秘め事

「……おしまい」

「すぅ……」


ディエルはニーナに読み聞かせていたのだが、彼女が眠っていることに気がついた。絵本というのは子供が眠る前に読むこともあるので、眠ってしまうことも仕方ない。


「ちなみにですけど、ニーナちゃんは物語の中盤で眠っていましたよ?」

「気がつかなかったなぁ……」


最後の方はディエル1人で読んでいたのだ。ほぼ独り言だ。

ディエルは膝の上で眠っているニーナをソファーに移動させ、毛布をかけてあげた。


「この子はよく眠るな」

「子供は寝て成長するんですよ?」

「ごもっともなことで」

「それに、手がかからなくていいじゃないですか?」


ニーナは元気な女の子だが、寝ていることが多い女の子だ。その眠る姿がなんとも可愛いらしいことこの上ない。


「ディエルさん。絵本を探すのにどれくらいかかったんですか?」

「ん?ええっと……7時間もかかってないくらい?」


かなり時間はかかった。1冊の絵本を探すのがこんなに大変なのかと思うくらいには大変だった。


「そうですか……私も覚えていたらよかったんですが……」

「いや、結局見つかったんだからいいだろ。それに、図書館も初めてだったから、それなりに楽しかったぞ」

「それならよかったんですけど……」


初めて入る図書館というのは中々興味深いものがあり……ちょっと感動したのだ。ディエルはなんだかんだで図書館を堪能していたのだ。


「ディエルさんの初めて……一緒に居たかったです」

「言い方に語弊があるからやめてくれ」


レアの発言に待ったをかけた。

図書館ではそういう知識の本が沢山あったので、ディエルは赤面を耐えながらそういう知識を蓄えていったのだ。


ディエルは覚えるのが得意なので、沢山の覚えたのだ。表現の仕方などをそれなりに勉強した後なので、レアにも対抗できるかもしれない。


「レアは俺のお姫様イメージから結構かけ離れてるな」

「そうですか?ちなみにですけど、どういったイメージで?」

「そういう系のことを言わない」

「嫌ですね。ディエルさんだけですよ?」

「俺にもそういうこと言わないでくれ」


ディエルは免疫がないので、すぐにテンパったり赤面してしまうのだ。恥ずかしがり屋と言っても過言ではない。


「……それだけ気を許せるってことです。信頼してるんですよ」

「……あんまりそういうこと言わないでくれよ……」

「嫌です♡」


最高にいい笑顔でディエルに顔を向ける。女神が如きその顔に、ディエルは再び顔を赤らめる。


「可愛いですね♡」

「それはニーナのことか?」

「ディエルさんですよ〜」


ディエルに近づき、その白い頬をツンツンと突く。側から見ると、カップルがバカみたいにイチャついているようにしか見えない。


「どうします?一緒に寝ますか?」

「俺が寝れなくなるだろう」

「んー?どうして寝れなくなるんですか〜?」


更にからかってくるレアに、ディエルは気持ちを包み隠さずに告げることにした。ここで言い淀んでは、更に事態を悪化させることになると思ったのだ。


「レアみたいに綺麗な女の子と寝たら、緊張して眠れなくなるのは当たり前だろ」

「えっ」


これは予想してなかったのか、レアは言葉を放つことなくその場に固まる。そして、徐々に顔をディエルから逸らしていく。


「レア?」

「ディエルさん。あんまり不意打ちでそういうこと言わないでください」

「本心だから仕方ないだろ?」

「本心だから余計にタチが悪いんです」


ディエルは内心、レアの攻撃が止まったことに安堵を覚えていた。騒いでいては、眠っているニーナが起きてしまうかもしれない。


「さて、俺はもう寝るぞ?1人で」

「わかってますよ。私もニーナちゃんを運んで寝ます」

「頼んだ」


レアはニーナを起こさないように腕で抱え、そのまま2階にある寝室に向かった。

ディエルも自らの書斎に向かう。


「さ、やりますか」


少しばかりの楽しみを胸に、ディエルは書斎に向かったのだった。









誰にでも、秘密というものはあるものだ。自分の趣味、知られるとマズイ事柄。


「ふっふっふ。これをやらないことには1日は終われないなぁ」


そう。ディエルも秘密を持っている人間である。今宵もレアには寝ると偽りの情報を与え、1人その秘め事に励むのだ。


「……っ………ぁ」


一人きりの室内に、そんな声が響く。否 ── 響いているのではなく、微かに聞こえるくらいだろう。誰にも知られずにすることは、大きな声を出して行うものではないのだ。


「……もう少し…」

「何してるんですか?」


その場にいないはずの声が響いた。ディエルは驚きのあまり、その場に硬直してしまった。


「………レア?」

「はい。寝てるんじゃなかったんですか?」


真顔。

なんの表情もなく、ディエルのしていたことを見下ろしている。ディエルは顔を青くしながら、弁明をし始めた。


「い、いや。これは毎日の日課で……」

「これが日課ですか?一体何をしているんです?」


説明を求められ、ディエルは一瞬躊躇いを見せた。これを果たして説明するものか。見ればそれなりに予想はできると思うのだが……。


「あぁっと……えっ……と」

「言えないこと。なんてことはないですよね?」

「………」


ディエルは額に脂汗を浮かばせながら、レアの視線から逃れようとする。が、レアはディエルの元に接近し、その頬を両手で挟み固定してしまった。もう言い逃れはできない。


「さ、言ってください」

「………ま、魔法式を改良してました」


正直に吐いた。ディエルが夜な夜な行っいる秘め事。魔法式の改良、、、、、、だ。


「魔法式を……書き換えてるんですか?」

「まぁ、よく使う魔法だけだけどな」


魔法式の改良というのは誰にでもできるものではない。それこそ、その魔法を発明した者にしかできないくらいに。

だが、ディエルの魔法は一般的な魔法とは違う。


「俺は魔法式を一から作ってるんだよ」

「魔法式を?」

「そ。流通してる魔法式は使いにくいんだ。それに、無駄な魔力消費も多い。俺が作った魔法式は、オリジナルだからな。効率よくするために改良してるんだ」


今までに作った魔法式を、より使いやすくするために改良していたのだ。ディエルは魔法に優れた才能を有しているため、このような芸当ができるのである。


「……」

「どうした?」

「いえ。魔法式の変更で、どうしてあんな声が出るのかと」

「声……あ、あぁ。集中力がいる作業だからな。ちょっと失敗するとあんな声が無意識に……」

「ディエルさんから出るとは思えないような声でしたよ」

「忘れてくれや……」


ディエルは失敗するたびにあんな声を出してしまっていたのである。自覚はあったのだが、矯正するまでには至らなかった。


「ま、いいですけど。それにしても、なんで魔法式の改良を?」


レアの1番の疑問はそこだった。普通に暮らしていれば、改良など必要ないはずなのだ。魔力を消費したとしても、自然回復でどうにかなる。


「俺の考えだけどさ。孤児院っていうのは、孤児を預かるところって言うのと同時に、孤児を守る場所ってわけだろ?」

「そうですね。その考えで間違いはないです」

「だからさ、いつ何が来てもいいように、院長である俺が万全の状態で2人を守れるようにしておくべきだと思うんだ」


ディエルが魔法式を毎日改良していた理由。それは単純に2人を危険なことから守るためだ。常に最善の状態にしておくことが大切だと、ディエルは考えている。


「具体的にはわからないけど、危険な魔獣とか、災害とか。柔軟に対応できるようにしておきたいんだ」


レアは神妙な顔で話を聞いていたが、やがてため息をつきながら口を開く。


「私たちのためにそこまでしてくれるのは嬉しいですけど、自分の健康状態のことも考えてください」

「りょ、了解……」


確かにディエルは周りのことを考え、自分のことを考えない傾向がある。レアはそのことを少し心配してくれているのだろう。

レアはディエルの返事を聞くとクスっと笑い、彼の手を取り告げた。


「でも、ありがとうございます。あなたが優しい人に生まれてくれてよかったです。本当に」

「……ッ」


間近でそのようなことを言われ、ディエルは身体が緊張するのを感じた。至近距離で囁くように感謝を言われ、気恥ずかしくなったのである。


「ふふ。じゃあ、おやすみなさい」

「お、おやすみ……」


レアは涼しい顔で書斎を出ていく。ディエルはその姿を惚けた顔で見送ることしかできなかった。


その時、ディエルには心臓の鼓動がやけに大きく聞こえたのだった ── 。


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