02:南部という刑事

美彩と随分打ち解けてきたその時、

「楓花ちゃん」

後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

私と美彩は一斉に振り向く。

そこには、中年の男性と比較的若い男性が立っていた。

中年の男性は小柄で頭の毛が少し寂しい。くたびれたスーツを着ている。そして眼鏡を掛けていた。

若い男性は、短髪を立たせてびしっと決めている。清潔感あるスーツにネクタイと絵に書いたような好青年だった。


「南部さん」

私が中年の男性に向かって言うと

「楓花ちゃん、南風早高校に入学したんだってね。おめでとう」

柔らかい口調で言った。

「ありがとうございます」

私はお礼を言って、

「今日はなんの御用ですか?また、いつものですか?」

この男性はよく私の前に現れては、私の実の母の事件を知りたがる。

私も少しは父に聞いたから知っているけど、所詮はその程度で、当時、現場に居合わせたと言っても記憶にないものは、話すことが出来ない。それなのに、毎回、同じ質問をする。

「少しは思い出してくれたかな?」

「いえ、全然です」即答した。

「そうか……それは残念だな。あ、それと今日は別件で」

「別件?」

私が訊いてみると

「そう、別件」

南部さんはそう言うと、美彩を見ている。


 美彩は私の前に立った。

「どうしたの美彩?」

私が美彩に訊くと

「この人たち誰?楓花になんの用事なの?」

目の前の南部さんを睨みつけながらそう訊いた。

「あ、この人たちはね」

と説明をしようとすると

「楓花ちゃんのご学友かな?」

南部さんが美彩に尋ねる。

「そうですけど、何か?」

美彩はとてもあっさりした口調で答えた。

なんだか、張り詰めた空気になったのが分かる。

それにしても、美彩が私を守ろうとしてくれていることが嬉しかった。

それになんかかっこいい。

美彩が白馬の王子様に見えてきて

「美彩は私の王子様なんです」

南部さん達にそう告げた。

もちろん冗談なんだけど

「な!ちょっと楓花!」

美彩は驚いて私に向き直った。

若い男性が少し笑っている。どうやら冗談が通じたようだ。

それに比べ、南部さんは驚いた表情をしていた。

南部さんも美彩もあまり冗談が通じないと分かった。

「あ、冗談ですよ」

私は笑顔でそう言うと、

場の雰囲気が少し和んだ気がした。

「美彩、ごめんね。だって美彩かっこよかったから、つい」

美彩に笑顔を見せてから

「あ、そうそう、この人たちはね、刑事さんなんだよ」

そう言うと

美彩の表情が硬くなった。

美彩は南部さん達に、

「あのような物言いと態度、大変失礼しました」

美彩は礼儀正しく謝罪した。

「いえいえ、こちらこそ、何も名乗らず申し訳なかったね」

南部さんが笑顔で美彩に言った。


そんな光景を見ながら

「今日は、平塚さんもご一緒みたいですけどどうしたのですか?」

私は話題を戻した。

「あ、そうだった。おい平塚」

平塚と呼ばれた若い男性は

「この近くの町で強盗事件が多発していましてね、そのうちの一軒が」

「ちょっと待ってください」

平塚さんの話を途中で止めた。

強盗事件ってあの事件と同じってこと?

この人たちはそれを美彩の前で聞くつもりなの?

私は美彩に視線を移し、

「可憐な女子高生にするお話ではないですよね?」

可憐って言ってしまった。

まあ美彩が可憐だからこのまま押し切ろう。

「あ、そうだね」

南部さんはすぐに理解してくれたみたいだった。

「まあとにかく、君たちも気を付けてね。それと二人とも入学おめでとう」

そう言って南部さんは平塚さんの腕を掴み、立ち去った。


 美彩は立ち去る南部さん達に、お辞儀をしている。

「ねぇ美彩、どうしてそんなことしてるの?」

少し疑問だった。

どうして刑事と分かった途端に礼儀正しくなったのか。

「私ね、警察官になるの夢なんだ」

少し照れながらそう言った。

はっきり言って、全然想像がつかない。

美彩に合いそうな職業を並べると、『ピアニスト』『キャビンアテンダント』『お花屋さん』そのような清楚なお嬢様がする職業になる。

それなのに警察官とは意外過ぎる。

「ちょっとびっくり」

素直に言うと

「どうして?」

美彩が不思議そうに訊く。

「だって、美彩はもっと、こう清楚的な職業かなって思って」

「清楚的な職業って何よ」

笑いながら訊き返す。

「ピアニストとかキャビンアテンダントとか、そんな感じの」

美彩は首を傾げ

「その二つは清楚的なの?」

再び不思議そうに訊く。

「うん。私の中では」

はっきりと答えると

「そうなんだ」

そう一言だけ言う。


「どうして、刑事さんと知り合いなの?」

美彩は不思議そうに尋ねる。

「お母さんの事故の事だよ。実は交通事故なんだけど、ひき逃げで、犯人はまだ捕まっていないの」

私は誤魔化した。

そもそもひき逃げの時効って十年ぐらいだった気がする。

だけど、『危険運転致死罪』だと確か二十年ぐらいだったから、もし突っ込まれたら、そういう事にしよう。

「え?事故ってひき逃げだったんだ……」

美彩は申し訳なさそうに言った。

「美彩、気にしないでね。私は本当にお父さんが居ればいいから」

美彩の腕に自分の腕を絡ませて、笑顔で言った。

今日、一日で随分と美彩と仲良くなった気がする。

こんなことは初めてだ。

そう思いながら、二人で陽気な春の町を歩く。

その後、二人でファミレスによって数時間、ほとんど意味のない話で盛り上がった。

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