外出準備

翌日の早朝、ディエルは起床した。隣にいるニーナとレアはまだ眠っているようだ。


(また、あの夢か……)


ディエルはため息をつきながらベッドからモソモソと起き上がる。ここ数日、似たような夢を見続けているのだ。それも、あまり観たくない方面の夢を。


「なんであんな夢を見るようになったんだか」


原因はわからない。こう何日も続くと、流石に気味が悪くなってくるというものだ。

── と、


「う、う〜ん…」


レアが目を覚ましたようだ。朝は弱いのか、目がシバシバしている。だが、その姿もなんと絵になることか。


「おはようレア」

「おはよ……ございます」

「まだ早いから寝てていいぞ?」

「い、え……おきます」

「本当に大丈夫か?」


今すぐにでも眠ってしまいそうな感じである。


「うーん……」


そんなやりとりをしていると、眠っていたニーナまで起きてしまった。そんなに大きな音や声ではなかったはずだが……。


「もーーあさ?」

「朝だけど、寝てていいからな。俺は朝ごはん作ってくるよ」

「んーわかったー」


そして瞬時に夢の中へと戻って行った。すぐに眠れる特異体質なのかもしれない。ディエルは若干羨ましく思いながら、眠ったニーナの頭を優しく撫でる。


「こうしていると……なんだか夫婦みたいですね」

「ぶッ!」


レアの発言に驚きを隠しきれず、咳き込んでしまう。レアはそんなディエル様子を不思議に思いながら、彼の顔を覗き込む。


「どうかしたんですか?」

「い、いやッ、なんというか……夫婦っていうのはちょっと……」

「あ、恥ずかしかったですか?」

「あ、……あぁ」


気恥ずかしさからレアの顔を見ることができず、そっぽを向きながら答える。レアはディエルの背後でクスクスと笑いながら、ベッドから降りる。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃないですか?私は別に嫌じゃないですよ?」

「そ、そういうことを平然と……まぁ、いい。俺は朝飯を作ってくる」

「お願いしますね」


ディエルは赤くなっているであろう顔を隠しながら、寝室から退出した。





朝食後。

持参した紅茶を啜りながら、ディエルは今日の予定を2人に話した。


「今日は掃除をしようかと思ったんだが……ここは新築だったから掃除をするほど汚れてなかった」

「そうですね。汚れていたらお父様に文句を言いに行くところでした」

「そこは多めにみてやれよ……」


レアの魔王への辛辣な態度は置いておき、今日の予定をどうするかを考える。なにせやることない。


「てっきり書類とかそんなものがあるのかと思ったが……ないんだよな」

「書類などはお父様が処理してしまいましたし、ここでの仕事は子供の世話がメインです。ニーナしかいませんが……」

「そうなんだよなぁ」


ここは孤児院のなのだが、院児がニーナ一人なのだ。それでは彼女も退屈かもしれないので、他にも子供がいた方がいい。そう簡単に孤児が見つかるとも限らないが……。


「おにーちゃん」

「ん?どうした?」

「お出かけしないの?」


ニーナが考えていなかった提案をする。余談だが、ニーナはディエルのことを『おにーちゃん』、レアのことを『おねーちゃん』と呼んでいる。なんだか妹ができた気分なので、これはこれで悪くない。


「お出かけって、どこに行くんだ?」

「おみせがいっぱいあるところ!」

「?どこだ?」

「街ですよ。ディエルさん」


頭上にハテナをいくつも作っていると、レアが横から口を挟み教えてくれた。


「商店街とか、喫茶店とか。そういったものが街にはたくさんありますから。以前、ニーナを連れていったことがあるんです」

「な、なるほどな。いや、すまない。俺、そういうところ殆どいったことがないから」

「わかっていますよ」


必要最低限。素材を売り払いにいくときくらいしか街には入らなかったのと、周囲を極力見ないようにしてきたのだ。街に何があるのかなど、ディエルには知る由もなかった。


「んで、街に行きたいって?」

「うん!」

「いいんじゃないですか?どうせやることもありません。強いて言うならご飯を作ることくらいです。それも外で食べればいいのでは?」

「いやそうなんだが……俺は入っても大丈夫なのか?」


1番懸念しているのはそこだ。ディエルは街に入ったとしても、邪険に扱われたりしないかを心配している。が、レアは少し不安げにしているディエルを安心させるように笑顔で見つめてきた。


「大丈夫です。ここは人間界とは違いますから。誰もディエルさんのことを邪険に扱ったりしません」

「そ、そうか?」

「はい。寧ろ、少し周囲には警戒しないと大変なことになるかも……」

「は?え、それってどういう」

「とにかく、私もいますから大丈夫ですよ」

「わたしもー!」


2人はいく気満々である。ここで行かないなどと言えば、ニーナは不満げになり、レアからは魔王と同じような仕打ちを受けることになりそうである。


「わかった。じゃ、行こうか。食材の買い足しとかもしたいし」

「荷物はかさばりますからあんまり沢山は買わないでくださいね?」

「それなら心配ないぞ。魔法で運ぶ」

「え?」


ディエルは指を鳴らし、横に魔法陣を展開。そこから1つの酒瓶をとりだした。


「亜空間収納。物を収納する魔法だ」

「は〜〜。便利な魔法を持っていますね」

「すごーい!」

「ははは。魔法は得意だからな」


ちょっとした優越感に浸りながら、ディエルは酒瓶を収納し、魔法陣を消した。お披露目はここまでにし、街に行くためにすこし着替えることに。


「準備ができたら転移陣のところまで来てくれ」


そう言い残し、ディエルは自らの書斎、レアとニーナは寝室の方へと移動した。



「遅いな」


男性であるディエルは着替えにそれほど時間はかからない。部屋に用意されていた衣服を適当に見繕い、装備しただけなのだから。

だが、女性はそうは行かないらしい。外に行くだけでもお洒落をし、自らをより美しく見せる事を怠らない。謂わば、お出かけは戦いである。


「まだかな……」


しかし、今まで1人で暮らし、過ごして来たディエルはそんなことを知らない。遅いなぁくらいにしか思っていないが、女性の大変さなど、学ぶ機会がなかったのだから当然である。


「お、やっと来たか」


ディエルが待ちくたびれたと思っていたとき、転移陣に向かって歩いてくる2人のシルエットを見つけた。

だが ───


「お待たせしましたディエルさん」

「おでかけー♪」


2人の姿に、ディエルは言葉を失っていた。否 ── 声を発することを忘れていたと言った方が適当だろう。


2人の……特にレアの姿が凄すぎたのだ。ニーナは白基調のワンピースを着ており、年齢相応の可愛らしさがあった。背中から出ている白い羽も、天使を思わせるような可愛さを引き立てている。


そしてレア。

ニーナとは反対の黒を基調としたコーデ。幾重にも折り重ねられたスカートに、袖口の少し開いた特徴的なブラウス。さり気なく、それでいて美しい刺繍が施されており、髪には蝶の髪飾り。

世の男の視線を一気に惹きつけるような美貌を持った人形。そう表現してもいいような姿だった。


「ど、どうですか?」

「 ── はっ!あ、あぁ。すごく似合ってる。綺麗すぎて声が出なかったくらいだ」

「ふふ。良かったです」


顔を少し赤くしながら笑顔でディエルを優しげな瞳で見つめ返す。その仕草にドキッとしたのはいうまでもない。


「ねぇわたしはー?」

「ああ、ニーナも可愛いよ。すごく似合ってる」

「えへへー」


ニーナも嬉しそうに笑顔を作り、ディエルの腰にしがみついてきた。


「じゃ、行きましょうか」

「そうだな」


ディエルとレア、そしてニーナは、転移陣の中へと入り、行き先を告げると陣が淡く発光。そのまま搔き消えるように転移していった。


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