顔で答えた。


そうして私達は揃って買い物を済ませた。

スーパーを出ると、

「送ろうか?」

千沙梨さんに聞かれたので

「いえ、大丈夫です。家も近いですから」

丁重にお断りをした。

「じゃあ、気を付けてね」

「はい。ありがとうございます」

そう言って私達はそれぞれ帰ることにした。


家に向かって歩き出したその時、

「キャー」

突然の叫び声。

私は振り向く。

千沙梨さんが自分の車の前で立ち尽くしていた。

慌てて千沙梨さんに駆け寄る。

千沙梨さんの車の窓ガラスが割られていた。

周囲と車の中には飛び散ったガラス片。

青ざめている千沙梨さんに

「大丈夫ですか?お怪我は?」

尋ねると

「あ、うん。大丈夫」

私を見て少し落ち着いてくれた。


「何か車の中に入れていました?」

私の問いに、千沙梨さんは少し考える。

「えっと、ノートパソコンが……」

そう言うと、千沙梨さんは慌てて車内を探そうとしたので、止めさせた。

「とりあえず、警察に電話しましょう」

私は警察に連絡をして、到着を待った。


その間にスーパー入り口の横にある自販機からあったかいお茶を買って、千沙梨さんに手渡した。

「あ、ありがとう」

「いえ、本当に大丈夫ですか?」

「うん。楓花ちゃんが居てくれるから少し心強いよ」

無理に笑みを浮かべているのが分かる。

「ノートパソコンって?」

私が訊くと

「うん。仕事用のノートパソコン……あれには、大事な情報が入っているから……」

千沙梨さんが困った様子で答えた。

なるほど、なんとなくまずい気がする。

おそらく、児童虐待等の家の情報が入っていたのであろう。

父も千沙梨さんも、そんな仕事だから。

「あ、係長に連絡しなきゃ」

思い出したかのように千沙梨さんは父に電話を掛けた。


警察と父が来るまでの間、私は車の周囲を調べていた。

どうやら、鈍器のような物で、助手席の窓ガラスが割られている。

それ以外には、特に目立った損傷はなかった。

私は周囲に居た人たちに確認を取った。

もちろん、店員さんにも取った。

鈍器のような物で、叩き割られているという事は、少なからず誰かが気付いた筈だろう。

しかし、期待する結果は得られなかった。


一体どうやって割ったのだろうか?

窓ガラスにガムテープのような物を貼り付けてから叩き割った?

それなら音はそれほど出ないだろう。

私は飛び散ったガラス片を見ながら考えたが、間違いだったと気付かされる。

ガラス片があまりにも自然に飛び散っている。

ガムテープのような物を貼っていたのなら、ガムテープにガラス片が付着する。少なくとも、このような自然な飛び散り方はしない。

では、一体どうやって?

分からない?

私はもう一度、周囲に居た人に確認を取った。

誰も窓ガラスが割れた音など聞いていなかった。


収穫は無しに見えたが、実は面白い情報を入手出来ていた。

少し前に、白色のセダンと黒色のミニバンが、二台揃ってスーパーに入って来たそうだ。

その二台の運転手は、降りて口論を始めたそうだ。

とても大きな声で怒鳴りあっていたとのこと。

しばらくすると、ミニバンの運転手が逃げるように車に乗り込むと急発進してその場から逃げ去った。追いかけるようにセダンも急発進したそうだ。

なるほど、それは演技で、二人が周囲の注意を引き付けている間に、別の人物が窓ガラスを割ったのだろう。

おそらく、鈍器の先にガムテープのような物を巻き付けて、叩き割った。

そうすることにより、ガラスが割れる高い音ではなく、『ドン』といった重低音で割れることが可能だ。

普通なら重低音でもガラスが割れたら、周囲の人は気付くだろう。

そこで、二人の演技で注意を逸らす。

ミニバンで千沙梨さんの車を周囲から隠す目的もあったかも知れない。


「楓花」

私の名前を呼ぶ声に振り向く。

父が息を切らせて立っていた。

「お父さん」

「楓花も怪我はないよね?」

心配そうな表情に、無言の笑みで答える。

父の表情は少し安堵した表情に変わっていった。

「しかし、犯人はノートパソコンを持って行ってどうするつもりだろう」

「係長、申し訳ございません」

千沙梨さんが父に頭を下げた。

「いや、諏訪君に怪我が無くて本当に良かった」

父は優しい笑みを浮かべ、千沙梨さんの肩をそっと叩いた。


私は父の言葉で考えた。

ノートパソコンを持って行った動機。

ぱっと考えただけで、四つほど浮かんだ。


まず、一つ目の動機。

犯人は児童虐待の家族で、父たちが握っている情報を知りたかった。

その情報によって自分たちを優位に立ちたいと考えている。


次に二つ目の動機。

犯人は児童虐待の家族の情報を知りたい誰か。

その情報によって児童虐待の家族を脅迫する。

または、ジャーナリストと呼ばれる人で、特ダネとして世間に公表したい。


次に三つ目の動機。

犯人はただの物取りでノートパソコン自体に興味があり、換金してお金を得ようとした。


最後に四つ目の動機。

犯人はただ、単純に千沙梨さんに恨みを持つ誰か。

もしくは、父や児童相談所そのものに恨みを持つ誰か。

要するに父や千沙梨さんを困らせたいと思っている。


私はその四つの動機を一つづつ検証する。


一つ目の動機は、それなりに可能性がある気がする。

自分たちが優位に立てるかどうかは情報次第だし。


次に二つ目。

まず、ジャーナリストの線は無いと思う。

このご時世、悲しいことだが、児童虐待は頻繁に起きて、報道されている。

それはすなわち、特ダネにはならないということだ。

それなのに犯罪を犯してまでネタを盗むなんてことはないだろう。

そのような理由でジャーナリスト説は消えると思うが、他の誰かの可能性は捨てきれない。

児童虐待の家族を脅迫するのは、それなりに可能性はあるだろう。


三つ目。

これは普通にありそうだが、音を立てずに窓ガラスを割れる人物が、お金欲しさにそのような手の込んだことをするだろうか?

正直よく分からない。


最後に四つ目。

千沙梨さん個人に恨みがあるとかは、はっきり言って分からない。

千沙梨さんの交友関係が分からない以上、考えようがないから。

父も同様だろう。

私から見たら父は人に恨まれることは絶対にないと言い切れるが、他人から見た場合は分からない。

では、児童相談所に恨みがある。

これは、かなり可能性としては高そうだ。

過去に児童相談所に関与された人物が、児童相談所そのものを恨んでもおかしくない。

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