第5章 脱出 「我に年増属性はないのだ。しつこいぞ!」 2

 ソウヤとウェンハイの対決が終了した時点で、他のビンシーは既に戦闘不能状態に陥っていた。そして帝国軍の高速戦闘艦3隻は、アゲハに圧倒されつつあった。

 宇宙空間での激しい戦闘と異なり、深刻な神経戦が高速戦闘艦1番艦のコンバットオペレーションルームで繰り広げられていた。

「高々1隻の民間船に何を手間取っている。貴様ら大シラン帝国の軍人として恥ずかしくはないのか?」

「リールラン大佐、小官は転進を進言いたします」

「裏切り者どもを殲滅せずして、本星に帰れる訳がなかろうが! 我々は、帝国軍の規律を守り正すのだ。私は封家序列2位のバイ家の誇りを守る。貴様も艦長としての任務を全うするが良い」

 コンバットオペレーションルームの艦長席の隣に、臨時の司令官席が設えてある。その席に座るリールラン大佐は、流石に歴史ある封家のお嬢様で、優美で絵になる姿であった。

 鑑賞するには良いが、干渉するには階級と封家という2段構えの差が、艦長の意見具申を大きく阻んでいた。しかし、生命の危機が迫ってきているとなれば、話は変わってくる。

「本艦は小破ですが、艦載機は全滅。2番艦と3番艦は中破していて、全体の戦闘力は大幅に低下しています。これが現実です。小官は艦長として、本艦と兵士を守る義務があります。大佐には後日、雪辱戦をい・・・」

 自分の体重の約半分で、歳は二廻り下の上官に向かって、噛んで含めるように語っていたが、リールランに話を途中で遮られる。

 リールランは司令官席から優雅に立ち上がり、コンバットオペレーションルームにいる十数名の士官全員を徐に見回してから演説を始める。

「敵を殲滅すれば、大シラン帝国の軍人としての義務を果たすことになろう。敵船を沈めれば本艦もこれ以上損傷しないのは自明の理。貴官も艦長としての責務を全うすれば、必ずや軍は勲章と昇進でもって報いるであろう。無論、艦長だけでなく貴官ら全員の功績も対象となる。信賞必罰は軍の礎であるのだ。己自身と大シラン帝国の誇りの為に、全力をもって尽くすのだ。貴官らの力を合わせれば、必ずや目的を達成できる」

 なぜ、人の話を聞かないのだ。

 なぜ、自分勝手な理論を展開できるのだ。

 なぜ、そんな自分理論で、人心を掌握できると考えられるのか。

 それは、あの女が封家の一員だからか。

 ならば、どうやれば説得できるというのか。

 艦長は、とりあえず舌を回転させ、頭を廻して考えることにする。

「敵艦の防御システムを突破するには、近づくしかないでしょう。この距離では、あの防御システムを破壊できません。加速性能は本艦の方が上ですが、機動性は著しく劣っています」

「ならば、近づけば良いだろう。あの2隻も弾避けぐらいの役にはなる。本艦が即座に敵船を沈めれば、全艦無事に済むのだ。これが唯一無二の正しい判断だ。正しい手順に則り、正しい道を進めば、必ずや正しい結果が待っている。良いか、司令官の指揮に従うという正しい手順を踏み、諸君らが大シラン帝国の軍人として正しく軍規を執行する。脱走兵を捕縛するという正しき道を進むのだ。さすれば、我々が勝利するという正しい結果に到達できるだろう」

 何を言っても無駄なのか?

 しかし自分の台詞に、己と部下の命がかかっている。

「いいでしょう。しかし、この距離でも我が軍は苦戦を強いられています。たとえ3艦で突撃しても玉砕にしかなりえません」

 実際の状況は、苦戦どころでなかった。このまま長引けば、ジリジリと戦力を削られる。

 そして、艦長からの指示が途絶えている現状は、著しく1番艦の戦力は低下していた。

「これ以上の戦闘は、自殺行為でしかありません。敵艦には後日再戦をき・・・」

「何、世迷言を述べているか! この戦いには勝利しかありえぬ。今この瞬間で・・・」

 突然、艦が大きく揺さぶられた。少なからず悲鳴があがる。しかし、コンバットオペレーションルームのオペレーターで、座席から投げ出された者は皆無だった。帝国軍の戦艦は席に座ると、戦闘中なら自動ロックで体が固定される仕様になっている。つまり、席に座っていた者に限っては無事であった。

 立って自論を述べていたリールラン大佐だけが、艦長が後ろへと吹き飛んでいた。

「何事だ!」

 艦長はオペレーターに向かって怒鳴った。

「敵主砲が当艦後部に直撃。被害状況不明」

「火災発生。後部ブロックを閉鎖します」

「主砲へのエネルギー供給が途絶えました。副砲しか使用できません」

「推進機関の出力低下」

 オペレーターの報告に、艦長が叫ぶ。

「ミサイルで弾幕を張れ! 副砲は撃たなくていい。エネルギー供給は拡散防御レーザーに回せ! 全速で敵艦主砲の射線から外せ」

 コンバットオペレーションルームでは、次々と不吉な報告が上がる。艦長が、その都度対応策を指示する。

「側面よりミサイル。直撃コースです」

「デコイ発射。回避だ」

「後部ブロック火災鎮火。G1、G2、H2、H3ブロック完全に沈黙」

 無数のデコイに惑わされなかったミサイルが1番艦に迫る。

「拡散防御レーザーを突破されます」

 衝撃が船を襲う。

 ミサイルが命中したのだった。

「被弾ブロックは弾薬庫。二次被害発生の可能性があります」

 艦長は即断する。

「被弾ブロックを切り離せ」

「本艦が敵主砲の射線に入ります」

「全速で抜けろ!」

「間に合いません。きます」

 アゲハの主砲が、艦後部ブロックに再度打撃を与えた。

「Iブロック完全に消失」

 Iブロック消失・・・だと。それは、本艦の主要推進機関が失われたことを意味していた。

 ここまでか・・・。死ぬ前に恨み言の一つでも叩きつけようとリールランに視線を送る。すると頭から血を流しグッタリしている彼女を見つけた。

「艦長。敵艦が撤退しています」

「撤退だと・・・?」

 艦長はリールラン大佐から戦術ディスプレイへと視線を移し、素早く状況を確認する。

 惨憺たるものだった。本艦含め3艦とも、戦闘続行など考えられないほどの損害状況であった。1、3番艦が大破。2番艦中破。現状、時空境界突破航法が可能なのは、推進機関が無事な3番艦のみ。

 敵が見逃してくれたのか? それとも他に理由があるのか?

 いずれにしても千載一遇にして僥倖。この好機を逃す道理はない。

「救護兵を・・・いや、バル中尉、リンサ少尉。リールラン大佐を集中治療室にお連れしろ。リールラン大佐は頭を打たれて重傷だ。い・い・か! 頭を打たれているから、目を覚まされても混乱するはずだ。病室で、充分に休息をとれるよう処置をするのだ。そうだな・・・自分の意思ではなく、24時間はゆっくり休んでもらうようにしておけ」

 浮揚簡易搬送機で彼女が運び出されてから、艦長は2、3番艦へ通信する。

「追撃はするな。攻撃は中止だ。リールラン大佐が負傷したため、小官がこれより指揮を執る」

 戦意を維持していた艦は存在しなかったので、命令するまでもないようだった・・・。


 キセンシとエイシの帰還後、時空境界突破航法を安全に実行できる位置まで移動するため、アゲハは戦場を全速で離脱した。

 3時間後。

 時空境界突破航法用エンジンが使用できるようになった瞬間、アゲハの最大安心距離で時空境界突破航法を実行したのだ。

 琢磨は戦闘配置を解除し、コンバットオペレーションルームに集合をかけた。

 部屋に現着した者から、座席につき円卓を囲んでいる。

 最後にソウヤが部屋に入ると、いきなり遥菜とジヨウ同時に立ち上がり怒鳴る。

「何やっているのよ。あんなことしていたら、自分が死ぬわ」

「まて、ソウヤ。俺を殺すな!」

「ウェンハイを捕らえるつもりだったんが、残念だったぜ。まぁ、それによ。オレが死ぬことはありえないな。・・・で、ジヨウ、なに言ってんだよ。今、現に生きてんじゃないか?」

 ソウヤの惚けた疑問符に、ジヨウが抗議する。

「お前は、今は亡きジヨウの想いにかけてもなってオープンチャネルで、ウェンハイに向かって言っただろ!」

「あぁぁぁーー。まわりが盛り上がるかなぁって思ってよ。オレも気分的に盛り上がったぜ」

「そんなことぐらいで、いちいち俺を死んだことにするな。化けて出てやるからな」

「ジヨウにぃ~。それだと死んでることになるよ~」

「今、その話は関係ないわ!」

 遥菜が冷ややかな表情を浮かべて、ビシッと言った。

 ジヨウは苦渋の表情を浮かべ、さっきまで抗議していたソウヤへの擁護を口にする。

「ウェンハイは・・・大和流古式空手の仲間なんだ」

「だから何? はっきり言っておくけど、ソウヤの腑抜けた戦いが、皆を危険に晒したわ」

 遥菜の透明感ある澄んだ声は、場の空気を凍らせるかねない迫力があった。

「なんだと! 言ってる意味が分かんないぜ」

「数に圧倒的不利な私たちは、帝国軍に手加減して勝てる訳がないわ。それな・・・」

「我らは圧倒的な勝利を得たぞ」

「相手が斥候だからよ。同じ数の宇宙戦艦が相手でも勝てると思うの? 認識が甘すぎるわ」

 厳しい意見を述べているようだが、実は認識が甘いのは遥菜も一緒だった。

 アゲハがほぼ無傷で済んだのは、幸運が彼らに全力で味方したからだ。

 まず、先制攻撃が見事に命中し1隻を中破できた。

 それに完成した”舞”が想定通りの性能を発揮してくれた。

 そして一番の大きな幸運は、高速戦闘艦の戦闘指揮が劣悪だったからだ。

 回避機動の最中に中途半端な攻撃を仕掛けたり、挟撃のチャンスを見過ごしたり、高速戦闘艦同士がアゲハを奪い合うように攻勢に出たりと、3隻の連携はあまりにも稚拙だった。

 艦隊戦の訓練を受けていない司令官が、遊びで指揮しているのではないかと琢磨は邪推したぐらいだ。ただ、事実はどうでも構わない。隙があるなら遠慮なく利用するだけだ。

 敵艦2隻の境界突破航法用機関を潰せたことで、アゲハが戦場から離脱しても追撃はないと琢磨は判断した。まともな戦術眼があれば追撃せず、兵士の救助を優先する。そして収容を終えれば退却する。

 敵司令官が、まともであるかを真剣に疑いはしたが・・・。

 通信してきたバイ・リールラン大佐が司令官であると琢磨が知っていたら、かなり判断に迷っただろう。

 琢磨の回想中に、ソウヤたちの議論が感情的な言い争いへと発展していた。

「これは戦争だわ・・・」

「もう、やめたほうが良いかな。遥菜らしくないね」

「だって、パパ・・・」

「それより、今からみんなで食事して、休息をとることにしようか。これは強制だから。体が疲れると、心の疲れがとれなくなるしね。生き残るためにも、休める時に休むべきだね」

「しかし、アゲハの推進力では帝国軍に捕捉されるのでは?」

 ジヨウ君は真面目で頭の回転が速い。

 それは彼の美点で、その能力も評価に値するが、少しタイミングが遅いかな。

 遅くとも撤退する段階で、本来なら戦闘に入る前に撤退条件を検討しておかなければならない。経験不足が主な要因だから、仕方ないともいえるけど・・・。

「心配いらないかな。さっきの帝国軍の中で追って来られるのは一隻、あと8時間ぐらいは救助活動で追跡には来られないだろうね」

「なるほど、そうなんですね」

 ジヨウ君には、オセロット王国に到着次第、最先端技術を学んでもらう。ソウヤ君とクロー君、レイファちゃんにも適性にあった道を用意して、その道を選択するよう誘導する。4人とも将来、早乙女家のために貢献してもらう。

 琢磨の中で、それは決定事項となっていた。

「だが、リールラン大佐は執拗であるぞ。しかもあの女、ジヨウに用があるようだったぞ」

「ふざけるな、クロー。リールランが狙っているのは、お前に決まっているだろ」

「我ではないぞ」

「俺でもないな」

「なら、ソウヤにしておこうぞ!」

「それなら構わない!」

 ジヨウとクローは、勢い良く同意した。

「おいっ! なんだよ、それ。・・・だけどよ、追ってきたって戦力差は歴然としてんだ。撃沈されるのがオチだと判ってんだろーぜ」

「時空境界突破航法を使える艦は1隻だけしか残っていないから、追撃はないだろうね。残された高速戦闘艦が帝国軍に連絡をつけるからね。まあ、そのリールランが追ってきたら、ジヨウ君かクロー君を与えれば良いのかな?」

「ジヨウは死んだことになってんぜ。餌ならクローじゃないか?」

「我は、餌ではないぞ」

「だが、クローだろ」

「でも、クローだよね~」

「そう、クローだぜ!」

「我には、さっぱり意味が分からぬぞ」

「リールラン大佐自体が意味不明だ。ゆえにクローだろ」

「そうね、クローなんだよね~」

「やはり、クローかよ」

 すっかり、ツッコミ役となった遥菜が話を斬り捨てる。

「アナタたちはバカ? 話が進まないわ」

「遥菜、今頃理解したのですか?」

 呆れたように恵梨佳がツッコミをいれた。

「ウチもなの~?」

「そうです!」

 断言した恵梨佳に、レイファは堪えてない口調で甘い声音を発する。

「恵梨佳さんはキツイよね~」

「先生って感じだぜ」

「あなた達は、世の中を甘く見すぎています。少しは考えて生きなさい」

「恵梨ネーは、大人の世界に染まりすぎているわ。世の中の裏を知りすぎているのよ」

「若いうちは、根拠のない自信を持っても構わないと、僕は考えるね」

「お父さま!」

 全員の表情に、余裕が生まれてきているのが見てとれる。暫く自由に会話させ、コミュニケーションの円滑化を図ってもらうという考えが思い浮かんだ。

 琢磨は意識をセントラルシステムにリンクさせ、研究の世界へと旅立つ。

 その結果、琢磨達が食堂に移動したのは、1時間以上経過してからになった。

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