対面

「な、なんだ!?」


とてつもない轟音が響き渡った瞬間、ディエルは咄嗟にニーナとレアを連れ、廊下に飛び出していた。尋常ではない衝撃。城が揺れるほどの衝撃など、通常では考えられないことだ。


一体なにが起こったのか。それを確かめるため、ディエルは最大限に注意をしながら廊下を進んだ。


「い、一体なんの衝撃だったんですか?」

「わからない。だけど、とにかく確認しないといけないことはわかる」

「こわいよ………おにーちゃん」


先ほどの衝撃ですっかり怯えてしまったニーナは、ずっとディエルの腰にしがみついている。子供は雷の音だけでも怖いものだ。先ほどの衝撃など、その比ではない。


「大丈夫だ。俺とレアがあついてるから安心しろ」

「……うん」


嗚咽を我慢しながら返事をし、ディエルの後を縋るようについてくる。恐ろしいことがあった後は、誰でも甘える人が欲しくなるものだ。ディエルはそのようなこととは無縁だったが、彼が少しばかり特殊なだけだろう。


「あ、あの〜〜」


先ほどから黙ってついてきている少女が、おずおずといった感じで声をかけてくる。


「なんだ?」

「これって、さっきの竜の元に向かってるんですか?」

「ああ。一応そのつもりだ」


もうかなり廊下をい進んでいるため、かなり今更な気がするが。ディエルは頷き、再び歩みを再開する。


「もしかして、あの竜と戦うつもりですか?」

「だったらなんだ?」


不安げに聞いてくる少女に少し苛立ちを感じ、強めの口調で言ってしまう。が、そんなことは全く気にしていないように、少女はディエルに訴える。


「ど、どうして自分から死ににいくんですか?1つしかない命なんですよ?それをこんなに粗末にするなんて……」

「おい」


ディエルは彼女の言い分を途中で遮る。言っていることは確かに正論なのかもしれない。だが、今この時に限っては、そのような言葉を聞きたくなかった。


「それ以上は言うな。俺も黙っていない」

「で、ですが……」

「やめろって言っただろ。俺は命を粗末にしにいくんじゃない。命が助かるために戦いにいくんだよ!」


そう主張する。今、ディエルがルシフェルの元に向かっているのは決して無駄なことをするためじゃない。ニーナを連れていくのも、もちろん彼女を差し出すからではない。


「あのままあそこに閉じこもっていても、絶対に死ぬだけだ。なら、俺は少しでも生き残る可能性に賭けるんだ」

「そもそもあなた、捕虜ですよね?あまり余計な口を挟まないでもらえますか?」


ディエルの主張と、レアの辛辣な言葉が同時に少女を襲う。さすがに傷ついたのか、それ以降はなにも言わなくなってしまった。


そして、魔王城を脱出し、魔法士たちがいるであろう広場へと直行する。上空にはルシフェルの姿が確認できたが、まずは合流が先だ。


「……なッ!!」


だが、広場に着いた瞬間、

ディエルたちは驚きの光景を目にすることとなった。


「な、んだよこれ……」


そこに広がっていたのは、たくさんの魔法士たちが地面に倒れ伏している光景。全員が体から黒い煙を上げており、生きているかもわからない状況だ。と、そんな状況にディエルが困惑しているとき ── 。


「ディエル……か?」


聞き覚えのある野太い声が鼓膜に響いた。声がした方へ振り返ると、そこには見慣れた人物の変わり果てた姿が。


「ま、魔王……?」


数刻前まで、一緒に作戦などを立案していた魔王が、胸に深い傷をつけてはなしかけていた。明らかに致命傷。すぐに治療しなければ、命が危ない。


「なんですかその怪我!!待ってください、完治ヒール


ディエルは魔王に完治の魔法をかけ、傷口を塞ぐ。が、失った血までは修復することができないので、しばらく動いてはダメだ。


「なにがあったんですか?いや、ルシフェルにやられたのはわかります。どうしてこんな惨状になったんですか!!」

「少し、落ち着いてくれ」


ディエルは少し興奮しすぎてしまい、貧血の魔王に掴みかかてしまった。自分で治して自分で症状を悪化させては本末転倒である。


「待て、その前に、ニーナとレアはどうした?」

「俺の魔法で隠れてもらってます。ルシフェルに感知されると大変なので」

「そうか……」


魔王は目を伏せ、安心したように声を出す。が、ディエルは嘘をついた。本当はディエルの魔法ではなく、レアの結界魔法で姿を消してもらっているのだ。ついでに魔力探知阻害もつけてもらい、絶賛その辺にいるのだ。


「それで、一体なにが起きたんですか?」

「……初めはうまくいっていたんだ」


魔王は呼吸を整えながら、戦況を語った。

序盤は、立案した作戦が上手くいっていたこと。だが、突然ルシフェルが唸り声をあげたと思った瞬間、状況は一変した。


「上空に展開していた魔法陣が全て一瞬で消され、吹き飛ばされた。そして、目が覚めたらこの有様だ」


反射の魔法陣を吹き飛ばす光を持っているなど、一体だれが予測できたか。魔王はその優れた直感で、魔法陣を消すように叫んだのだが、間に合わなかった。


「ディエル……」

「はい」


弱々しく名前を呼ばれ、ディエルは反射的に返事を返す。


「残った魔法士はお前だけだ」

「そう見たいですね」

「倒せなんて無茶は言わねぇ。ただ、お願いだ」


覇気のない声。普段の魔王からは信じられないような力のなさに、ディエルは彼がすでに限界にきていることを察した。肉体的にではなく、精神的に。


「レアとニーナを、守ってくれ」

「はい」


ディエルが短く返事を返す。それは、最初からディエルがなすべきこと。彼女たちを守ることは、最初から決めていたことだ。それをわざわざお願いするとは……どうやら、余程彼女たちのことが心配のようだ。


「守りますよ。なにがあっても」

「そうか……よかった」


魔王はそれを言い残し、意識を失った。死んだということではない。単なる休息、疲労の蓄積により、眠気が来たのだろう。ディエルは彼を床に寝かせ、スクッと立ち上がる。

やるべきことは、初めから変わっていない。


「さて……」


覚悟はできている。これから起こるであろう激闘。死ぬ可能性は十分にある戦い。否 ── 死ぬ可能性の方が遥かに高い戦いだ。

ディエルは短く呼吸を整え、頭上に君臨するへと視線を向けた。


白金の巨体、黄金の翼。

全てが神々しく、まさしく王……いや、神といっても大多数の人々は信じてしまうであろう存在感。

ディエルはその姿を真っ直ぐに見据え、掌をぐっと握る。自然と手汗がに滲む。


「さぁ、やろうか」


最強の怪物との決闘が、今幕を開けた。

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