帰宅
「お待たせしました〜」
自己嫌悪に浸っていると、店員さんが注文したお菓子を運んできた。
「ごゆっくりどうぞ〜」
頼んだのはフルーツケーキ、チーズケーキ、フルーツタルト。
「ニーナ?お菓子がきたぞ?」
「んぅ……」
「起きそうにないですね。あれでしたら持って帰ることも出来るので」
「そうだな」
寝ている子供を無理やり起こすこともないだろう。
「私はフルーツケーキですね」
「俺がチーズケーキだな」
ニーナはフルーツタルトになるわけだ。正直飲み物でお腹はそれなりに膨れているのだが……。折角喫茶店に来たのだから、こういったデザートを食べないと気が済まないところがあったのだ。
「ん。うまい」
「こっちも美味しいですよ」
丁度いい甘さが口内に広がり、紅茶ともよく合う美味しさ。
「ディエルさん。一口もらえないですか?私のも一口あげますから」
「ん?いいぞ」
少し食べたところで、レアからそんな提案を出された。特に問題もないので、レアに皿を差し出す。
「ありがとうございます♪あ、美味しいですね♪」
「上機嫌だな」
妙に嬉しそうにチーズケーキを頬張る。咀嚼し、飲み込んだ後、ディエルに自らのフルーツケーキを差し出し……。
「はい。あーん」
「え?」
「あーん」
「いや、自分で食べれ」
「あーん」
「………」
フォークに刺したケーキを笑顔でディエルに差し出す。流石に食べさせてもらうのは恥ずかしかったので、ディエルは自分で食べようと思った。
だがしかし、レアは笑顔の圧力をディエルに発動し、断るという選択肢を潰して来た。
「……あーん」
ディエルは断ることを諦め、口を開けてケーキを食べる。無論、味は美味しい。
「ふふ。関節キスですね」
確かにそうである。レアが口にしたフォークでケーキを食べたのだから、これは間接キスになる。だが ──
「あぁ、今のが間接キスって奴なのか」
「え?」
レアはこれでディエルが赤面し、恥ずかしがってくれると思っていた。だが、予想外だった。ディエルは殆ど人と接して来なかったため、今のを恥ずかしいと思っていなかったのである。
「今のってなにか恥ずかしいのか?」
「……わかりました。教えましょう」
少し悔しいレアは、一般的な常識を教えることにした。
ディエルが赤面し、恥ずかしがる姿を頭の中で思い描いて……。
◇
「………」
「………(ニヤニヤ」
数分後。
赤面し、顔をテーブルに伏せているディエルと、その様子を嬉しそうな顔で眺めているレアという図が出来上がっていた。
「わかりました?」
「言われてみれば……そうでございます。気がつかなかった……」
「ふふ。その反応を待ってたんですよ♪」
「くそ……」
ディエルは自分の無知さに歯噛みした。
「まぁ、ディエルさんがこういうことに疎いことは仕方ないことですがね」
「……ちなみに、レアはどこでこういう知識を身につけたんだ?」
「ふぇ?」
レアは素っ頓狂な声を出し、目をパチクリさせる。ディエルはただ単純に好奇心から……というか、知識はどこで身につけるのかが気になっただけなのだが。
「え、ええっと……それ……はですね」
「?どうかしたのか?」
「い、いえ……なんといいますか。非常に答えづらい質問だなぁと……」
顔を少し赤らめながら言い淀む。
ディエルは仕返しのチャンスと捉え、反撃の狼煙を掲げる。
「なんだ?言えないことなの?」
「そ、そういうことでは……」
「じゃ、教えてくれよ。これも勉強の1つなんだ。普通はどんな風に知識を得るのかのね……」
「……楽しんでませんか?」
「まさかぁ?そんなわけないだろ?」
「ぐっ……」
猛攻を続けると、レアは観念したというように両手を掲げる。ディエルは心の中で「勝った!」と喜びの雄叫びをあげた。
「私の場合は、城に図書館があったので、そこで知りました。まぁ、侍女が持って来た教育本に書いてある程度でしたが」
「あ、そういうことね」
ディエルはちょっとがっくりした。てっきりもっと違う知り方……自分から本を漁ってなどだと思ったのだが……。
「ディエルさんはどんなところで?」
「キスとかの?ゴミ捨場とかにたまーに本が落ちててな。なにかしらに使えるかもしれなかったから読んでたんだ。そこからかな」
「知識を得るのも一苦労ですね……」
同情したような目を向けられ、なんとも言えないような笑みで返すディエル。過ぎたことをいつまで行っていても仕方ないので、別段気にしているわけではない。
「ふぁ〜〜あ」
と、そこでニーナがお目覚めになられたようだ。
「起きたか。タルトは届いてるぞ」
「ん〜〜まだねむい……」
「タルトは持って帰った方がいいですね」
「そうだな」
ディエルは店員さんを呼び、持ち帰るようの袋を用意してもらうことに。
少ししてから店員さんが袋を持って来てくれたので、タルトを詰め、亜空間収納に入れる。
「ニーナはおんぶしていくから、寝てていいぞ」
「んぅ……」
既に舟を漕いでいるニーナ。その姿は天使が眠りについているようで、異様な程に保護欲を掻き立てられるものがある。
「ディエルさん。あんまり妙な目でニーナちゃんを見ないでくださいよ」
「見てないからな。俺を異常性癖者にしないでくれ」
「ふふ。冗談です」
一瞬冗談に聞こえなかったが、今日は楽しむことができた。既に陽は傾いている。このまま家に帰って少ししたら夕飯の時間だ。
「夕飯少し減らすか?」
「そうですね。あんまり沢山は食べれそうにないですね」
「了解」
ディエルはレアの横顔を見ながら、今日1日を振り返っていた。
初めてこんなに充実した1日を過ごすことができた。迫害がないだけで、こんなにも世界が違って見える。
そのことを実感しながら、ディエルは転移陣に向かって歩いて行く。
照らす西日が、世界を茜色に塗りつぶしていた ── 。
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