第6章 暗黒種族 「僕の優先順位からするとね。君たちは殲滅かな」 1

 恒星間宇宙船”アゲハ”には、琢磨の研究成果と研究材料、資料を全て積み込んでいた。

 その中には、敵種族のエルフ型2体と鬼型2体がいる。ちなみに鬼型は、男ばかり生まれる戦闘種族である。

 目に見えないのは色々と弊害がでるので、幻影艦隊から鹵獲した食料に蛍光物質を混ぜて与えている。無論、敵種族に教える義務も必要も存在しないので、その事実は伏せてある。

 この敵種族4体に対して、様々な生物実験を予定していたが、マーブル軍事先端研究所の施設がなくなった為、棚上げ状態だった。

「さて、少しは協力してくれる気なってくれていると良いんだけどね」

 部屋には柔らかい光で満ち溢れているが、広く何もない空間だった。

 琢磨はロイヤルリングで壁の一つに、高精細の映像を出力させる。

 壁に裸のエルフ型1体が、壁から出ている鎖に手足を繋がれている姿が映っていた。その高精細映像に映るエルフは、まるで琢磨と同じ部屋に居るかのようだ。

 エルフといっても、眉目秀麗でなく、地球の伝承とはかなり異なっている。外見で似ているのは耳が長いことぐらいで、食事を摂る口は、体の中央付近に縦についている。

 誰の趣味かは知っているが、相変わらず悪趣味なネーミングだ。センスを開発に全振りしているため、ネーミングのセンスが壊滅的なのか?

 それともワザとかな?

 まあ・・・ワザだね。伊吹大佐とは、そういう男だからね。

「調子はどうかな?」

『食事の質が悪い。余には”マナ”をつけるのだ。さすれば、少しは話してやらんでもない』

「情報提供の報酬としてなら用意しても良いかな」

 当然音波ではなく、アゲハのセントラルシステムが変換して”ヘリオー”に伝えている。

『余は技術者でも研究者でもない。貴様の欲しい情報なぞ持っていない』

 逆もしかりで、ヘリオーからの言葉も変換して、琢磨に伝えている。

「君は、一軍の将にして司令官だった。エルオーガ軍の機密情報ぐらいもってるよね。それに僕はエルオーガ国周辺の勢力図・・・戦力比で構わないけどね」

『余が食事を餌に話すとでも思ったか、愚か者が。貴様らのような下等種族に屈す・・・』

「お仕置きの方が、お好みなのかな?」

 鎖がゆっくりと壁に入っていく。完全に鎖が壁に入りきれば、彼の体は引きちぎられる。

 人類同士の長い戦争の歴史が、捕虜を人道的でない扱いは犯罪行為となった。しかし暗黒種族は人類ではない。奴らは攻撃してきた未知なる知性体である。

 ゆえにオセロット王国では、実験動物と同様の取扱いにしていた。

 エルオーガ国でも同様に、人体実験をしているとの情報が入っていたからでもある。

 お互いが相手を知るための手段として穏健なのは、文書、データなど様々な情報を交換することだろう。対照的に残酷なのは、相手の意志を無視して実験することだろう。

 オセロット王国にとっての不幸は、突然エルオーガ軍に攻め込まれたことだった。民を護るという国家の義務を果たすため、全力を尽くした。

 手段を選択する余裕などなかった。

 知的生命体を実験動物扱いしてでも、早急な情報収集が必要なのだ。

『まっ、待てっ』

 ゆっくりとした鎖の動きと対象的に、エルフ族にない舌をヘリオーは高速で回転させた。

『エルオーガ連合国家は、3種族からなるのだ。余が属するエルフ族、それにオーガ族とルオー族。オーガ族は捕らえているから知っているだろう。ルオー族は、個体によって腕と足の数が複数ある。手先が器用なだけの弱い存在で、主に工場などで働かせている』

「別に君だけが捕まっているわけじゃないのは知ってるよね。価値のある情報が欲しいかな」

 鎖は速度を一定に保ち、止まる気配すらない。

 琢磨は暗黒種族に対して、躊躇や容赦せず、いくらでも残虐になれる。

『まっ、待てっ。何が訊きたい?』

 ついにヘリオーの体が浮いた。

 暗黒種族にも表情があり、慣れるとわかってくる。

 特にこのヘリオーは、表情が分かり易い。

 焦燥感に駆られているのが良くわかる。

『軍事機密以外なら、何でも話してやっても・・・。たっ、頼む!』

 彼は一軍の司令官であり、尊大な態度なのだが、組織内を渡り歩いてきたような狡猾さがないのだ。だから、こんなにも簡単に、琢磨の術中に陥る。

 落ちたと確信し、鎖の巻き揚げを止める。

「それじゃ軍事機密じゃない、質問に答えてもらおうかな。エルオーガ国の政治体制・・・統治機構はどうなっているかな? 最高責任者は誰で、どんな権限があるかな? それとエルオーガ国に敵対している国はどこかな? 興味深い話だったなら、マナをつけても構わないね」

 知りたいのはエルオーガ連合国家の政治体制と、それに関わる人物の相関だった。それは、終戦させる際に政治的な駆け引きで必須な情報である。

 敵の敵は、利用すべき敵・・・他の暗黒種族の国家情報を可能な限り集めておきたい。

 それにエルオーガ軍の軍事機密は、ヘリオーより琢磨の方が圧倒的に詳しい。

 オセロット王国のエンジニア達は、鹵獲した戦艦などの中に詰まっているテクノロジーを既に解析済みだった。そして戦艦のコンピューターからは、技術データや航路データ、戦術データ、艦隊データなど様々な情報を取得していた。

 琢磨は、その情報全てにアクセスできる権限を持っていて、一通り目を通していた。

『エルオーガ連合国家は3種族から代表を選出して、最高意志決定機関を設けている。代表の人数はエルフ族が4人、オーガ族が2人、ルオー族が1人だ・・・』

 ヘリオーは、エルフ族の王家に連なっている。

 それが忙しいにも関わらず、琢磨がヘリオーとコミュニケーションを取っている理由であった。


 琢磨がコンバットオペレーションルームに入ると、ソウヤたちは既に円卓の席についていた。そして何時ものように、賑やかだが、穏やかならざる議論をしている。

「”中の人”、人数分のお茶と茶菓子を」

 思考ではなく声に出して琢磨がお茶を要求したことに、恵梨佳と遥菜以外が驚きを隠せず、口を噤んだ。

 琢磨は今までロイヤルリングを使用し、声を出して要求したことはなかった。

 中の人? どういうことだ?

 なんとも言えない違和感に、ソウヤは思考を巡らせる。

〈畏まりました。マイマスター〉

 気配もなく、落ち着いた透明感のある声が部屋に響いた。

 琢磨が席に腰を下ろすと、皆の視線が集中する。その視線を受けて、徐に口を開く。

「皆に集まってもらったのには、もちろん理由があってね。ジヨウ君の協力のお蔭で、優先度の高い開発が完了したんだ。一段落して少しばかり余裕ができたから、次は人型兵器の番かな、と考えてね」

 訊きてーのは、そんなことじゃねーぜ。

 だが、ソウヤは一旦疑問を棚上げして軽口を叩いた。

「キセンシの修理代は出せないぜ」

 その軽口に、レイファとクローも続く。

「ウチも無理かも~」

「我の分は、ファイアット家の再興まで待ってもらうぞ」

 レイファのキセンシは装甲のあちこちが帝国軍のレーザービームの熱で変形していて、クローのキセンシは両脚が吹き飛んでいた。

「待ってもらう立場なのに、アナタ達は、何でそんなに偉そうにできる訳?」

「問題が何処かにあるのか? 我には理解できぬぞ」

「戦争の経費を、民間人に支払ってもらおうとは思わないかな」

「お父さま、私たちも民間人です」

 論点がずれてる・・・。だが論点を戻すより、嫌味の一言でも放つ方が、きっと面しれーぜ。

 ソウヤは皮肉を音で表現する。

「へぇーってことは、結局税金で賄うんだぜ」

「いやいや、ソウヤ。俺たちはオセロット王国に税金を納めてないだろ」

「ジヨウ、これからオセロット王国で暮らすのだから、我らも税金を納めることになるぞ」

「でも、まだ納めてないよね~」

「アナタ達がオセロット王国で、まともに働けるとは思えないわ」

「え~、ウチもダメかな~」

 遥菜の発言に、レイファはいつもの甘い声音で拗ねてみせた。

「あっ、えっ、レイファは別。絶対大丈夫だから。いや、待って、働かないで! アタシ・・・、レイファと一緒に学校に行たいわ」

「それは可能でしょうけど、彼らはどうするのです?」

「知らないわ。どうなっても構わないから」

 遥菜が本気で言っているのが、すっごく伝わってくるぜ。それに透明感のある溌剌とした声で言い切られると、つい納得してしまいそうになる。

「ヒドイ贔屓だぜ」

 ソウヤは憎まれ口を叩くのが精いっぱいだった。

「いけない?」

 遥菜は愉しそうに邪悪な笑顔をみせた。それでも、彼女から佳麗さが少しも損なわれてない。

 ソウヤは毒づく台詞が思い浮かばず、口を開けずにいる。そこに、タイミング良く琢磨が口を挟む。

「いくら余裕ができたとはいえ、そろそろ本題に入っても良いかな? ちょうどお茶もきたことだしね。喉を潤してから本題に入ろうか」

 調理ロボットが、個々人の好みの温度と濃さに淹れられた美味しいお茶を配膳する。

 お茶の熱さに、ホッと一息つく。

 重たくなってた場の空気が、緩和されてた。

 ソウヤは周囲の様子を観察すると、皆同様に一息ついてた。琢磨を除いて・・・

 これが大人の気遣いってのか?

「もうすぐ、アゲハはオセロット王国領に入る」

 ソウヤとクロー、ジヨウから歓声があがる。レイファは目尻に涙を浮かべている。

「今日からジヨウ君には、恵梨佳の指導でアゲハの戦闘訓練をしてもらうからね。ソウヤ君は、恵梨佳のエイシを操縦するように・・・。そして遥菜は、エイシでの戦い方をソウヤ君にレクチャーするようにね」

 予備のパーツとソウヤの機体のパーツを使い回した。キセンシ2機は戦闘可能な状態へと修理が完了したが、その所為でソウヤの操縦するキセンシがない。

「マジかよ・・・あの機体に乗れってかぁ」

 ソウヤは端整な顔の片頬だけを器用に引き攣らせ、嫌そうな声を出した。だが自然と、喜びが顔に溢れ出てしまう。

 ワザと反対のことを口にしている時のソウヤの癖だった。

 それを知っているレイファとクローは、ソウヤを口撃する。

「ウチが乗ってもいいよ~」

 レイファは笑顔で、冗談とすぐに判る提案をしてきた。

「嫌そうだな、ソウヤよ。我が代わっても良いぞ」

 クローは、本気で代わりたいと考えているようだ。

 だが、却下だぜ! オレが乗る。

「残念ですが、クロー君には無理です。中の人の解析によると、エイシを調整なしで操縦できそうなのは、ソウヤ君だけのようです。それと、お父さまが以前使用していたロイヤルリングがあります。そのロイヤルリングとの相性が一番良いのは、真に遺憾ながら、どうにもならないぐらい残念ながら、ソウヤ君なのです。つまり私達には、選択肢がないのです」

 恵梨佳は冷静な口調で、冷徹な内容を、かなり不愉快な気分だ。しかし心底安心もしたぜ。なにせクローなら、可能性がある限り最後まで諦めない。絶対に難癖・・・交渉して斬り拓こうとする。

 遥菜の操るエイシの性能は凄まじかった。実際に戦闘シーンを目の当たりにして、いつかぜってぇー操縦してやると思っていたのだ。

 そのチャンスが、こんなに早くやって来るとは・・・最高だぜ。

「中の人、コメントはあるかな?」

〈ソウヤ殿なら調整なしで訓練開始可能ですが、クロー殿は調整に10日以上かかると推定されます。ジヨウ殿とレイファ殿は1ヶ月以上かかるでしょう。即戦力を、というマイマスターのご要望に沿うのなら、ソウヤ殿しかいません。それとロイヤルリングは〉

 ただし調整可能なのはエイシ

「・・・と、いうことです。何か他に質問はありますか?」

「中の人って、なんだよ?」

「そこなの? アナタ、本当にバカだわ」

 遥菜の呆れた表情が、言葉では何とも言い表しようがないソウヤのイラつきを誘う。

「な、んだと・・・」

「オセロット王国では、宇宙船のシステムを掌握しているセントラルシステムのCAIに、船名をつけるのが慣習となっていてね。ただ船名のアゲハは、僕の妻の名前なんだな。恵梨佳と遥菜に、母親の名前を呼び捨てにさせる訳にもいかないから、中の人と呼ぶようにしてるんだよね」

「音声は、お母さまの声を忠実に再現しています」

「でも、アゲハのCAIのオプションコアの特徴は、パパの判断基準を元にしているわ」

「CAIではなく、正確にはCAI+Uです。遥菜の言うオプションコアとは、“+U”のことです。この宇宙船のセントラルシステムは、就航してからの1年の間、CAI+Uが学習したことにより、オセロット王国一のシステムとなっているといっても過言ではありません」

 CAI+Uはクリエイティブ アーティフィシャル インテリジェンス プラス ユニーク。CAIの時は”創造的人工知能”と呼び、+Uと付与すると”独自発想人工知能”といわれる。同じCAIでも、付与したオプションコアによって学習成果が異なるのだ。

 頭の良さでは折り紙つきのジヨウが、嬉々として琢磨の助手をしてる。琢磨の知力が尋常じゃねーというのは判断できるが・・・。

 だが恵梨佳と遥菜の場合、強烈で猛烈なファザコンフィルターを装備しているようにしか思えないぜ。

〈オセロット王国一ではありません〉

 へー、意外と謙虚な独自発想人工知能だぜ。

 しかしソウヤのその思いは、一瞬で消え去る。

「今は、どのくらいの実力かな?」

〈この天の川銀河系一です。それも暗黒銀河と天の川銀河を合わせた新銀河系一と言い切っても過言どころか、事実の補完にしかなりえません〉

 ジヨウは信じて良いか判断できず言葉を失い、クローは呆れた口調で琢磨に忠告する。

「琢磨さん、これは流石に言い過ぎであろう。我は”中の人”に恥というものを覚えさせるべきと忠告するぞ」

「ウチは、どうでもいいと思うな~」

 視線を琢磨、恵梨佳、遥菜と巡らせてから、ソウヤはアドバイスする。

「お前らみんな、どれだけ尊大なんだよ。コンピューターぐらいは謙虚にさせた方がいいぜ」

「そういうアナタは不遜・・・いいえ、不埒だわ」

「よく観察しているようだけど違うな。ソウヤの本質は、不埒というより傍若無人なんだ」

「うむ、ジヨウの言う通りだぞ。付け加えるなら愉快犯でもあるのだ」

「ソウヤ、ごめんね~。ウチにもフォローは無理かも~」

「オレの周りは敵ばっかかよ」

〈話も纏まったようですので、本来の状況説明を始めさせて頂きます〉

 どう纏まったっていうんだ。まったくイイ性格のCAI+Uだぜ

「まあ、頼もうかな。僕は、少しセントラルシステムの中を遊泳していることにするからね」

 そう言うと、琢磨は椅子をリクライニングにして、深く体を沈めた。

 集合をかけておいて、自分から説明する気のない船主兼船長。遥か銀河の先まで見通せそうだが、足許が見えねーんじゃないのか? 一人だけ別世界に旅立ち、CAI+Uである”中の人”に後を引き取らせるとは・・・。ホントに、この人を信じてイイのか?

 そんなソウヤの疑問を置き去りにして、”中の人”が説明を始める。

〈オセロット王国領に入れば、通信が回復します。たとえ王都であろうともリアルタイムに会話が可能になります。会話用の時空境界突破航法装置と情報収集通信衛星が王国領の星系に張り巡らせてあります。しかし辺境には、宇宙船を境界突破させられるほどの時空境界突破航法装置を置いていません。境界通信ネットワークにより、オセロット王国領での通信は可能になります、護衛艦の派遣を依頼できます。しかしオセロット王国軍の艦隊が、すぐに到着する訳ではないということです。護衛艦と合流するまではエルオーガ軍の脅威を想定しておくべきです。つまり、ジヨウ君達を今すぐに戦力化するか、出来なければ囮として役立つようにする必要があります〉

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