眷属2
反響する雄叫び。この世に生を受けた喜びを謳歌するかのような、歓喜の叫び。5体の光る怪物が誕生した瞬間だった。
「眷属……」
ディエルはその姿を確認し、絶望したように掠れた声を漏らした。
ディエルの状態は万全とは程遠い。片腕を潰され、魔力も3割以上消費している。いくら魔力消費量が少ないといっても、先ほどの攻撃を凌ぐにはそれだけの魔力を使うしかなかったのだ。
「どれだけ強いのかはわからんが……並みの魔獣よりとは桁違いに強いことはわかるな」
離れている場所からでもわかる。白金に輝く美しい体から漏れ出るあふれんばかりの濃密な魔力。大気をビリビリと揺らし、ディエルの負傷した右腕をも揺らす。ズキズキとした鈍痛が患部から伝わってくる。
早く回復魔法をかけたいのだが、眷属の竜たちから放たれる魔力が、魔法陣の構築を妨害している。
『アァァァァァァァッ!!』
5体の凄まじい咆哮。魔力の波動を乗せた雄叫びが森に伝わる眷属というだけで、ここまでの力。それが5体。その絶望的な状況の中、ディエルは考えを走らせていた。
「どうしたもんか……なにが通じるのかはわからんが……」
どんな魔法が通用するのか、まだわかっていないのだ。いや、先程のルシフェルとの攻防を思い出す限り、ディエルの空間干渉魔法が最も有効的な攻撃というのは言うまでもないのかもしれないが。
ただ、ルシフェルと眷属は姿や魔力は同じだが、全く異質の存在と考えてもいい。
ルシフェルの魔力を元に作られた存在の眷属。その力や本質は、ルシフェルには遠く及ばない。が、それぞれが1個体としてとてつもない強さを保持しているのだ。
「一気に魔力を使って空間の亀裂を入れるっていう手もあるけれど……」
それは悪手だろうとディエル自ら否定する。例え魔力の大部分を消費し、眷属と勝てたとしても、その後に待ち受けているルシフェルに完膚なきまでに負けて終わりだ。
なんとか魔力を温存しながら、5体を倒さなければならない。
「……
眷属たちの雄叫びが終了したため、ディエルは瞬時に魔法陣を構築。負傷した片腕を修復した。痛みに堪えながらでは万全の力を発揮することはできないものだ。
「っと、早速か?」
腕を治した瞬間、眷属の1体がディエルに向けて光の光線を放って来た。だが、先ほどルシフェルから受けた凄まじい光線に比べれば児戯にも等しい。
「
瞬時に
「眷属ってのはこんなものなのか?」
跳ね返された光線を間一髪で避ける眷属を眺めながら、そう呟く。
いくらルシフェルとの実力差があるからといって、あまりにも呆気ない魔法を使うものだと思ったのだ。
「まぁいい。その方がさっさと終わるかもしれないしな」
相手が弱いに越したことはない。この状況ならばでの話だが。
さっさと眷属を片付け、本体であるルシフェルに攻撃を仕掛けたい。あまり時間を長引かせると、それだけ奴が回復してしまうことになる。
全快まで回復させるというのは避けたい。
「
空間を固定し、先ほどの光線を放って来た眷属を捕縛する。閉じ込められた眷属は空間の中でもがいているが、脱出はほぼ不可能だ。
残り4体。
『ルアァァァァッ』
『ァァァ』
今度は2体の眷属がディエルに向かって突撃して来た。大きな口を開け、ディエルを捕食しようとしてくるものと、距離を取り光線で消し飛ばそうとするものだ。
「連携としてはあんまりよくないな。俺がギリギリで消えた場合、どうなるかわかっていないだろ」
ディエルは眷属が自らを捕食しようとした寸前で大きく跳躍。上から見下ろす形になるのだ。
そして、目標を見失った眷属が辺りを見回している。この時点で、頭部がガラ空きだ。
さらに、もう1体の眷属が遠距離からディエルを光線で撃ち墜とそうとしてきた。が、放たれた光線はディエルに到達する前に軌道を変えることになる。
「
ディエルの展開して反射防壁により、光線は進路を変更しさせられる。その先にいるのは、先ほどディエルを捕食しようとした眷属だ。
振り下ろされた光線は真っ直ぐに眷属の頭部に吸い込まれていき ── 大きな風穴を開けた。
『カッ……』
頭部を貫かれ、眷属は珍妙な声をあげ倒れこむ。そして、そのまま淡い光となって消えていった。呆気ない死に様。同族の攻撃をモロに食らって死ぬなど、連携が全く取れないことがよくわかる。
「
光線を放って来た眷属の座標に、空間の断層を創り出す。眷属の体を真っ二つに分断。眷属は叫び声もあげぬまま、淡い光となって消えていった。
「これで、後2体か」
残った2体いずれも凶暴そうな雰囲気を醸し出している。
先の3体よりも手間がかかりそうな予感がした。集中して魔力をため、魔法陣を展開する必要がある。
「こいつらを倒せば、すぐにルシフェルを叩きに行けるな」
後2体だけである。残量魔力も半分は残っているのだ。怪物の眷属を相手にし、2割の魔力しか使わなかったのはとても大きい。それも、ディエルの元となっている魔力量と、魔法式改良による恩恵だった。── と。
「ッ!」
眷属2体が同時に動いた。その速度は先ほどの3体とは比べ物にならないほど。恐らく、魔法で身体能力を強化しているのであろう。そして、魔法が使えるということは、それだけ知力も高いということだ。
2体は二手に分かれ、ディエルを挟み撃ちで狙っている。攻撃手段は捕食か、光線か、はたまた別の力か。
油断は全くできない緊迫とした状況だ。が、ディエルはそれでも冷静に魔法陣を構築。魔法に長けていると自負しているだけある。
「
氷結魔法を発動。ディエルに迫っていた2体の眷属は完全に凍りつき、数瞬動きを止めることになる。だが ── 。
”パキパキパキッ”
徐々に氷に亀裂が刻まれていく。蜘蛛の巣状に入った亀裂は大きくなっていき、眷属たちが完全に凍りを砕いて動きを再開した。
「チッ、だめか。光は凍らないな〜〜」
ディエルは舌打ちし、自らの魔法が聞かなかったことを悔しそうにしている。
ルシフェルの眷属であるこの竜たちは、謂わばルシフェルの分身体といってもいい。そして、その基本概念は光である。自然界で光が凍らないのと同じように、光の概念を持つルシフェルと眷属には氷の魔法が効かないのだ。
逆に、空間がない場所には光は存在できない。なので、空間を変化させる魔法は有効的なのである。氷結魔法でできるのは、今回のようにせいぜい数瞬の間だけ動きを妨害するくらいだ。
「氷が効かないなら、物理的な魔法は基本的に効かない。空間魔法は有効的。なら、次はあれだな」
魔法が効かなかった事実を全く気にせず、次の攻撃を決定する。この精神力の強さが、魔法の才を伸ばす秘訣なのかもしれない。
2体の眷属は体に付着した氷を振り払いながら、再びディエルの姿を探し始める。
「
すると、付近に姿を隠していたディエルが魔法を発動。途端、2体の眷属が淡い光となって消えた。
空間消滅。これは、文字通り空間を消滅させる魔法だ。一定時間が経てば自然に元に戻るのだが、消えた空間にいたものはこの世から永久に消え去る。空間魔法の最高難易度魔法だ。
魔法式は複雑に複雑を極め、消費する魔力は膨大。使えるものはほとんどいないという、希少でぶっ飛んだ魔法なのだ。今回も、ディエルの残量魔力の2割を消費した。残りは全体の3割といったところか。
だが、これで全ての眷属を倒したことになる。最初に捕まえてあった眷属は、すでに消滅していた。
「最初のやつがどこにいったのかはわからんが、空間固定ではその空間だけが固定されて、空気も消える。窒息で死んだんだろうな」
そう推測し、森で休息を取っているルシフェルの元に向かおうと、空を見上げた。時だった ── 。
『ルァァァァァ』
「ルシフェルの……鳴き声か?」
空に響いたのは、恐らくルシフェルの鳴き声だろう。方角も同じで、そもそも森に日々渡るような叫び声をあげることができるのは、ルシフェルしかいないのだ。
「遂に休息を終えたか?なんにせよ、さっさと終わらせて」
── と、言いかけた時。
空に、いるはずのないものたちがいた。
「……は?」
ディエルは困惑した。空にいるはずのない……つい先ほど倒したばかりのものたちが、空に浮かび、ディエルの進行方向を塞いでいたのだから。
「な、んで……いま、殺したはずじゃ……」
声が掠れる。先ほどとは全く違う状況に、体が強張るのを感じた。
──そこには、先ほど倒したばかりの5体の眷属たちが、体を金色に発光させながら君臨していた。
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