不安要素
「いいかお前たち!!」
魔王城周辺。暗い森の手前にある大きな広場に、魔王の大きな声が木霊する。その威厳ある声を、集まった衛兵、魔法士達が真剣な表情で聞いている。
魔王城周辺は街がある方面を除いて、森が広がっており、その森の一部を開拓し、今戦士達が集まっている広場を作ったのだ。
「相手は伝説の怪物だ!確実な勝算もない戦いになる」
戦士達は無言。あたかも、それは承知の上であるという気持ちの表れのように。
「だが!だからと言って黙って蹂躙される俺たちではない!奴に対して、こちらのできる限りを尽くす!それが俺たちのするべきことだ」
魔王は叫ぶ。戦士達の指揮を高めるため。彼らの中で燻っているであろう、僅かな恐怖心を潰すため。
そして、自らの指揮で、死の危険に合わせてしまうことを詫びて。
一拍置き、戦士達へ命令を叫ぶ。
「戦士達よ!俺からの命令だ!魔界の未来の為に、命を燃やせ!」
「「「オオオォォォォォォォォ!!」」」
広場、森、あらゆる場所に響き渡る雄叫び。戦士達の闘争心、愛国心が心に火を灯した・
王の演説。その効果は絶大といってもいいだろう。圧倒的な強者の前に怖気付く童ではなく、嬉々として立ち向かう勇敢な戦士にしたのだ。
「陛下……」
壇上から降りてきた魔王に、後ろに控える重臣達が不安げな声を漏らす。
「安心しろ。命をかけるのは戦士達だけじゃない」
「それを言っておるのです陛下」
重臣の1人が魔王に進言する。
「魔界の頂点に立つあなたが命を落とすようなことがあれば、一体どうなるのかわかっておられるのですか?」
「後任にレアがいるだろう」
「そういう問題ではありません。魔界は人間界のようにいくつも国があるわけではないのですよ?魔界全体が認めるような人物はあなたしかいないのです」
「なら、いい世代交代になるんじゃないか?それに、レアなら大丈夫だ」
「なぜいいきれるのですか!!」
魔王が自らの命の重みを理解していないように思え、重臣は怒鳴りつける。魔界の長になんたる態度を取っているのかと、本来なら罰せられてもおかしくない。
だが、魔王は静かに目を伏せ、重臣達に言い聞かせるように言った。
「俺の娘だからだ」
「……ッ」
「俺が魔王として認められているなら、あの子には俺の血が流れてるんだ。なら、あの子も認められる可能性は十分ある」
「それは……」
魔王の言葉に、重臣たちは反論できない。実際、レアには王女としての気品も風格も備わっている。
黙り込む重臣達に、魔王は頭を下げながら告げる。
「娘を……信じてやってくれ」
魔王ではなく、1人の父親としての懇願。自分の愛する娘を、信じてあげてほしい。そんな思いが重臣達に伝わったのか、それぞれがため息をつきながら忠告する。
「……王女殿下に関しては、我々も信用していないというわけではないです」
「ですが、王女殿下が魔王の座に就くのは可能性の話。まずはご自分の無事を心配しましょう」
そう。第一に優先されるのは魔王本人の命。彼が無事なら、レアが魔王になるということもない。
重々承知しているという感じに、魔王は笑みを作った。
「わかっている。そして、ルシフェルも倒す。それが最高の結果だ」
その言葉を残し、魔王は全体の指揮を取る為、再び壇上へと上がって行った。
◇
魔王城から出たディエルは付近の森に入り、1本の木の上にしゃがんでいた。
木の上から見えるのは、夜を照らしている月と、風に揺られている沢山の木々。
「………8人か」
森の中でこちらにへ向かっている数は8人。索敵に反応しているのが8人。まだ索敵の範囲外にいる可能性はある。
ディエルの展開している索敵魔法は範囲を広くすると情報が大雑把なものになっていき、範囲が狭くなると詳細な情報が入ってくるようになる。
今は小範囲に展開している為、詳しい情報がディエルに入ってきていた。
「武器は全員携帯している。魔法士がどれだけいるのかはわからんが、全員一般的な量の魔力を持っている」
人影はそうしている間にも城へ向かっている。そろそろ相手からディエルの姿を確認できるほどの距離まで来た頃だろう。
ディエルはゆっくりと立ち上がり、魔法陣を展開。
「さ、頃合いだろ。
魔法を発動する。
ディエルの背後 ── 魔王城の方向に、長大な氷の壁が形成された。二つの領域に分断する長大な壁。その姿を確認したであろう8人の人影は、進行を止めていた。
「まぁ、流石に止まるか」
突然目の前に得体の知れない氷壁が出現したのだ。この状況で止まらずに直進し続ける者はいないだろう。いるとしたら、そういう作戦を言われているものか、本当にただの馬鹿くらいだ。
と、索敵の8人はそれぞれ別行動を取り始めた。
「散らばったか。仕方ない。1人ずつ相手をしていくしかなさそうだ」
残念ながら、全員を一気に殲滅する上級魔法を使用するほど魔力を消費できるわけではない。この刺客達はあくまで不安要素。
「まずは……お前だな」
ディエルのいる木の下に移動してきた者が1名。
黒いローブを纏い、右手には剣が握られている。氷壁が現れた時点で敵がいることを悟り、戦闘体制に入ったのだろう。
(中々の判断力だ)
それなりの修羅場をくぐり抜けてきた者の反応。だが、ディエルの索敵魔法が展開されている以上、この森はディエルの庭に等しい。どこにいようが、不意打ちなどはできない。
ディエルは木から飛び降り、人影の前に姿を見せる。
「………ッ」
「やぁ」
ディエルが気安く話しかけると、刺客の
「交渉だ。お前達が何者なのか、誰の差し金で送り込まれたのか、目的はなにか。これを教えれば、生きて返してやる」
知りたい情報を粗方教えれば、生きて返す。そう交渉するが、男は無言でディエルの様子を伺っている。
そして、突然魔法陣を展開し、魔法を放ってきた。しかも、森で使うべきではない火の魔法だ。
「……残念だ」
ディエルは短く溜息を吐き、迫ってくる火を魔法でかき消す。
自らが放った火が消滅し、男は驚いたように一瞬動きを止める。その隙をディエルが見逃すはずもなく、瞬時に男に肉薄。
そのまま、心臓部に手を当て ──
「
男の心臓を凍りつかせ、動きを止める。血液の循環が無くなった男は胸を押さえ、そのまま数秒もがいた後、動かなくなった。
見た目は傷ひとつない状態。だが、確実に息の根は止まっている。
「慣れって怖いもんだ」
ディエルはやれやれと肩をすくめ、男の死体を眺めていた。その瞳には、後悔も罪悪感もない。ただ、心臓部より広がっていく氷を眺めるだけ。
「極力殺さない方向でいこうと思ったんだが……やっぱ難しいな」
先の攻撃も、本来なら殺すつもりはなかった。仮死状態にし、あとで復活させようと思ったのだ。が、魔法の威力を間違え、今では完全な氷漬けの状態にしてしまった。
最後に人を殺したのはかなり前なので、殺さないようにする練習などしていない。
今回も、ついうっかりで殺してしまった。
「次は気をつけよう」
まだ7人残っている。氷壁の内側に残っている者達は、いずれもこの男のような者達だ。気を抜かず、確実に無力化するとしよう。
ディエルは索敵の反応する場所を目指し、木々へと飛び移った。
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