眷属
「始まったのね」
ディエルがルシフェルとの戦いを始めた時、レアは近くで結界を展開して、様子を伺っていた。森の茂みの1つに、魔力探知不可と透明化の結界を展開していたのだ
「ディエルさん……どうやって戦うんでしょうか」
レアはニーナを守りつつ、ディエルの戦いを見届ける。相手は空を飛んでおり、しかも光をありえない速度で射出してくるような怪物だ。地上で戦うなど、はっきりいって無謀が過ぎるのだ。上からレーザーを雨のように打ち込まれ、そのまま死んでしまう。
「でも……なにか作戦があるはず」
ディエルはそんな無謀なことはしないと思っている。少しでも勝算の高いやり方を選択し、それを実行するはずだ。
「……頑張ってください」
心の底から祈り、ディエルの無事と勝利を願うのだった。
◇
──光が動く。
全てを照らす究極の光源が、ゆっくりと上空を旋回している。なんの動作なのかはわからないが、とにかく相手は怪物。どんな些細な動作でも、警戒する必要がある。
「ん?」
ディエルは違和感に気がついた。旋回しているルシフェルの周囲に、光の玉が5つ浮かんでいるのである。5つの玉はルシフェルの頭ほどの大きさをしており、光の明滅を繰り返している。
「なんだあれ……っと!」
謎の球体に意識を向けた途端、ルシフェルがディエルに向かって光線を放ってきた。おそらくだが、あの光の玉を生み出して注意を向けさせ、その隙を見て光線を放つという手段だろう。中々頭のきれる化け物である。
間一髪のところで光線を避け、ディエルも魔法を返す。
「
氷の槍を生成し、天のルシフェルへ
向けて射出。この氷の槍はディエルのオリジナル魔法。当たった場所を起点として、体中に氷が侵食していくというものだ。
バシュっと再び光線が放たれ、氷の槍が迎撃される。無論、ディエルも当たるとは思っていなかった。これはあくまで牽制であり、奴を仕留める決定打には成りえない。
と ── 。
『ァァァァ』
甲高い雄叫びを上げ、ルシフェルが頭上に魔法陣を展開。その大きさに、ディエルは一瞬歯噛みする。
「デカ過ぎるだろ……一体どんな大魔法が来るんだ?」
ディエルが見た限り、尋常ではない大きさに、中に書かれている魔法式は複雑極まりない。何の魔法が発動されるのか、検討もつかなかった。
そうしている間に、魔法陣が輝き、その魔法が発動される。
「………マジかよ」
ディエルは額に汗を滲ませながら、目の前の光景に唖然としていた。
現れたのは、一本の巨大な光の槍。
それが、魔法陣から姿を現したと同時に分裂し、今では空を覆うほどの数まで増えたのだ。ザッと見た数、1000は超えているであろう武器に、驚きを隠すのが無理というものだった。
そして、死の槍がディエルに向かって投下される。
「当たったら死ぬけど……そう安安と死ぬわけにはいかないんだよ!!」
ディエルは自らの掌に魔法陣を展開。それを空へと掲げ、魔法を発動する。この戦いで、ディエルが決定打になるであろうと考えていた魔法を。
「
頭上の空間を捻じ曲げ、降り注ぐ光を全て逸らす。光は地面についた瞬間消滅する。が、その着地地点には融解した地面が残されていた。
しばらく光は降り続け、辺りを明るく照らし続ける。そして ── 。
「上手くいってよかったが、失敗してたら死んでたなこりゃ」
苦笑いしながら、ディエルはその場に立っていた。無傷で。
空間を湾曲させたことにより、光の進行方向を無理やり変更したのだ。よって、光はディエルに直撃することなく逸れたのだ。
「しかし、恐ろしい力魔法だな」
ディエルは周囲の惨状を視界に入れ、身震いした。穴だらけになった広場、壇上の石やオブジェが熱によって融解している。そしておそらくだが、今の魔法も反射が効かない類のものだ。どのように反射を防いでいるのかはわからないが、反射を選択していたら、ディエルも今頃体がドロドロに融解するか、丸焦げになっていただろう。
「驚いてるといいんだが」
光の槍を受けて尚無傷であるディエルを不審に思ったのか、ルシフェルはジッとディエルを見つめ続けている。
『ァァァ』
妙な唸り声を上げるルシフェル。警戒の姿勢をとるが、特に魔法陣が展開されることも、口から光線が射出されることもなかった。
「なんだ?」
白金の巨体を空中でくねらせ、珍妙な行動を取っている。ディエルが光の槍で死ななかったことがそれほどまでに気に食わなかったのだろうか?
濃密な魔力を持つ光が、動くたびに激しく光を放つ。
「……ッ…まさか」
嫌な予感がし、ディエルは咄嗟に空間を湾曲させた。先ほどよりも広い範囲で発動。
空間を湾曲させた瞬間、ルシフェルの口腔から眩い光が放たれる。おそらく、魔法士たちを殲滅した光の光線と思われる。
『ルァァァァァ』
妙な咆哮。それが耳に届いた瞬間、目の前が真っ白な光に包まれた。
轟音が響き渡り、湾曲させた空間が押しつぶされる感覚。維持している魔法陣に、とてつもない負荷がかかっている。
「こ、これは……ッ」
力の拮抗。湾曲した空間と、それを押しつぶす光。2つの力がせめぎあっているが、圧倒的に負荷がかかっているのはディエルだ。
”バキン”
空間に亀裂が入る。それは、力の拮抗が崩れた証拠だ。その際、ディエルの右腕に亀裂が入る。
「ぐっ………」
魔法陣を展開している片腕の損傷。圧倒的な負荷に腕が耐えられなくなり、鮮血が滴る。
「あ、ああああああッ!!」
ディエルは雄叫びを上げ、その痛みと重圧に抗う。長くは持たない。ここが正念場となる。
そして ── 。
「あ……」
終わりは突然やってきた。真っ白な視界が一気に晴れる。光の重圧が消えたのだ。
だが、片腕は潰され、空間湾曲も使えなくなった。次に先ほどの光が来た場合、もう耐えることはできない。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる。今の一撃で、疲労が一気に蓄積された気がした。
『ァァ』
ルシフェルの方も疲れ切ったのか、森に降り立ち休息を取っている。今の攻防はお互いに負荷がかかることだったようだ。休息を取る必要があるのだろう。
だが、ディエルは空中を見やり、自分に休む暇はないことを悟った。
「……やってられるかよ……っ畜生」
視線の先に映るのは、5つの光球。その5つの光が、ルシフェルと同じような
「眷属……か……」
最強の怪物の眷属が、誕生した瞬間だった。
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