呼び出し

「魔王から呼び出し?」


数日後。ディエルは貸し出していた本を返却しに魔王城を訪れていた。

以前借りていた『銀の王子』の絵本である。一応、ニーナに読み終わったことを確認してから返却に来た。

のだったが、転移陣に転移し、魔王城の廊下を歩いていた時、執事と思われる初老の男性に声をかけられたのだ。


「はい。魔王陛下がディエル様をお呼びでございます」

「またいきなりだな……」

「つきましては、陛下の書斎にお越しください。謁見の間ではありませんのでご注意を」

「わかりました」


ディエルは本の返却を中断し、魔王の書斎へと足を向ける。はっきりいって、嫌な予感しかしない。

ディエルは一抹の不安を感じながら、歩を進める。




城内の長い通路を若干緊張しながら歩き、魔王の書斎の前まで到着した。自然と手汗が出てくる。先ほどの

ディエルは嫌な予感をぬぐいきれないまま、コンコンとノックをする。


「ディエルです」

「入ってくれ」


野太い声で入室の許可を貰い、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開ける。


魔王は部屋の奥にある椅子に腰掛け、何枚もの書類を手に取り眺めていた。とてもレアに口撃され、ダメージを負っていた人物と同一人物とは思えない。


「悪いな。いきなり呼び出して」

「いえ。どういった要件で?」


一孤児院の院長であるディエルを呼ぶなど、ただ事ではないはずだ。大したことのない要件なら、魔王の側近がさっさと解決してくれるだろう。


「まぁ、まずは座れ」

「あ、はい」


机の前で突っ立っていたので、魔王がすぐ横にあるソファーに腰掛けるよう勧めてくれた。ディエルは断る理由もないので、ゆっくりと腰を下ろした。


「とりあえず、これを読んでくれ」

「?なんですかこれ」


魔王から手渡されたのは、一枚の絵。描かれているのは、白金に輝く身体を持った、1体の巨竜。2枚の翼と、頭部に付属されている角が特徴的だ。


「ドラゴンですか?しかし、俺は見たことのない種類ですけど……」


少なくとも、竜種にこのような輝かしい種は存在していない。ディエルの知る竜種は大抵ワイバーンなどの種類で、珍しい種類でファフニールなどの亜種がいるくらいだろうか。


「それはそうだろう。魔王である俺も初めて見る種だからな」

「じゃあ、一体何なんですか?あ、新種が発見されたとか?」


魔界ならば新種の誕生は珍しいものではないだろう。魔素が濃い場所特有の性質だ。

が、魔王はこの推察にも首を横に振った。段々ともどかしくなってきたディエルは、魔王からさっさと正体を聞くべく、問いただす。


「じゃあ、これは何なんですか?そもそも、一体これと俺がどんな関係があると ── 」

「本当に見覚えがないか?」


魔王は、いつものような穏やかな声音ではなく、神妙な声音でディエルに問うた。ここまで真剣になるほどの案件なのだろう。が、ディエルの記憶にはこのような生物はな ── 。


「あ」


ディエルはの記憶にはある生物……いや、生物といっていいものではないかもしれない。だが、心当たりのあるものが浮かんでいた。


「わかるだろ?お前、『銀の王子』借りてたもんな」

「い、いや……本当なんですか?」


ディエルだけではない。この姿を見た魔族は、必ず連想するであろう生物。それは、あまりにも有名な生物であり、生物ではないもの。もはや、魔獣と呼ぶことすら適切でないかもしれない。魔王は頷き返しながら、言葉を放つ。


「『銀の王子』に出てきた5体の怪物。その内の1体である白金の巨竜……」

「で、でも、あれは絵本の話でしょう?実際に実在しているなんて……」

「わかってる。だが、実際に出現しちまったんだから、認めるしかないだろう」


架空の生物。絵本の中に描かれた、その物語にしか存在しない生物だ。それが現実となって現れたという。突然そんなことを言われ、頭が混乱しないはずがない。


「ちなみに、こいつはどこで描かれてんですか?」

「これは、魔界の端にある海だ。人間界側の海の方な。それと、これはただの絵じゃない。術者の見たものをそのまま紙に写す、写し絵だ」

「ってことは、この姿のまんまってことですね」

「そういうことだ」


ディエルが手にしている巨竜の写し絵。この姿のまま、世界に現れたということである。


「被害状況とかは?」

「港にあった船が何隻かやられた。それくらいか」

「以外と少ないですね」

「まだ目撃情報が入ってから1時間くらいだしな。だから、尚更気が抜けねぇんだけど」


出現してからまだ時間が経っていないため、現状の被害が少ないだけ。これはわかりきっていることだ。大きな被害というのは元凶が現れてからそれなりの時間が経った頃にやってくるもの。つまり、魔王の仕事は被害が大きくなる前に元凶をなんとかするということだ。


「この巨竜の能力とかは?」

「まだ未確認だ。が、絵本と同じ怪物だとすると、こいつは金の怪物。能力は、光系統の魔法の行使だろうな」

「光の魔法……確か、絵本では光の光線で街を焼き尽くしたって書いてあったと思うんですけど……」

「まさしくその通りになるかもしれないな」


笑いながら恐ろしいことを言ってくる魔王。ディエルはその冗談は笑えないというように項垂れる。


「一体どうしてこんなのが出てきたんですかね」

「それが謎だな。突然なんの前兆もなく出現したわけだし」

「前兆……」


ディエルには心当たりがある。

ニーナだ。

彼女の目に発現した魔力。発現した時期は、白金の巨竜が出現した時期と被っている。なにか因果関係があるかはわからないが、不安をぬぐいきれない。


「なにか心当たりが?」

「いや、前兆とかあったら逆にいいのになって」

「確かに対策は取れるな」


事前に対策が取れるなら、今のように慌てる必要もない。


「今回の巨竜は『銀の王子』に出てくる金の怪物として認識するが、いいか?」

「逆にそれ以外で考えたら対策も考えられないと思います」

「それはもっともだ」


絵本の怪物なら、倒したという前例があるということになるのだ。


「あ、名前はどうするんですか?」

「識別名ってことか?それも絵本の中から取ればいいだろう」


絵本の中の怪物には、それぞれに名前がつけられている。その中の金の怪物の名前を、今回は採用することにしたのだ。



金の怪物、白金の巨竜の識別名。




── 光源の主 ルシフェル ──


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