第一章 楓花という少女

01:入学式

「春のうららかな日差しの中、私達は、

南風早みなみかぜはや高校の入学式を迎えることが出来ました。

本日は私達の為に、このような素晴らしい入学式を開いていただきありがとうございました。

これからの高校生活は、期待や不安といった日々を一日一日、大切に過ごし、何事にも積極的に取り組めるよう頑張っていきたいと思います。

また、南風早高校の生徒として、誇りを持ち、責任ある行動を取れるように日々努力してまいります。

 

まだ、右も左も分からない私たちに、校長先生をはじめ、先生方、先輩方の暖かいご指導よろしくお願いいたします。

最後になりましたが、来賓の皆様方からの暖かい励ましのお言葉をいただき、ありがとうございました。


新入生代表 海藤美彩かいどうみさ



 マイク越し聞こえてくるその声は、はっきりと自然に耳に入ってくる。

真新しい制服に身を包み、黒い長い髪は綺麗なほど真っ直ぐで、誰もが彼女の姿に魅了される。

そんな挨拶だった。

周囲から一斉に拍手がおこった。

彼女はゆっくりとお辞儀をして、壇上を下りる。壇上を下りた先で、また一つお辞儀をして席に戻った。

綺麗な瞳と小さな口、それが彼女への第一印象だった。


 入学式を無事に終えて、それぞれが事前に知らされていた教室に向かう。

教室に入ると、既に数人づつのグループが出来上がっていた。

おそらく、同じ中学からの友達なんだろうと思う。

それを見て、私は中学からの同級生がこの学校に居なかったから皆と仲良くなれるか少し不安に思った。

黒板に席の場所を示す白い紙が貼られていた。

私はそれを見る。

さきほどの海藤美彩の名前を見つけた。

ゆっくりと周りを見渡すが、彼女はまだいなかった。

自分の席に座り、周りを見渡す。


 彼女が入ってきた。

皆が一斉に彼女に駆け寄る。

「美彩凄かったよ」

「うんうん」

「かっこよかった」

彼女は少し照れ笑いを浮かべ

「ありがとう。これからよろしくね」

そう言って、皆を見渡していた。

彼女の笑顔はとても綺麗で自然だった。

彼女は自分の席を確認して、私の隣の席に座った。

「海藤美彩です。よろしくお願いします」

彼女が私に声を掛けた。

「立花楓花です。こちらこそお願いします」

笑顔で彼女に答える。

彼女は私をじっと見つめ、先ほどのあの笑顔を私にも見せてくれた。

やがて、教諭が入ってきて、オリエンテーションを終えると、今日の学校は終了となった。


 帰りの準備をしていると

「立花さん、家どの辺り?」

彼女に尋ねられたので、家の場所を説明した。

「そうなんだ。それなら帰る方向一緒だね。良かったら一緒に帰らない?」

別に断る理由もなかったので、

「うん。いいよ」そう答えた。

「それと、楓花って呼んでもいい?」

彼女からそう言われて

「うん」元気よく答えた。

「それなら、私は美彩と呼んで」

どうやら、彼女、いや美彩とは仲良くなれそうだ。少しほっとした。


 学校を出た私たちは、他愛のない会話をして帰った。

中学の時はどうだったとか、好きなアーティストは誰とか、そんな会話だったが、家族の事を聞かれて少し戸惑ってしまった。

私には父しかいない。

しかも、養父だ。

事情はとても複雑で、実のところ私もどうしてこうなったのかは分からなかった。

それに、理由など別にどうでもいいと思っていた。

父が居ればそれでいいと。

「家はね、お父さんしか居ないんだ。お母さんは小さい頃、事故で亡くしちゃって」

そう答えると、

「あ、ごめんなさい」

美彩は申し訳なさそうにそう言った。

「ううん。お父さんが居るから大丈夫だよ」

明るく答えた。

「楓花って、可愛いうえに、強いのね」

「え、そんなこと無いと思うけど……それに可愛いって……美彩のほうが断然可愛いじゃん」


 美彩は本当に可愛い。そして、美人でもある。

身長は私より十センチほど高いだろう。

と言っても私の身長が144センチだから、女子としては普通ぐらいの身長だと思う。

「だって、楓花って小さくて可愛い」

「な!私は小動物か何かですか?それに好きで小さいのではないよ!」

少し頬を膨らませて怒る。

「あ、ごめん、ごめん」

美彩は笑いながら謝った。

「おかしいな……毎日、牛乳飲んでいるのに……胸だって……ねぇ美彩、少し分けてくれない?」

私は冗談ぽく言った

「え?身長?それとも胸?」

「両方」即答した。

「えーやだよ。楓花はそのままのほうが絶対可愛いよ」

なんか釈然としない。

美彩は女性として完成されているのではないかと思われるぐらいにスタイルも良く綺麗だった。胸も大きすぎず小さすぎずの絶妙な大きさ。

それに比べて私は……

「どうしたら、大きくなれる?」

「それは身長?それとも胸?」

「両方」

なんかさっきと同じような会話。

「うーん、どうすればいいのかな?私にも分からないや」

美彩は少し首を傾げてそう答えた。

「ねぇ、美彩のお母さんって胸大きいの?」

「え?どうだろう?普通だと思うけど」

普通と答えるとういことは、美彩と同じぐらいなのだろう。

「はぁこれは遺伝かな?どうして私のお母さんは胸も身長もなかったの」

今更どうでもいいことを愚痴ってみた。

それを聞いた美彩は声を出して笑った。

「あーひどい、結構真剣に悩んでいるんだから」

私は膨れ顔を美彩に見せる。

「ごめん、ごめん。だって楓花って面白いこと言うだもん」

まだ、笑い顔の美彩。

「わ、私だってこれから、身長もぐーんと伸びて、胸だってボンって出るんだから……」

そう見栄を張ってみたが……

「なんか空しくなるから、この話は止めよう。うん。止めよう」

そう言って話を切った。

「それにしても、美彩は凄いね。新入生代表だもん。あれって入試で一番の人がするんでしょう?」

新入生代表は、入試で一番成績が良かった生徒が選ばれると聞いたことがあった。

「うーん、そうなのかな?でも、別に大した事ではないよ」

そう言い切る美彩はかっこいい。


 実際、南風早高校は県内有数の進学校であり、入学するのがとても大変な学校だった。

そんな学校に私が受かった理由は、ひとえに父のお陰である。

父は受験生だった私に負担を掛けないよう、家事、炊事、洗濯、それにお仕事もこなし、塾の送り迎えもしてくれた。

はっきり言って、父は私に甘い。

甘すぎる。

だけど、間違ったことや人を傷つけるような発言には厳しく接してくれた。

その影響で、私も曲がったことに嫌悪感を覚えるようになった。


 先日もスーパーのレジ待ちをしている時も、横から割り込んだ中年の女性に注意をしてしまった。

本来なら、女子中学生の私が注意をしたところで聞く耳など持たない大人が多いが、その時は店員さんも一緒に注意してくれたおかげでトラブルになることなくスムーズに事が済んだ。

こんな性格だから、今まで友達はあまり出来なかった。

しかし、美彩とはなんだかうまくやっていけそうな気がした。

見るからに優等生で正義感が強そうだったのもあるけど、なんとなくフィーリングが合った。


 そんな美彩を見て

「やっぱり美彩は凄いよ。だからね」

私は鞄に入っているシールを取り出し、

「美彩にはこの花丸シールを上げよう」

と言った瞬間

「え?なんで?いらない」

即答で拒否された。

そして私の手からシールを奪い取ると

「むしろ、楓花が付けると可愛いと思うよ」

そう言って、私の胸の上あたりにシールを張る。

「え?なんでよ?なんで私が付けてるの?」

そう訊いてみると

「なんか似合うし可愛い」

美彩は笑顔で答えた。

「私は小学生ですか?」

私は笑いながら自分の胸の上を確認した。

「でも、どうして、そんなシール持ってるの?なんとなく楓花なら持ってそうだけど……」

どういう意味だろう?

それは私がやはり小学生みたいだからだろうか?

まあ深く考えるのは止めよう。

「なんとなく美彩の言いたいことは分かるけど、これは今から小さい子に会いに行くから、それで持っていたのよ。決して私が付ける訳ではないからね」

念を押しておいた。

「うんうん。分かった。分かった」

絶対に分かっていない言い方。


「小さい子って?」

美彩が少し落ち着いて訊いた。

「少し知り合いのお家にね」

私は誤魔化した。

実は、この後、『百合の花の家』という施設に向かおうと思っていた。

その施設は児童養護施設で小さい子が複数人居る。

だから、このシールを持っていたのだけど、美彩にそんなことは言えなかった。

「そうなんだ、一枚使ってしまったけど大丈夫?」

そう訊かれたので、私は鞄から数枚のシールを取り出して

「じゃーん、まだこんなにあるんだよ」

笑顔で答えた。

「凄いね。でも……楓花にそのシールというアイテムが似合いすぎて、相性抜群のアイテムみたい」

口を押えて笑っている。

「そうでしょ。そうでしょ。花丸シール君は私の大切な友達なんだ……って違うよ。相性抜群てどういう意味?……あ、やっぱり訊くの止める。なんとなく答えが分かるから」

私は笑顔でそう答えた。

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