第5章 脱出 「我に年増属性はないのだ。しつこいぞ!」 1

 マーブル軍事先端研究所の攻略失敗から数日後。

 リールラン大佐は、撤退戦の途中に友軍と合流し、廃艦状態だったウーゴンからシャンハ級の高速戦闘艦に乗り換えマーブル星系に戻ったのだ。

 それは使命感から・・・ではない。

 失態を少しでも挽回できないかと考えた・・・のでもない。

 断固として己の失敗を認められない封家の性であった。

「本作戦の攻撃目標は、オセロット王国宇宙船である」

 そして今、バイ・リールラン大佐はブリーフィングルームで演説している。

「その船には、オセロット王国に我が帝国軍の機密を洩らしたジヨウ准尉ら4名が乗船している。入手した映像からは、自ら進んで敵に協力している様子が映っていた。怨敵オセロット王国へと目指し舵を切ったのだ。これは我が大シラン帝国への裏切であり、敵前逃亡以上の重大な軍規違反行為である」

 オセロット王国軍の情報収集通信衛星の情報から、リールラン大佐は追撃の格好の言い訳を見出した。しかも個人的な憎悪の人物が、オセロット王国の宇宙船に乗り込み逃亡中なのだ。

 リールラン大佐は合流した帝国軍の中から、偵察哨戒任務用の高速戦闘艦3隻を追撃部隊として編成した。

 大シラン帝国の封家序列第2位バイ家の威光と、帝国軍の特別プロジェクトに与えられた権限をフルに活用し成しえたのだ。

「しかも、ジヨウ准尉らにはスパイ容疑がかかっている。今や彼等4名は、我が軍に多大なる損害を与えた憎むべき敵である。敵兵力を壊滅し、裏切り者は捕らえよ。裏切り者には必ず報いを受けさせる。むろん捕らえられなければ、抹殺しても構わぬ。奴ら裏切り者どもに情けは無用だ!」

 リールラン大佐が指揮を執る高速戦闘艦3隻は、オセロット王国の時空境界突破航法装置“マーブル1”へと赴く。彼女はアゲハに追いつく為、マーブル1の最大出力で安全距離を無視し、境界顕現を実行する気でいる。

 ジヨウ、レイファ、クロー、ソウヤを手中に収めれば、生かすも殺すも自由自在。どのような理由でも後付け可能だ。生きて捕らえヤツらをスパイに仕立て上げ、自殺したことにする。それが最も理想的な展開だ。

 しかし、捕らえられず殺してしまっても一向にかまわない。死人に口なし、証拠はいくらでも捏造できる。

 そうした上で、オセロット王国の謀略の所為により、マーブル軍事先端研究所攻略が失敗したことにする。そうすれば攻略失敗は、参謀本部の作戦とサハシ司令官の采配が悪かったとなる。

 スパイを突き止めた功績は自分のものにする。そして部下にスパイがいたという証拠を、バイ家の力で捏造するのだ。

「我々は、次の時空境界突破航法で敵宇宙船近くに境界脱出し、直ちに攻撃可能範囲へと突入する。作戦開始は、これより1時間後だ。以上、解散!」

 リールラン大佐の情熱溢れる演説は、彼女の邪な真意を見事に隠しきっていた。

 ブリーフィングルームに集められたパイロット12名は答礼し、直ちに出撃準備に取り掛かる。その12名の中にジヨウたちと大和流古式空手の同門、ウェンハイの姿があった。

「ジヨウたちが敵に寝返った? どうしてだ?」

 ウェンハイの厚みある筋肉が戦慄く。彼はリールラン大佐の巨大な熱量をもった演説に、疑いを挟むことすらできず茫然自失状態になったのだ。


 マーブル星系を出発して1週間。

 ソウヤたちは平和な船旅を思う存分に愉しんでいた。

 軍艦でないアゲハには、恒星間旅行の時間を楽しく過ごすための施設が満載なのだ。

 VRロールプレイングゲームにアスレチック、トレーニング設備と体を動かすに設備。

 それに数々のゲームやドラマ、書籍などのメディアがある。大シラン帝国とは比較にならないほど、オセロット王国は豊かな文化があるのだ。

 しかも一隻の船の中ですら凌駕している。オセロット王国に、どれほどの文化や娯楽があるのかソウヤたちには想像もつかない。

 本当のところ、シラン帝国にも様々な文化が存在する。ソウヤたちの生活圏に・・・3等級臣民の生活圏に、ほとんど存在しないだけだ。

 キセンシの訓練以外の時間を、ソウヤとクローはゲームに興じ、アスレチックで体を動かして過ごしてる。その行動に対して、ジヨウは再三に渡って苦言を呈していた。

「いいか。俺たちは今後オセロット王国で暮らすことになる。オセロット王国の風習や生活、常識を知らないと馴染めない。毎日、オセロット王国の勉強をしておくんだ。言葉も自動翻訳機に頼っていると、いざという時に困るだろ」

 その説教に対して、ソウヤとクローは対策をたてた。

「ジヨウは、まったく心配性だぜ」

「それが、ジヨウのジヨウたる所以だぞ」

「仕方ないな。リーダーの意見を、少しは尊重しているフリしようぜ」

「ふむ、ジヨウを尊敬する振りは、我の特技だぞ」

 その対策は、ジヨウ本人を目の前にして堂々と語られた。2人は可愛げというものを、何処かに置いてきている。しかも、取りに戻る気は無いらしい。

 ただ2人は、ジヨウの説教に対して少しだけ譲歩した。勉強という名目で、ドラマ鑑賞を習慣にしたのだ。

 しかし、オセロット王国の法律や風習の勉強の題材となるドラマを選んでいるずなのだが・・・ドラマの中身は、アクションシーン満載の戦争ものか、警察ものばかりだった。

 オセロット王国の勉強になっているか甚だ疑問である。

 レイファはキセンシの訓練以外、遥菜と時を過ごすのが多かった。2人は不思議と気が合うらしい。

「ねぇ、レイファ。こっちの服はどう? あなたに似合うと思うわ」

 そう言いながら、自分の服をレイファに薦める。

「ホント? 着てみていいの~」

 オセロット王国の服は絶対守護にはないデザイン性と華やかさがあり、遥菜の持っている服はレイファにとって、どれも素敵であった。ただ遥菜のサイズとレイファの体のラインがまったく違うため、レイファは器用に服を手直ししては、纏ってみることを繰り返していた。

「ねぇー、髪をのばさない? レイファの髪、栗色だしサラサラだから・・・きっと、長い髪の間から光が透けると絶対に綺麗だわ」

 絶対守護では水の値段が高く、物心ついた時からレイファの髪はショートだった。髪を伸ばしても、せいぜいショートボブまでで、それが帝国の三等級臣民には当然だったのだ。

「そんなことないよ~。ウチの髪はクセっ毛だから~。遥菜の髪の毛の方が、艶があって綺麗だよね。羨ましいな~」

 アゲハにはパーティー会場が複数存在する。そのため各種パーティー用のドレスを各種サイズ、複数着取り揃えてある。もちろんメイク用品やヘアメイク、ヘアアレンジ用品もあり、ドレスアップ用のアクセサリーも多数取り揃えられている。

 遥菜とレイファは着飾り、パーティー会場で2人だけのファッションショーを連日開催していた。

「アタシの髪飾り使ってみる?」

「いいの~?」

「もちろんよ」

 レイファ、ソウヤ、クローは徹底的に、全身全霊で、余すところなくアゲハでの生活を満喫している。

 だが、ジヨウは違った。

 自由時間の全てを琢磨の助手として実験に、作業に、操作にと、忙しく働いている。その上、スキマ時間があればオセロット王国の最新研究論文を読み漁り、琢磨の指導を受け、調べ物をする。そうやってジヨウは、自分の才力に相応しい知識を貪欲に吸収していった。

 クローは「恵梨佳さん狙いか」とジヨウを冷やかし。ソウヤは「時間は有限だぜ、少しはオレたちとチームワークの確認をした方がイイぜ」と連携不足を揶揄し。レイファは「ジヨウにぃ愉しそうだね~。でも睡眠時間はとってね~」と忠告をした。

 3人ともジヨウを心配しての台詞だったのだが、彼は人生で最も充実した時間を過ごしていたのだった。

 それは、琢磨にとっても幸運な脱出行だった。

 役に立つ助手が手に入り、研究に、開発に、調査に、没頭できる環境が揃ったのだ。しかも面倒な会議・・・理事会などに出る必要もない。

 ただ如何な琢磨でも、封家序列第2位バイ家が作戦に参加していて、失敗を隠ぺいするため躍起になっているとか。帝国軍内の人間関係・・・リールラン大佐とジヨウたちとの因縁があるなどは、知る由もなかった。

 高々600メートル級の民間宇宙船アゲハ1隻のために、帝国軍が追っ手を放つとは完全に想定外で、可能性すら考えていなかったのだ。


 ソウヤが、オセロット王国の風習を学ぶという名目でドラマを鑑賞している時に、アゲハの船内緊急放送用映像を目にし、警告音を耳にした。

 一緒にいたクローと先を争うようにして、コンバットオペレーションルームへと疾走する。

 辿り着いた時、他の全員が部屋にいて、映像のないクリアな音声がコンバットオペレーションルームに響いていた。

『これから貴様らの船を臨検する。大人しく受け入れるのだ。他の選択肢は用意していない』

 緊張感の欠片もない声で琢磨が確認する。

「臨検を受け入れれば、その後無条件に開放してもらえるのかな? そんな事はないだろうね。宇宙海賊以下との悪名高い帝国軍が、オセロット王国の宇宙船を臨検しておいて、そのまま解放してくれるのかな?」

 アゲハは3連続の時空境界突破航法を実施した後であった。つまり最初に使用した時空境界突破航法用エンジンは、数時間のインターバルが必要な状況だった。

 そして帝国軍の高速戦闘艦3隻は、主砲射程範囲内に境界脱出してきた。さすがは偵察目的で建造された高速戦闘艦である。

『愚か者が! 栄光ある大シラン帝国軍を無法者どもと同列に扱うなど許されざる発言だ。船籍がオセロット王国のものである以上、接収されるのを覚悟するがよい』

 偉そうな大人の女性の声だった。ソウヤは声の主に勘づき、クローは噛みつく。

「その声。貴様はバイ・リールランだな!? 退け! 邪魔であるぞ!!」

『クロース・ファイアットだな。フッフフフッ。やはり、乗船していたか。選ぶがよい。捕まって刑務所に行くか、抵抗して処刑されるかを! 貴様を必ず膝下に跪かせてやる』

「すっげぇー、怒ってんぜ。クローが押し倒した所為じゃねーか?」

「押し倒したのはジヨウだぞ。我は、封家としての心構えを指導してやっただけだぞ」

『殺す・・・』

 彼女の声には、これ以上ないくらいの憎悪が含まれていた。

「ジヨウにぃ、年増は趣味じゃないと思うな~」

『全員処刑してやる。貴様らの塵一つ残さ・・・』

 リールランの口から呪詛が吐き出されている途中で、アゲハから主砲が発射された。8条のレーザービームの輝線が開戦の合図となった。

「まさか先制攻撃とは・・・。琢磨さん、容赦ないぜ」

 先頭の高速戦闘艦1隻が中破した。

 中破した艦の前方の兵器は使用不能となり、機関の一部が損傷した。

 後方に陣取りしている高速戦闘艦2隻から、返礼とばかりにレーザービームがアゲハに降り注ぐ。

 しかし、アゲハの装甲を傷つける程の威力はなかった。

 オセロット王国と大シラン帝国では技術力に歴然とした差がある。しかも偵察が主任務の高速戦闘艦の主砲である。

 アゲハの装甲が、どのくらい主砲に耐えられるか実戦データを収集する気は琢磨にない。

 マーブル軍事先端研究所の研究開発成果である防御用最新兵器をアゲハの周囲に展開する。

 球を直径の3分の1ぐらいで切断した形で、表面は鏡面加工されている。その直径10メートの大きさの兵器名は”舞”。斥力場ラウンドシールド”舞”である。舞20枚が、アゲハ船体から100メートルぐらいの距離をとって待機する。

「帝国軍の援軍が来る前に、手早く片づけるとしよう。さあ皆、戦闘開始といこうか」

 落ち着いた琢磨の宣言に、ソウヤたちは高揚感に包まれ戦闘配置へと急いだ。

 まったく、全然、負ける気がしねーぜ。


 帝国軍にとって僥倖だったのは、中破した高速戦闘艦のハッチが使用可能であったことだ。3隻の高速戦闘艦から、人型兵器と宇宙戦闘機が全機発艦した。

 ビンシー6が4機、ビンシー7が2機、それに宇宙戦闘機”グーガン3”が6機の合計12機がアゲハに向かい宙を進む。

 それに対してソウヤたちは、3機のキセンシに1機のエイシで対抗する。

 機体が同じ性能であったなら、絶望的な戦力差だ。あくまで同じ性能であったなら・・・。

『ソウヤ機、クロー機は散開。レイファ機とハルナ機は2人を援護しつつ後退』

 推進力ならグーガン、機動性ならキセンシが上である。そして防御力、攻撃力は圧倒的にキセンシが上である。

 レイファと遥菜の援護射撃にタイミングをあわせ、ソウヤとクローは鮮やかにグーガン3を躱す。

「クロー、邪魔だぜ。同じ方向にくるな!」

『貴様こそ! 散開の意味が理解できていないぞ』

『言い争いは戻ってからにしろ。ソウヤは上に、クローは下だ』

 2人は即座にジヨウの指示に従う。

『ソウヤ! 貴様は上だろうが!』

「オレの方が上なのは当たり前だぜ、クロー。それとよ、ジヨウ。上、下じゃ分かんないぜ」

 そう2人は同時に、同じ方向に進んでいた。3人とも新兵丸出しである。

『レイファ機は援護射撃。ハルナ機はビンシーを牽制しろ。ソウヤ機、クロー機へは戦術コンピューターから指示する。グーガンの攻撃を避けつつ作戦宙域に向かえ!』

『『『「了解」』』』

 機体性能は大シラン帝国を上回り、琢磨の作戦は巧妙で、ソウヤたちの作戦実行は落ち度だらけだった。それでも、アゲハの巧みな動きで琢磨の企図した通りの結果へと向かう。

 ソウヤとクローが囮になり、ビンシーより速度に優るグーガンを突出させ、アゲハの迎撃ミサイル網に誘き寄せる。辛くも逃れたグーガンには、船体側面の短距離連射レーザービームの集中砲火で機体を切り刻む。

 アゲハの攻撃に晒されつつも4機のグーガンが生き残り、全速力で離脱をはかる。だが、動くのはグーガンだけではなく、アゲハも行動している。グーガンの回避行動先を舞で塞ぎ選択肢を狭め、速力を落とさないように航路を選ばせるように仕向ける。アゲハから離脱したと一息ついた時には、パイロットとグーガンは光に包まれていた。

 そうグーガンは、アゲハの上方から攻め込み、下に抜けたはずなのに、アゲハの前方に、主砲の照準の前へと引きずり込まれていたのだ。そして8本の高エナジーの光条が、グーガンに存分に注ぎ込み、機体を灰燼と化しめす。

 琢磨の最初の作戦で、宇宙戦闘機“グーガン3”6機は全滅した。上々の戦果だった。

 次にアゲハは、全力加速でソウヤ機たちを置き去りにし、高速戦闘艦と相対して抑え込みを計る。その間に、ソウヤたちはビンシーを破壊する予定である。

 突然、オープンチャネルから怒鳴り声が飛び込む。

『ソウヤァアァー。絶対守護に戻れやぁあーーー』

 懐かしいダミ声の聞き慣れた叫びに驚き、ソウヤの返答が一拍遅れる。

「・・・下品な声を久しぶりに聞いたぜ。ウェンハイ」

『貴様が軍にいるということは、大会で優勝できたのだな。見事だぞ、ウェンハイ。そして、不幸だぞ、ウェンハイ。貴様のように甘い男は、戦場より道場の方がお似合いである』

『甘いというよりは、生真面目だよね~』

『オメーらはよぉー。全員帝国に戻るんだぁ!』

 ウェンハイが、どのビンシーに乗機しているか判らずソウヤは攻撃しかねていた。

 キセンシのレーダー索敵システムでオープンチャネルの発信源を探索している。

「オレたちはオセロット王国に行くんだぜ。それにな、戻ったって捕まるってだけだ。年増にクローを差し出しって許してくれねーぜ」

『我は年増属性はないのだ。しつこいぞ、ソウヤ』

「1人の尊くもない犠牲ですむんだぜ。なら・・・」

『ウルセー、ウルセー、ウルセェエェーーー。・・・無理ヤリにでも、ゼッテーに連れて帰る。絶対にだぁあぁ』

 ビンシーの有効射程距離に入り、レーザービーム攻撃が開始される。

 幻影艦隊には、ほぼ無効な攻撃ではある。しかしキセンシとエイシには、当然有効な攻撃だ。如何に防御を重視したオセロット王国軍の人型兵器でも、当たり所が悪ければ戦闘不能に陥る。

「3等級臣民なんかやってられっか。それに無駄だな。テメーは、オレたちに勝てねーぜ」

 翻ってソウヤたちは、未だ攻撃を仕掛けられないでいる。とっくに有効射程距離に入っていたが、ウェンハイがどの機体を操縦しているかわからない。ウェンハイと面識のない遥菜でさえ攻撃を控え、防御に重点をおいている。

『夢ばっかり語るなぁあ。大人になりやがれ! ソウヤァアァー』

 アゲハで情報処理しているジヨウがウェンハイ機を特定し、戦術コンピューターのディスプレイに位置を表示させる。

 ウェンハイ機はビンシー集団の最後方で、少し横に外れた位置にいる。

 位置取りから想像するに、ウェンハイもオレたちとは殺し合いをしたくないようだ。オレも寝覚めが悪くなるから、殺したくはないが、止めさせてはもらうぜ。

『大人になれって、久しぶりに聞いたね~』

 甘い声音で、ノンビリとした調子の話し方。そのレイファが、ウェンハイ機から一番遠いビンシー7に苛烈な攻撃を加えているとは、敵の誰も考えられないだろう。

 レイファ機のスナイパー用レーザービームライフル”遠雷(エンライ)”によって、1機が戦闘不能になる。

『ウェンハイの相手はソウヤに任せようぞ。我は自由に暴れたいのだ』

『頑張ってね~』

『さっさと倒してきなさいよ! アタシ達は、パパ達を援護しに行くわ』

 艦隊戦。ソウヤ対ウェンハイ。それにクロー、レイファ、遥菜対ビンシー4機。

 戦場が3つに別れた。

 ソウヤとウェンハイ、お互い距離を詰ながら、眩い死の光を交換し合う。

『オメーの考えに、他人を巻き込むな!』

「巻き込んでなんかないぜ」

『レイファが巻き込まれてんじゃねーか!』

 痛いところを突きやがるぜ。ジヨウとクローは計略を一から企てたチームだが、レイファは間違いなくオレたちが巻き込んだ。

 だからこそ、ウェンハイの言葉を斬り捨てる。

 だからこそ、オレたちチームは全力でレイファを護ってみせる。

 撃墜数や戦術的行動を加味して判断すると、現時点で一番活躍しているのは、レイファなのだが・・・。

「話になんないぜ! ウェンハイ。それならテメーが、オレたちと一緒に来いっ!」

 無骨なフォルムのビンシーは、背中にバックパックのような推進装置を持っている。そのため背中から抑えつけるわけにはいかず、ソウヤは正面からウェンハイ機の動きを制限しようとする。

『放せえやぁあぁあぁ。オレはなぁー・・・道場をそのままにしていけねーんだぁあぁあぁ』

 ウェンハイの苦悩が詰まった叫び声と共に、チェーンソーブレードがビンシー6の両腕の手甲から飛び出る。

「知るかよ。オレたちにも譲れないもんがあんだぜ! 今は亡きジヨウの想いにかけてもな!」

 ソウヤも対抗しようと、左手でウェンハイ機の右腕を固定し、右手で黒刀を抜き放つ。

 しかし、寸刻ウェンハイ機の方が早かった。

 キセンシの左肘関節の装甲が薄い部分に、ウェンハイ機のチェーンソーブレードが食い込む。

 強烈な振動を感じながら、ソウヤ機は黒刀を振るいビンシーの厳つい左腕を肩口から一気に断ち斬る。ほぼ同時に、ウェンハイ機を掴んでいたソウヤ機の左手を肘から斬り離された。

「これは立合いじゃないんだぜ!」

 キセンシは流れるような動作で、返す刀で兜割りする。

「どうだ! テメーをオセロット王国に連れてってやるぜ」

 ビンシーの胸部のコクピットに刃が届く寸前、ソウヤは黒刀を捻り、ムリヤリ止める。だが地面のない無重力下では、踏ん張りが効かない。その影響で、ソウヤ機の体勢が大きく崩れた。

『くっ・・・オレは道場を護る。絶対守護に戻る。オセロット王国には行かねぇー。ぜあ』

 ビンシーの右前蹴りが決まり、キセンシの装甲が激しく軋む。

 蹴りの威力でビンシーから黒刀が抜け、ソウヤのキセンシがウェンハイ機から離される。

「待てや! 道場を護るってどういう意味だ」

 ソウヤ機はウェンハイ機を捉えようと黒刀を振るい、ビンシー6の左脚を両断する。しかしウェンハイ機の両脚は、既にビンシー本体からパージされていた。

 脚だけでなく、残っていた左腕や装備がパージされている。コクピット周りとバックパック推進装置のみとなったウェンハイ機は、推進装置の耐久性テストをするかのように全力限界の加速力で飛び去る。

『絶対守護に戻ってこい、ソウヤ。そうすれば教えてやれんだよ! そうじゃなきゃなぁ。そうじゃなきゃなぁあぁー。伝えられねーんだ!』

 身軽になったビンシーには、とても追いつけない。いや、追いつけたとしても、今度はアゲハが戦場から離脱するまでに、ソウヤ機の帰艦が間に合わなくなる可能性が高くなる。

「なに言ってやがんだ! なんも分かんねーぜ」

 無理だと判っていても、このままウェンハイを追いかけ、オセロット王国に連れて行きたいという激情に駆られる。そして、何を隠しているか問い詰めたい。

 ソウヤの行動原理は、たとえ自分の不利になったとしても、面白くなりそうな方を選択する。

 だからといって彼は、愚かでもバカでもない。

 面白そうな方を選択した結果が、どうなるのか推測できる。

 ウェンハイを追った方が面白くはなりそうだが、味方の戦力は減少し仲間を余計な危険に晒すことになってしまう、か・・・。

「くっそぉおおおおおおお」

 激情を声に乗せ叫んだ。そして熱い感情を霧散させる。

 仲間を護るため、ソウヤは新たな戦場へと向かった。

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