捕虜
ディエルはルシフェルの姿を確認すると、すぐさま強化魔法を使い、城へと急いだ。少女を脇に抱えて。
「こ、これは……」
「悪いが我慢してくれ。すぐに対応しないといけないんだ」
ルシフェルがニーナに対して行動を起こす前に、なんとか対策を取りたいのだ。
今更対策など無意味なのかもしれない。だが、何もやらずに終わるのだけは避けたい。なにか、奴に一矢報いることを成し遂げたいのだ。
考えを巡らせながら走り続け、魔王の書斎の窓に着いた。
「レア!開けてくれ!」
大声で呼びかけ、中からの反応を待つ。この時間すら、今はとてつもなく惜しい。
「ディエルさんですか!?」
「ああ、ディエルだ!」
レアはディエルだと確認すると同時に、窓を開けて中に引き込む。ディエルはレアに引っ張られながら窓の中に入り、すぐにニーナの元へと駆け寄った。
「おにーちゃん……」
「待たせたな」
ニーナを抱きしめながら囁く。存外時間がかかってしまったようで、彼女には心細い思いをさせてしまった。
「やっぱり、光ってるな……」
「はい。突然ニーナちゃんの目が光り出して……来たんですよね?」
「ああ、ルシフェルのお出ましだ」
レアはすでに予想していたようだ。ニーナの目に異変が現れたら、現状ルシフェル絡みだということは予想できる。冷静さを失わずにいてくれたようだ。
「今、あいつはここのすぐ近くの上空を浮遊してる。魔王たちが対策をしていたはずだから、そっちがどうなっているかが心配だが……」
「お父様なら大丈夫です。あれでも魔王ですから」
レアは心配するなとディエルに告げ、自信ありげに胸を張った。形のいい胸が揺れ、少しディエルは動揺した。
「あ、ああ。きっと魔王なら大丈夫だな。あの人は王だ。民を考える、優秀な王だ」
「そうです。普段はポンコツでも、やるときはやる人なんです」
「そこまで言わんでもいいだろ」
裏で娘にここまでボロクソ言われるとは……少しだけ魔王が不憫に感じたディエルだった。
「それで、少し話はそれますが、この人は誰ですか?」
と、レアはいきなり笑みを作りながら、ディエルの連れて来た少女に顔を向ける。その美しい笑顔に、ディエルは少しばかりの恐怖を感じた。
「こ、この子は刺客の1人だ。一応、捕虜って扱いになるのか」
「この女の子が刺客だったんですか?」
「ああ、他にも男が7人いたけどな」
時間がないので、レアには簡単に刺客の人数などを説明した。
「なるほど。で、他の方々はどうされたんですか?」
「殺したよ。ああ、1人は自殺だけどな」
レアに告げることにも、ためらいはなかった。そもそも、レアには殺すつもりで行くと説明してあったので、彼女も別段落胆したり、ディエルを人殺しのような視線で見ることはない。
「他は殺したのに、この子は生かしたんですか?」
「勘違いしないでほしいが、一応この子以外の奴らにも交渉はしたんだぞ?情報と引き換えに命助けてやるってな。全員拒否して襲いかかってきたけど」
頭の固い連中だったと、ディエルはため息を吐く。心の底からもっと柔軟な思考を身につけたほうがいいと思った。もう死んでいるので、なんともならないが。
「この子は交渉に乗ってくれたからな。それに、なにかわけがありそうだ」
「わけ?」
「その辺りは本人から聞こうか」
ディエルとレアの視線が、少女に向けられた。少女は一瞬でビクッと身体を震わせたが、すぐに姿勢を正し、自らの素性を話した。
「わ、私は、人間界からやってきました。他の方々とは違って、奴隷としてチームに入ってたんです」
「奴隷……か……」
妙に大人しく、反抗もしないと思っていたが、奴隷だったようだ。
きっと、ここで捕まったとしても何も思わないのだろう。彼女にとって、ただ主人が変わるだけ。彼女の生活に変化はないと思っているのだろう。
「私はほとんど捨て駒だったんです。今回、魔界に来たのは女の子の誘拐だと聞いていました。」
「やっぱりか」
ディエルの予想は見事的中していた。狙いはニーナ。彼女をルシフェルに差し出すのが、少女が所属していたチームの……いや、人間たちの狙いだ。
「私は、これからどうなるんですか?殺さないとは伺っていたんですが……」
「そうだな。一応、今は捕虜として捕まっていてくれ。君の処分は、この問題が解決してからだ」
今、最優先するべきことはルシフェルへの対応だ。今は魔王の指揮する魔法士たちが食い止めてくれているかもしれないが、それもいつまで持つかわからない。突破された後のことも考えなければならないのだ。
「わかりました。では、地下牢の方に?」
「いや、俺についていてくれ」
「「え?」」
少女だけではなく、レアも何故という顔でディエルを見る。ディエルはその視線を軽くスルーし、説明した。
「今、ルシフェルへの対応で警備は薄い。君が逃げるとは思わないが、人間嫌いなやつらが君に何をするかわかったもんじゃないんだ。だから、
俺と一緒に行動してくれ。ああ、鎖はつけたままで」
流石に拘束を外すことはできないので、そこは承知してもらいたい。少女はしばらく口を開けてポカンとしていたが、やがて我に返り、了承の意を示す。
「わかりました。そもそも、捕虜の私に拒否する権利はありませんもんね」
「ん?いや、俺はそんな風には扱わないぞ?別に人権を踏みにじるつもりもない」
「そうなのですか?」
ディエルは人権というものを大事にする人間だ。自らがその権利を踏みにじられてきたので、辛さはよくわかっている。自分がやられていたことを、何の罪もない少女に味あわせるわけにはいかないのだ。
「てっきり、私に有り余る肉欲をぶつけられるものだと思っていました」
「そんなことはしないぞ」
「ディエルさん。いくら捕虜とはいえ、そんなことをすれば私が黙っていませんよ?」
「やらねぇつってんだろ」
妙な勘違いをされ、そのことでレアから人を殺せそうな視線を向けられた。が、それを華麗に躱し、緩んだ空気を引き締めるように、ディエルは準備を始めた。
「ディエルさん。どこかいくんですか?」
「決まってるだろ。魔王のところに行くんだ」
ディエルが告げると、レアは顔を険しいものに変え、ディエルの袖を掴む。
「王宮の魔法士たちが命をかけて戦っています。ディエルさんの出る幕ではないです」
「多少なりともサポートはあったほうがいい」
「お父様の作戦です。魔法士たちだけで食い止めるという」
「それは俺も一緒に考案したか安心しろ」
ディエルはレアからの忠告を全てかいくぐり、魔王の元へと向かおうとする。そんなディエルにしびれを切らしたのか、レアは彼の胸に飛び込み、しがみつく。
「どうしたんだ?」
「わからないんですか?行かないでくださいって言ってるんです」
「どうして……」
ディエルは困惑し、レアの頭を撫でながら問いかける。レアはバッと顔をあげ、ディエルの目を真剣に見つめる。
「今、ニーナちゃんを置いていかないでください。私だけではあの子の心は満たされません。ディエルさんも一緒にいないと。1番苦しんでいるのは、あの子なんですよ?」
「 ── ッ」
ディエルはハッとした。ディエルも焦る気持ちから、魔王たちのサポートに行こうとしてしまっていたが、この場で1番苦しんでいるのは、間違いなくニーナだ。
伝説の怪物に狙われ、更に他の刺客にも狙われている。小さな女の子が受け止めるには、あまりにも残酷な現状。
「あの子を慰められるのは……あの子が頼れるのは私たちしかいないんです」
「……そうだな。ごめん」
ディエルはレアは離し、ソファーに座っているニーナの元へと歩く。
ディエルは自分の不甲斐なさを悔やんでいた。先ほど、自分でニーナに寂しい思いをさせてしまったと言ったばかりだ。
それなのに、また彼女を置いて戦場となっているであろう外へと向かおうとしていた。
「ニーナ、ごめんな。置いてけぼりにして」
「ぅ……グスッ」
ニーナは未だに泣き続けている。それも仕方ないことだろう。彼女にとって、怖いことがずっと続いているのだから。
「大丈夫だよ。俺がついてるから」
「……うん……」
ディエルの胸で嗚咽を漏らし続けるニーナを、ディエルは頭を撫で、慰め続ける。
── と、その瞬間。
“ゴオオオオオオオオン“
とてつもない衝撃が、魔王城を震わせた。
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