解析

「どうしたんだ?」


孤児院に帰宅すると、ニーナがソファーの上でモゾモゾしていた。一生懸命手で目を擦っているようだ。


「んー、おにーちゃん?」

「ああ目が痒いのか?」

「うん」


話している間にも、ニーナは目をこすり続けている。痒いのは仕方のないことなのだが、あまり擦り続けていると痛めてしまうかもしれない。

目は代用の利かない器官だ。子供のうちから大切に扱ってほしい。


「ニーナちゃん。痒いのは仕方ないけど、あんまり擦ると被れて痛くなっちゃうよ?」

「えー、いたいのいや」


レアが頭を撫でながら説得?すると、ニーナは目から手を離し、瞬きを数回。少し擦り過ぎたのだろう、目の周りが赤くなっている。

放っておけば、被れてしまうかもしれない。


アイス


ディエルは掌ほどの氷を作り出し、布に包んでからニーナに手渡す。


「ほら。これで抑えとくんだ。多分、少しは楽になるぞ」

「うん。ありがとー」


ディエルから氷を受け取ったニーナはすぐに目に当て、ソファーに座りなおす。


「ディエルさん。ニーナちゃんの目、どうかしたんですかね」

「わからないが……後で少しは見てみるよ。なにか病気とかだったら大変だし」

「そんなこともわかるんですか?」


レアは驚いたように目を丸くする。ディエルは苦笑を漏らし、レアに説明することにした。


「まぁ、俺の魔法……なのかな?状態とか、物の構造とか、そういうのが詳しくわかるんだ」

「?そんな魔法は聞いたことがないですけど……」

「俺もないから安心しろ。それに、多分魔法じゃないんだよ」

「……どういうことですか?」


レアは少し混乱したように質問をしてきた。そんな超常的なことが、魔法なしでできるはずがないと思ったのだろう。それはディエル自身わかりきっていることだ。だが、事実として魔法ではないと考えざるを得ないのが現状というだけ。


「実は、魔力を使わないんだ」

「魔力を使わない?」

「あぁ」


ディエルの言葉に、再び首を傾げるレア。ディエルは詳しく説明したいと思っているのだが、自分自身がここまでしかわかっていないのだ。



魔法というのモノの定義。

それは魔力の有無である。

魔力とは、魔素がエネルギーとして変換された力のことだ。


大気中の魔素、生物が保有している魔素、はたまた未知なる魔素。

それらが関連して起こす、謂わば超常的な力のことを魔法と呼ぶのだ。


逆を言えば、どれだけ超常的な力であろうと魔素が関連していなければ、それは魔法としては認められないのだ。

魔素……魔力が尽きれば魔法士は魔法を発動できない。だが、魔力を必要としないものなら、そんなことは起こらない。


「俺はこの力のことを、解析眼アナライズアイと呼んでいるよ」

「……」


ディエルから話を聞いたレアは、突然黙り込み、ディエルへと真っ直ぐに視線を向けている。ディエルから目を離さず、ジッと見つめる。


「それは……他人に知られれば狙われるような力なのでは?」

「まぁ。そうだろうな」


あまりに便利すぎる力だ。魔力を必要とせずに状態、構造を解析する力など使い道が広すぎる。

一体誰に狙われるかわかったものではないのだ。それをこうも簡単に教えてしまうと、レアとしても思うところがあるのだろう。


「でも、教えたのはレアが初めてだよ」

「どうして私に?」

「レアだって、結界魔法のことを教えてくれたじゃないか」


微笑みながら、レアへと顔を向けるディエル。その表情に、レアは不覚にもドキッとしたのだが、ディエルがそれに気づくことはない。


「結界魔法だって、狙われる可能性が十分ある大魔法だ。それを俺に教えてくれたし、等価交換?」

「交換って……秘密の共有ってことですか?」

「そうそう!そんな感じだ」


一緒に住んでいるのだし、レアの秘密の魔法も知ってしまった。ディエルはフェアではないと思い、自らの秘密の力を明かしたのだ。


「ディエルさん。私に教えてくれたのはいいですけど、絶対に他の人には教えないでくださいね。ニーナちゃんにも」

「え?ニーナにも?」

「子供というのはうっかり口を滑らせてしまうことだってあります。もしものために、教えないでください」

「え?……あ、ああ。そうだな」



ディエルはニーナにも教えようとしていた。が、口を滑らせるという可能性を失念していたのだ。

レアはため息を吐きディエルに再び注意を促す。


「私たちだけの秘密ですから。守ってくださいね?」

「了解」


ディエルは断固として決意を胸に刻み、レアは満足そうな笑みを漏らすのだった。





「さ、ニーナ。こっちに来てくれ」

「はーい」


ニーナをイスに座らせ、ディエルはその正面に立つ。

しばらく目を冷やしため、だいぶ楽になったようだ。いつもの元気を取り戻したらしい。


「ちょっと目を見せてくれな」

「うん!」


背中の羽がピコピコと揺れている。その姿にイヌ科の魔獣を連想したが、すぐに思考を切り替えた。


「もう痒くはないのか?」

「んっとね。まだちょっとだけかゆい」

「そうか。わかった。レア」

「はい」


レアがニーナの後方へと回り込み、後ろから顔を挟み込んだ。


「んん」

「ニーナちゃん。ディエルさんをジッと見ててね」

「ふぁい」

視線をディエルの眼に固定させ、そのままキープ。ディエルはニーナの目を覗き込み、力を発動。


解析眼アナライズアイ


解析。ディエルの目が淡く発光し、ニーナの状態をきめ細かく分析していく。原因、改善方法などが頭に浮かぶ ── はずなのだが


「どうしたんですか?」

「いや、解析はできたんだが……」


ディエルが渋い顔をしていたため、レアが心配して声をかけてきた。ディエルは少しばかり困惑した様子で返事を返す。


「なにか問題があったんですか?」

「そういうわけでも……あるのかな?まぁ、端的に説明すると原因はわかったんだ。でも、原因の原因がわからない」

「どういうことですか?」

「えっと、つまりだな……」


ディエルはニーナの目に起こっていることを簡単に説明した。


今、彼女の目には何故か魔力が宿っている。そして、その魔力が微妙に揺れ動いているため、目に痒みが発症したのだと。


「でも、なんで目に魔力が宿っているのかわからないんだ。目に魔力を流して発動する魔法もあるけど、ニーナはまだ魔法が使えなかったはずだろ?」

「魔力の暴走ですかね?」

「随分と優しい暴走と考えてもいいだろ」


一時的に彼女の体内魔力が暴走し、目に影響を及ぼしているだけと考える。それが、今現状で考えられる状態だろう。


「魔力の暴走だったら放っておけば元に戻るさ。心配することはない」


そう結論づけて、ニーナの診断は終了した。



これが、前兆ということには気がつかずに ── 。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る