実践
翌日の早朝。まだ日が昇りきっていないほどの時間帯に、ディエルは外に出ている。
周囲は鬱蒼と生い茂る木々。陽の光を常に遮っている影響か、肌寒く感じる気温だ。
ここは孤児院の近くにある山。外部から見た以上に暗いため、山ではなく森の中といった方が適当かもしれない。
「
光源を出現させ、辺りを明るく照らす。本来朝に使うような魔法ではないのだが、辺りは夜のような暗さのため発動させたのだ。
ディエルの魔法式改良により、一般的に広まっている
だが、ディエルはそんな名誉に興味はない。他人に教えるつもりもない上に
、かなり高度な技術のため、ディエル以外に使うことはできないのだ。効果は同じでも、全く違う魔法とは考えてもいい。
「どんなのがいるのか……」
ディエルがこんな早朝に山へとやって来た理由。それは、魔法の効果を確認するためだ。随分と前から魔法式の改良というものをやって来たので、かなりの数の魔法が改良できた。
だが、効果の確認などを長らく放棄していたのだ。否 ── 確認できなかったといった方が適当だろう。
魔法を使うほど強力な敵が人間界ではいなかったのである。魔法を改良したところで、確認できる魔法は日常的に使うほ生活魔法など。戦闘用の魔法などは確認できていなかった。
だが、ここは魔界。人間界にいなかったような強力な魔獣なども数多生息しているのだ。魔界は人間界よりも大気中に含まれる魔素が多い。そのため、強力な魔獣が生まれやすいのだ。
「この山はかなり魔素が濃いからな。強力な魔獣……それこそワームあたりでも出て来そうだ」
魔素が濃いと強い魔獣がいることが多い。世界の常識だ。そして、山などにいる魔獣のうち、最も危険とされているのがワームだ。
ワームは鉄の鎧で覆われた芋虫のような姿をしている。その口からは猛毒を吐き、巻きつかれたものは骨が粉々になるまで粉砕され、最後には丸呑みにされるという恐ろしい最期が待っている。
本来、単独で相手をするような相手ではない。が、ディエルは敢えて単独で挑むつもりだ。
理由は簡単、いい魔法の確認材料になるから。討伐難易度の高い魔獣を魔法の実験に利用すること自体おかしなことなのだが、ディエルはその有り余る魔法の才をそういったところに使うのだ。
「お、早速来たか」
山の中を進んでいると、横の茂みから1匹の魔獣が姿を現した。
「……
現れたのは蠍の姿をした魔獣。紫色の体色がなんとも不気味で、さらに尻尾の先端より飛び出る針からは、謎の液体が
「あれはダメだ。毒があるから食べられない」
ディエルは早々に価値がないことを決め、持ち帰ることを断念する。
今日のもう一つの目的。それは山の恵みを持ち帰ること。無論、魔獣も植物もだ。山には美味しい食材が眠る場所。例えばクラブボア(イノシシ型魔獣)などは肉も皮も美味く、しかも骨から出汁も取れる。
だが運悪く、出会ってしまったのは猛毒持ちの蠍。食べることのできないの魔獣は、魔法の実験体になってもらった後に土へとお帰り願うとしよう。
「
魔法陣を展開し、風の刃を形成。その刃を蠍へと射出し、その紫の身体を真っ二つに両断する。蠍の中身に存在していた内臓や心臓などの様々な臓器が辺りにぶちまけられ、その光景はなんともグロテスクなものになっていた。
亡骸からは君の悪い緑色の汁が漏れだしている。おそらく魔獣の血液なのだろうが、それにしても気持ちが悪いのだ。あまり見ていて愉快なものではないのは確かである。
「
蠍の亡骸に新たな魔法をかける。
蠍は身体を完全に分解され、土へと帰っていった。
「今のはあっけなかったな……次行こう」
思ったほどの強敵でなく、落胆した気持ちを抱えながら、次なる獲物を探しに向かうのだった。
◇
「……ん」
ディエルが蠍を倒し終わった頃、レアは孤児院の寝室で目を覚ました。
まだ陽が昇り切る前。レアにしては比較的早起きである。
「ふわぁ……」
可愛らしい欠伸をしながら、隣で未だ寝息を立てているニーナを横目で見る。しばらくは起きそうにない。
「ディエルさんは……もうおきてるかな……」
普段ならディエルがとっくに起きてうる時間帯。キッチンで朝食の準備をしている彼の姿を思い浮かべながらベッドから降り、浴室へと向かう。
ディエルとは違い、レアは朝と夜の2回入浴するのだ。
「さっさとお風呂はいって……ん?」
レアはとあるものを発見し、手に取った。
「書き置き?ディエルさんの?」
シャワー室に向かう途中に発見した書き置き。内容は言わずとも、山で狩りをしてくるということ。朝食は作って置いてあるので、温めて食べて欲しいということ。
「朝から何をしているんだか……」
少し呆れた声で呟く。昨晩に行なっていた魔法式の改良。その起動実験を行うことが目的だろう。レアはすぐにそう推測し、置き手紙を机の上へと戻した。
「私たちのためなんだろうけど……あんまり無理はしてほしくないなぁ」
ディエルは1人で突っ走り過ぎてしまうところがある。本人は自覚していないのかもしれないが、多少の無茶は平然と行う性格なのである。
「私も弱くはないんだけどなぁ……」
レアはそう言いながらも、口元を綻ばせながら浴室へと向かうのだった。
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