導かれる真実
はくのすけ
序章
序章
うっすらと消えていく意識の中で、少女の目に映るのはなにやら赤い何か。
それが何なのかはっきりとは分からない。
だけど良くないものだと何となく分かる。
そして、手に触れる母の手はまるでお人形のように動かない。
徐々に少女に近づく人影。
大きな靴を履いた人物。
少女は意識を失いそうになりながらも、見上げた。
とても優しそうで悲しそうな笑みを浮かべている。
そして、少女は意識を失った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
見渡す限り山に囲まれた、山間の小さな町に初夏の深緑の香りが漂う。
年々、人口が減っていくこの町は、昔からの伝統工芸といった特産品も人口と比例して、その数を減らしていった。
この小さな町に唯一存在する、児童養護施設『百合の花の家』に少女は暮らしている。
ただ広い食堂の一角で、一人ご飯を食べる少女に恰幅の良い女性が近づく。
「
楓花と呼ばれた少女は、丸顔で精一杯の笑顔を浮かべ無言で頷いた。
まだ、年端もいかないその手には、少し大きすぎるスプーンが持たれている。
まだ三歳というのに、楓花には両親がいない。
なぜ、両親が居ないのかなど、楓花には知る由もなかった。
ただ、記憶の片隅にある、恐怖が楓花の思考を妨げる。
「楓花ちゃん、楓花ちゃんにお客さんが来ているの。それ食べ終わったら、おばさんのところに来てくれる」
恰幅の良い女性が楓花に言うと、
楓花は女性を見ながら黙って頷いた。
「あの子が楓花ちゃんですか?」
小柄な男性は、食堂から戻ってきた、施設の児童指導員の
今年、四十六歳になる小柄な男性は、『
「そうです。あの子が楓花ちゃんです」
児童指導員の鈴川が答えると
「まだ、あんなに小さいのに……」
南部は複雑な思いで楓花を見つめる。
やがて、楓花が食事を終えたようだった。
足が届かない椅子に座っていた楓花は、椅子から降りる姿は一生懸命で見ていて微笑ましいぐらいだ。
そんな楓花があの残虐な殺人事件の唯一の生き残り。
南部はなんともやり切れない気持ちになっていた。
自分の顔よりも大きい食器類を一生懸命運び終えた楓花が鈴川の元に走ってやってくる。
その顔には笑みを浮かべて。
「君が楓花ちゃんだね」
南部は楓花にそう尋ねると
楓花は鈴川の後ろに隠れて頷く。
「おじさんはね、お巡りさんなんだよ」
優しい笑顔だが、楓花には少し怖いのであろう。
楓花は鈴川のエプロンをぎゅっと握る。
「楓花ちゃん、お巡りさんがね、楓花ちゃんと少しお話がしたいそうなのよ」
鈴川が優しい口調で楓花に話しかける。
「刑事さん、あまり、突っ込んだ話はよしてくださいね。くれぐれも」
鈴川は南部にそう付け足した。
「ご協力感謝します」
南部はそう言うと、
「楓花ちゃん、今、いくつかな?」
南部は優しい口調で楓花に尋ねる。
楓花は指を三本立てて南部に見せる。
「そう、三つか。三つなのにちゃんとお片付け出来るんだね、偉いね」
そう言って楓花の頭を撫でる。
楓花の体が一瞬硬直したかと思えば、すぐに南部から距離を取った。
しかし、顔には笑みを浮かべたままだった。
「ごめんね、怖かったかな?」
南部がそう尋ねると、楓花は首を横に振った。
楓花の笑みを見ていた南部はなんともやり切れない気分が増していった。
この子は、笑顔しか出来ないのだ……本当に笑うことなどこの子には無理なんだ……それほどこの子の心の傷は深いのであろうと。
そんなこの子に俺は、これからあの残酷な現場を思い出させる質問をしなくてはならない……
なんて因果な商売なのか……
その様に思いながら、楓花に質問をした。
「楓花ちゃん、少しだけでもいいんだ。お父さんとお母さんが……」
南部は言葉を詰まらせる。
「お父さんとお母さんが二人でお寝んねした日のことを、何か思い出せないかな?」
「刑事さん」
鈴川が南部に強い口調で言った。
「あぁ、分かっているだ。だけど、この子のためには事件は早く解決しないと駄目なんだ」
何とも刑事らしい言い訳。
「ご……ごめんなさい」
楓花は初めて言葉を発した。
南部が驚いて見ると、楓花はやはり笑みを浮かべていた。
「あのね、ふぅね、覚えてないの」
ゆっくりとはっきりそう言った。
南部は優しく笑みを浮かべて
「そうか、ごめんね、また何か思い出したら、お巡りさんに教えてくれると嬉しいな」
そう告げると、楓花は黙って頷いた。
それからも、南部は何度も何度も訪れたが、
楓花の記憶が戻ることもなく、ただ時間だけが過ぎ去った。
楓花が五歳になった春の日に、楓花の前に一人の男性が現れる。
その男性はとても優しそうな笑顔で、楓花の前に立つと、楓花の頭より大きいのではと思うぐらい大きな手で、楓花の頭を撫でた。
そして、楓花は男性と共に『百合の花の家』を去った。
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