状況

薄暗くなった世界。

陽が水平線に沈み、視界が暗くなる頃。普段なら、辺りは闇に沈み、人々は眠りにつく。それは、魔王城に勤めている者達も例外ではない。

が、この日は普段とは違った。

バタバタと慌ただしく駆ける衛兵達。

今宵は寝る暇もないというように、大急ぎで物資を運ぶ。


「まだ作戦は出してないですよね?」

「観測班に物資を調達してるんだよ。寝る暇もないだろうし、食料とかだな」


観測班は金の怪物 ── ルシフェルの姿を常に把握する任務に当たるため、今夜は休む暇はない。常に広範囲に索敵魔法を展開指定いる必要があるのだ。

各班3人ずつのチームを組み、交代をしながら索敵魔法を展開し続ける。小休憩のうちに魔力を素早く回復させるため、魔力回復作用がある食材などを補給するのだ。


「観測だけでも重要な任務ですね」

「情報は何よりの武器だからな」


今時の戦いは正面突破というよりも、事前の情報に基づいた作戦を考案し、巧妙な戦法で勝利する。

今回もそのスタンスで戦うのだ。


「で、勝てると思いますか?」

「勝算がないわけではないんだ。絵本でも王子が奴を倒しているわけだし」


確かに王子はルシフェルを倒している。だが、それも絵本の話だ。王子は手持ちの宝玉を使い、怪物を屠った。そして、ディエル達はその宝玉を持ち合わせていない。


「俺たちの目的は倒すことじゃない。退けることだ」

「退ける?」

「ああ。倒す必要はない」


ディエルは少し驚いた。てっきりここで討伐してしまうのが目的なのだと思っていたのだが……中々冷静に物事を考えているようだ。


「俺の立案した作戦はこうだ。まず、王宮の魔法士達を集め、防御班と攻撃班に分かれる。分担して攻防を同時進行し、少しでも安全を確保しながらルシフェルを迎撃する」


王宮に仕えている魔法士は皆優秀な者達だ。防御魔法と攻撃魔法に分担して、それぞれに集中してルシフェルに対抗するなら危険性も減るだろう。だが、懸念もある。


「攻撃が一切通用しなかった場合は?」


相手は伝説の怪物。常識的な魔法が効かない可能性も十分考えられる。


「その場合、攻撃班の方も防御に回ってもらい、周囲への被害を最小限に減らす。その後、撤退してもらう」

「そのあとは?」

「俺が出ようか」


至って真面目。そんな顔で魔王は自らが出陣することを告げた。


「魔法士達がダメなら、俺が出るしかないだろう。指揮を取るのは俺だが、俺が出れば指揮もいらん」

「いや、魔界の最高権力者が出ることは……」

「民を守れないでなにが王だ。俺は民のために命を賭ける男だぞ」


ディエルはこの言葉を聞き、心の底から彼が王であることを喜んだ。民の為に死ぬ覚悟がある王など、人間界にはいない。彼はそれができる、有能で崇高な王なのだ。


「その意気やよし。ですが、王が亡くなられては、先の魔界はどうするんですか?」

「なに。レアがいるではないか」

「娘任せもどうかと思いますが……」

「大丈夫だ!死ぬ気はないから安心しろよ!」


全く安心できない。あまり勢いだけで物事を解決できると思わないほうがいい。いずれ痛い目を見ることになるだろう。

だが、ディエルに魔王の覚悟は伝わった。ならば、ディエルのするべきは自分のするべきことをすることのみ。


「魔王が民の為に命をかけるなら、俺はレアとニーナを守ることに命をかけますよ」

「なに?」

「言った通りです」


ディエルは自分の心に決めた覚悟を魔王に伝えた。ディエルは例え民が死のうと、魔王が死のうと、魔界が滅びようと、レアとニーナだけは守るつもりでいる。

これだけは、伝えておかなけれbなならなかった。


「それに……俺は院長ですから」


孤児院の院長として、職員と児童の安全は保障させてもらう。ディエルの命にかけて。

魔王はディエルの決意を聞き、しばらく沈黙した後、豪快に笑った。


「はっはっは!よく言ったぞディエル!わかった、レアとニーナはお前に託した!」

「おまかせを」


お互いの覚悟、決意を示しあった後、2人は細かい作戦を話し合う。その時、1人の衛兵が扉を勢いよく開け入ってきた。


「へ、陛下!!」

「む!どうした!」

「白金の怪物は大陸西部、端の海に向かっております!!」


伝達された情報。それは、ディエルを凍りつかせるものに他ならなかった。


「西端の海だと?そ、そこはもしや!」

「はい!レア王女がいらっしゃる孤児院の方向です!」

「クソ!!」


ディエルは焦った。ルシフェルの速度がどれ程のものなのかわからない。が、彼女達に危険が迫っていることは確かだ。


「魔王。俺は孤児院に一旦戻ります。彼女達に知らせたい」

「ああ。それから、無事を確認した後、ここに戻ってきてくれ」

「わかりました」


ディエルは即座に頷き返し、魔王の書斎から飛び出して行った。

最初の違和感… 前兆の予感が的中したのかもしれない。

ディエルは急いで転移陣まで向かい、孤児院へと転移した。




「レア!ニーナ!」


ディエルは転移した後、真っ直ぐに孤児院まで走り、扉を乱雑に蹴り開け中に入った。


「でぃ、ディエルさん?どうしたんですか、そんなに急いで……」

「無事か!よかった……っと、ニーナは?」


レアが無事なのは確認したが、ニーナの姿が確認できていない。


「そ、そうでした!ディエルさん。ニーナちゃんの目が……」

「目?……目がどうしたんだ?」


再び頭を過る嫌な予感。当たって欲しくない予感が、今現実となってディエルに突き刺さる。


「ニーナちゃんの目に凄い魔力を感じて……とにかくみてください!」


そう言われ、レアに続きリビングへと入る。

そこには、目を淡く発光させたニーナが、涙を流しながら座っていた。


「おにーちゃん……グスッ……」

「に、ニーナ……どうしたんだ、その目……」


わかっている。ディエルは粗方の予想ができている。だが、まだ認めたくない。ニーナをそんな危険な目に合わせているなど、信じたくなかった。


「……ッ、解析眼アナライズアイ


解析の力を使い、ニーナの目を解析する。

以前とは桁違いの量の魔力が、その金の目に宿っていた。原因は、恐らく……


「レア、ニーナ。魔王城に行くぞ」

「え?ど、どうして……って待ってくださいよ!」


ディエルは泣きじゃくるニーナを抱きかかえ、孤児院を飛び出した。慌ててレアが追いかけてくるが、速度は緩めない。


「ちゃんと説明してください!一体どういうことですか!」

「まずは転移陣まで来るんだ!死ぬかもしれないんだぞ!」

「……ッ」


俺が強い口調で告げると、レアはハッとし、黙ってディエルの後ろをついてきた。無言で転移陣まで走り、魔王城へと転移しようとした。

その時 ── 。


「ルァァァァァァァ」

「……ッ、いや、いいタイミングだ。結構速度は遅いんだな」


転移陣の場所からでは姿は確認できない。だが、山の向こう側が金色の発光していることから、そこに奴がいることがわかる。


「あ、あれは……」

「すまない。すぐに説明するから、転移するぞ!」


奴の姿を確認する前に、ディエル達は魔王城へと転移した。



後には白金のルシフェルが、周囲を見渡しながら浮遊しているのだった。


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