第二章 楓花と二つの事件

06:犯人検証その1

机の上でスマートフォンが音を鳴らせながら震える。

私はスマートフォンを手に取って、画面を見た。

『南部さん』

画面にはそう表示されていた。


私はスマートフォンの画面を指でスワップして電話に出る。

「はい。もしもし」

「あ、楓花ちゃん、少し聞きたいことがあってね。これからそちらに伺っても良いかな?」

電話越しの南部さんの声。

それと、同時に聞こえてくる、電話越しの雑音が私を不快にさせる。


私はスマートフォンから耳を少し離して、時計を見る。

時計の針は夕方の五時を少し回ったところだった。

「はい。構いません」

「ありがとう。では十分ほどでそっちに着くから」

そう言って南部さんは電話を切った。


私はため息をついた。

南部さんの用事は大体想像がつく。

おそらく、今日の近藤さんの事件の事だろう。

近藤さんの事件と私の母の事件との関連性を調べるために私に会いに来るのであろう。


少し嫌だな……

そう思いながら、私は流し台の上にある扉を開けた。

そこから、お菓子を取り出し、食堂のテーブルの上に置かれた小さな籠にお菓子を並べる。

次に電気ポットに水を入れてスイッチを入れた。

取り出したコーヒーカップにインスタントのコーヒーを二杯入れた。

やがて、電気ポットの水がお湯に変わる。

私は椅子に座り、南部さんを待った。


しばらく経って、南部さんと平塚さんがやってきた。

二人を食堂に通し、椅子に座ってもらってから、コーヒーカップにお湯を注ぎこんだ。

「お砂糖とミルクはどうしますか?」

私は二人に訊くと

「私は要らないよ」と南部さんが言い、

「あ、僕は二つとも下さい」と平塚さんが言った。

私は南部さんの前にコーヒーを置いて、

平塚さんの前にコーヒーと砂糖とミルクを置いた。

「わざわざごめんね」

南部さんの言葉に

「いえいえ」とだけ答えた。


私は二人の向かいの椅子に座り、

「それで聞きたいこと、とはなんですか?」

本題に入った。

南部さんはコーヒーを一口飲んでから、

「おい、平塚」

そう言ってもう一口飲んだ。

平塚さんは、コーヒーに砂糖とミルクを入れ終わったばかりで、やっとコーヒーに手を伸ばした所だった。

「あ、はい」

慌てて平塚さんは鞄の中を探り、茶色のA4サイズの封筒を出した。

南部さんはそれを奪い取るように取り上げると、中身をテーブルの上に出した。


写真が数枚とA4サイズの紙が数枚。

南部さんは写真を私の前に置いた。

写真には見知らぬ男性が倒れている様が写っている。

私はすぐに理解できた。

おそらく、近藤さんのだろう。


近藤さんは私が描いていた人物像とは離れていた。

もっと年配の女性だと思っていたが、写真に写っているのは、比較て若そうな男性だった。

実際にはうつ伏せ状態で倒れているから、若いかどうかは分からなかったが、なんとなく若い気がした。

「この写真に写っている男性は、近藤武信こんどうたけのぶさん、三十三歳で、職業は証券会社に努めている人だよ」

南部さんが説明してくれた。


こんな写真を一般人で、しかも未成年の私に見せていいものだろうか?

普通なら駄目だと思うけど……

でも、この後に私の母の事を聞くつもりなのだろうと思い、一応確認を取ることにした。

「あの……私なんかにこんな写真見せても大丈夫なのですか?」

「そうだね。普通は関係者以外は駄目だけど、楓花ちゃんには、ここから訊きたいことがあったから」

南部さんは少し申し訳なさそうに言った。

「分かりました」

私は返事をして、再び写真に視線を向ける。


玄関だからだろうか、少し薄暗い。

写真の奥に写っている光は別の部屋なのだろう。

写真の中央には近藤さんがうつ伏せで倒れている。背中にははっきりと分かる刺した後。

その周りに血痕と、明らかにそれ以外の液体が流れた跡があった。

「これを見てどう思うかな?」

南部さんの問いに

「犯人は近藤さんの知人ですか?」

私は即答した。


南部さんも平塚さんも驚いた表情をしていた。

「なぜ?なぜ、そう思ったんだい?」

「え?だって、近藤さんは玄関の扉を自らから開けていますよね?そしてその誰かを部屋に通そうとして、後ろを向いたところを刺されたって感じですけど」

私は感じたことを素直に告げた。

「どうして、近藤さんが玄関の扉を自ら開けたと思ったんだい?」

南部は再び問いかけてきた。

「そうですね、まずこの写真の場所が玄関とだということと、おそらくですが、奥の部屋には明かりがついていたと感じました。

そうなると、近藤さんは誰かが来たから玄関まで来たのだと推測できます。そして、扉についている、のぞき穴から知人だと分かったから扉を開けたのではないでしょうか」

私はそう答えた。


「なるほど。しかし、犯人が開けた可能性だってあるよね?」

南部さんは可能性の一つを示す。

「そうですね。その場合はどうやって開けたのでしょうか?」

私は逆に質問する。

「そうだね。例えばピッキングとかはどうだろうか?」

「ピッキングされた跡でもあったのですか?」

「いや、見当たらなかったね」

南部さんはそう答えると少し考える。


「では、合鍵と言うのはどうだろうか?」

思いついたかのように問う。

「合鍵ですか……どうやって合鍵を手に入れたのでしょうか?」

「う、それは、近藤さんが渡したからとか」

南部さんは随分間抜けな答えを出した。

「近藤さんが手渡したのなら、それは近藤さんの知人ですよね?それもかなり仲の良い知人ということになりませんか?」


この問題は誰が扉を開けたかとかではなくて誰が犯人なのかという事だと思うのだけど……

南部さんは誰が扉を開けたかにこだわっている気がする。

「あ、そうだね……では、近藤さんの知らない間に鍵の複製をされたっていうのはどうだろうか?」

南部さんはあくまでも誰が開けたかということにこだわっている。

「知らない間に……では、どうして近藤さんなのですか?そんな手の込んだことする必要はどこにあるのでしょうか?ただの強盗が、そんな手の込んだことをするとは思えません。そうまでして合鍵を作るのは近藤さんに何か恨みに似た感情があったからではないでしょうか?そして、それは近藤さんの知人もしくは顔見知りということになりませんか?」

私はそう言い終えると、南部さんと平塚さんを見た。二人は口をポカーンと開けて聞いていた。


「楓花ちゃん、凄いね」

平塚さんがそう言うと、南部さんが横で頷いている。

「別に感じたことを言っただけです」

こんなことで褒められてもあまり嬉しくない。

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