結果
魔王の書斎。そこでレアはニーナと2人で 待機していた。
無論、ディエルに言われた通りに侵入不可の結界を展開してある。
「……スゥ」
「よく寝てるなぁ」
ニーナはレアの膝に頭を乗せ、静かな寝息を立てている。泣き疲れて赤くなった目元がいつもと違う寝顔だ。
外では魔王をはじめとした対抗軍が魔界を守るために命をかけた戦いを始めようとしており、ディエルはニーナを狙ってきた刺客達を殲滅しに向かった。
「……ルシフェル」
今回現れた伝説の怪物。その名を呟き、天井を見上げる。レアの視界に映るのは、豪勢な装飾が施されたシャンデリア。ロウソクの炎がゆらゆらと揺らめき、あかりを明滅させている。
その様子をジッと見つめ、考えに耽った。
(ニーナちゃんが……)
視線を落とし、眠っているニーナの顔を見つめる。
もし、今回ルシフェルに負けてしまった場合、真っ先にニーナが食べられる可能性が高い。ニーナの純粋で膨大な魔力を目的としているなら、そうなるだろう。そして、ニーナを捕食した後に魔界を蹂躙するのだろう。
それが、最悪の未来。
「それだけは……絶対にダメ」
レアは首を横に振りながら、浮かんでしまった未来を否定する。
だが、一度考えてしまったあとでは、どうしてもその考えが頭を支配してしまうものだ。
その思考を中断させるため、レアは声を出して自分に言い聞かせる。
「そんなことを考えてはダメ。ニーナちゃんがいなくなったら、
呟き、視線を再び落とす。
と、その時 ── 。
「……ぁ…ぅぁぁ」
「ニーナちゃん!?」
突然、ニーナが嗚咽をあげだす。多量の涙を流しながら、身体が硬直する。
「お、ねぇ……ちゃん」
「私よ!どうしたの!?身体が痛いの?」
レアは焦りを見せながら、ニーナの頭を撫で続ける。どうしたらいいのかわからないのだ。ニーナは涙を流し続けながら、レアの胸の顔を押し付ける。
「いきなりどうし……ッ」
顔をあげたニーナの目を見て、レアは驚きのあまり声を詰まらせた。
そして、理解してしまった。一体何が起きているのかを。
「……来たのね」
ニーナの金色に発光した目を見ながら、レアは察した。
伝説の怪物が、遂にニーナを見つけたことを。
◇
数分前。
ディエルは散らばった8人のうち、5人を殺したところだった。
一応、情けとして交渉を持ちかけたのだが、全て断られてしまったのだ。
「今の所全員殺しちゃったな……」
1人目を殺した時、できる限り殺さないように努力しようと決めたのだが、なまじ相手が強いだけについやりすぎてしまったのだ。
「一応死体は回収してあるが……」
殺した刺客は全て亜空間収納にしまってある。それぞれが色んな状態の死体に変身していた。ディエルは何とか生かそうと思い、様々な攻撃を試した。だが、その全てが悉く失敗し、逆に残酷な死体を作り出してしまったのだ。
「生かして無力化するのは苦手だな……」
自嘲気味に呟き、溜息を吐く。
氷漬け、斬首、圧殺、刺殺、絞殺。
このような残酷な殺し方をしてしまったのだ。ディエル自身、寸止めで終わらせようと思ったのだ。だが、自分の力を制御しきれず、5人を死に至らせてしまった。
「まぁ、仕方ないか……」
ディエルは頭を振り、後悔するのをやめた。まだ3人残っているのだ。あまり同じ場所に留まるのもよろしくない。
「他の3人は……お」
索敵魔法を発動する。すると、3人は同じ場所に固まっていることがわかった。他の5人がいなくなったことを不審に思い、合流したのかもしれない。
「まぁ、丁度いいか」
1人ずつ追いかける手間が省けた。
3人の元へと向かいながら、心の中で交渉が決裂しないことを密かに願う。
「っと、あれか。かなり近かったな」
ほんの数十秒走っただけでたどり着いた。3人のいる場所は木々が一層ひしめき合っている密集地になっている。そこなら見つかることもないと思ったのだろう。
「
ディエルは牽制のため、3人の周りの木々を凍らせる。周囲に漂い始めた冷気。遠目から見ているが、3人の刺客は即座に戦闘体制に入り、辺りを警戒。その動きも見事に連携が取れている。
ディエルは一瞬で3人の頭上まで跳躍。そして、凍った木々を砕きながら彼らの目の前に降り立った。
「君らが最後の刺客か」
「「「……ッ」」」
今までの男たちと同じく、無言で身体を震わせる。だが、今回は後方に跳躍するなどの行動はとらなかった。否 ── とれなかったと言った方が適当かもしれない。
何故なら3人の足は氷に固定されていたから。
ディエルが3人の目の前に降り立った直後、3人の足を凍結させたのだ。
「ま、初めましてと言っておこう。名前は名乗らないがな」
「「「………」」」
無言でディエルの声を聞き、反応を伺っている。なんとか脱出の機会を狙っているのだろう。無論、ディエルもそのことには気がついている。そこで、敢えて交渉を持ち出すことにした。
「一応交渉しておこう。俺が聞きたいことに全て答えるというなら、見逃してやってもいいぞ」
5人と同じように交渉する。が、やはり何も返事は返ってこない。これも決裂と見ていいだろう。が、ディエルはここで1つの案を思いついた。
「そうだ。お仲間の5人に会わせてやるよ」
亜空間収納から、5人の死体を取り出す。それを3人の前に投げ、反応を伺うことにした。
交渉を断れば、このようなことになるぞという脅しのつもりだったのだ。
そして、これは予想以上に彼らの情緒を乱すことになった。
「……え?」
「う、嘘だろ……」
「お、お前ら………」
絶句。そんな言葉が自然と浮かぶくらい、3人の反応は顕著なものだった。わかりやすく絶望してくれている。だが、これはディエルにとって悪手だった。
「お、お前ぇぇぇえ!!」
1人の男が激昂し、ディエルに向かって喚く。そして、魔法を発動してきた。
「
怒りに任せ、ディエルに向かって攻撃。だが、そんな見え見えの魔法が、ディエルに当たるはずもなかった。
「
ディエルは冷静に魔法を発動。光の槍は反射され、ディエルにたどり着くことなく進んでいた道をそのまま引き返して行く。それは当然、魔法を放った男に向かって跳ね返り ── 男の身体を貫いた。
「アガアァァァァ」
「交渉決裂だな」
男は腹部に大きな穴を開け、その場に崩れ落ちた。そして、その身体を氷が飲み込んでいく。
「さ、他の2人はどうする?」
完全に消沈している後の2人に問いかける。この惨状を見ても尚、抵抗するというなら仕方ない。6人と同じ運命を辿ってもらうことになる。
「わ、私たちは……」
「私?」
一人称が他の6人と違うことに気がついた。そして、先ほどは気がつかなかったが、女性特有の高めの声だ。
ディエルが少し驚いていると、もう1人の刺客が突然倒れた。
「ん?どうし……そうか」
ディエルは瞬間的に察した。この刺客は自害したのだと。見せられた5人の死体に絶望感を感じ、目の前で見せられた仲間の死。そこで完全に心が折れたのだろう。この刺客は仲間たちと同じように殺される前に、自らで命を絶つことを選んだのだ。
「ま、別にいいか。問題はお前だぞ。お嬢さん」
「………は、い」
「どうする?情報を吐いて助かるか、俺に殺されるか。それとも、こいつ同じように自分で死ぬか」
ディエルは我ながら悪党じみたことを言っていると思った。少なくとも、正義の味方が吐く台詞ではない。
女……声的に判断したが、おそらく少女か。あまり時間もないので、返答を早くしてもらいたい。
「……わかりまし、た。なんでも……答えます」
「よしわかった。とりあえず、命は助けてやる。が、一応拘束はさせてもらう。
このまま魔王城まで連れ帰るには不安が残る。そのため、ディエルは魔法で彼女を拘束してから氷を解いた。
「悪いな。不自由かもしれないが、我慢してくれ」
「は、はい……」
辿々しく受け答えをする少女。まだフードを被っているため、顔を確認することはできていない。ディエルは少女が頭から被っているフードに手を伸ばし、後ろへとやる。
その顔を見ると同時に、ちょっとした衝撃が走った。
「………」
「あ、あの?」
「い、いや、なんでもないんだ」
少女の姿は、お世辞なしで綺麗だった。長く透き通るような黒髪と、同色の黒い瞳。対照的な白い肌。その姿に、ディエルは一瞬目を奪われた。
「ま、まずは城に来てもらう。話はそこからで ── 」
言いかけたところで、ディエルは言葉を切った。切らざるを得ない状況だったのだ。
なぜなら、暗い夜が支配していた世界に金の光が差し込んだから。
その光をディエルは知っている。
「遂に来たか」
「あ、あれが……」
金色の怪物が、神々しく輝きながら、その全容を表したのだ。
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