移動
「お、来たか」
「まってたよー?」
レアと共に転移陣の元までやってくると、すでに魔王とニーナはディエルたちを待っていた。どうやら存外遅くなってしまったようだ。
「すみません。遅れてしまって」
「はっはっは。大丈夫だよ。俺よりもニーナちゃんに言ったほうがいいんじゃないか?」
「おそーい!」
ニーナは若干ご立腹のようだ。子供は待つことが嫌いなのだろう。ディエルはニーナの目線の高さまでしゃがみ、彼女の頭を撫でながら謝る。
「ごめんな。遅くなって」
「はやくいきたいの!」
「はいはい。もう行くからな」
適当にあやし、転移陣の中へと足を進める。そして陣の中心に3人が入り込んだと同時に、陣が淡く発光し始めた。
「じゃ、頑張ってくれよ!何かあったら転移陣で俺のところまで来い」
「はい。わかりました」
「お父様?お酒はほどほどでお願いしますね?」
「わ、わかりました」
娘から釘を刺され、顔を青くする。よっぽどレアが怖いのだろう。娘に頭が上がらない魔王とは……存外いるものだと思う。
「じゃ、また会えるのを楽しみにしてるぞ」
そんな魔王の言葉を聞いた後、ディエルたちは転移陣より姿を消した。
◇
「ふぅ……」
転移陣から3人が消え、1人になった後、魔王は疲れたようにため息を吐いた。
「あんなに怖いレアは初めてだな。よっぽどあのディエルのことが好きなのか……はたまた何か別の理由があるのか……」
あれだけ露骨に感情を表に出す子ではなかったはずなのだ。魔王は今日1日で、レアの変わった一面を見ることができ、若干機嫌がいい。
まぁ、それと同等に恐怖心もあるのだが。
「なにもなければいいんだがな……レアは一体なにを考えてディエルをこっちに呼んだのか」
魔王は理由を教えられていない。唐突に、レアから彼を孤児院で働かせるように言われたのだ。理由はわからないが、孤児を引き取ったので院長にはなる人がほしいとのこと。
「ま、自立してくれるならありがたい。娘の成長でもある」
能天気な魔王は、そんな風に楽観的に考えをまとめ、転移陣から離れて行った。
◇
所謂秘境といった場所だった。新築の孤児院が、そこに入ってはいけない異物であるかのように思える絶景。山と海に挟まれたこの場所には、誰も住んでいない様子。
「またすごいところに建てたものだな」
「そうですね。ですが、ここが1番理想的な場所だったんです」
「うみだー!」
「確かに絶景だしな」
レアは海を眺めながら、口元を綻ばせて答える。ニーナは海を見てはしゃいでいるようだ。
「どうする?孤児院に行くか?それとも海で少し遊んで行くか?」
ニーナのはしゃぎっぷりを見て、ディエルは2つの選択肢を提案した。レアも海を意味深な目で眺めているため、もしかしたら遊びたいのかもしれないと思ったのだ。
「そうですね。じゃ、遊びますか?」
「了解ですお姫様」
「もう。やめてくださいよ」
「はは。ごめんごめん。だけど、お姫様なにのは事実だろ?だったらいいじゃないか」
「今は同僚です。姫だと思わなくていいですからね」
「了解」
どうやら同僚として接することをご所望のようだ。ディエルはそれをなんの問題もなく受け入れる。元々そんな高い身分の人との接点がなかったのだから、気安いほうがありがたいのだ。
「あそぼーよー!」
ニーナがディエルたちを呼んでいる。すでに靴を脱ぎ、その綺麗な足を海につけている。
「じゃ、いこうか」
「ええ。行きましょうか」
ディエルとレアは砂浜まで降りていき、その後陽が沈む前まで夢中で遊んだ。
「遊びすぎたな」
「そ、そうですね。仕事もせずに……」
夕食を摂り終えた後、ディエルたちは自分たちの行動を反省していた。海から戻った後、ディエルたちは孤児院へと入った。中はリビング、寝室が4つ、院長室と見られる書斎が1つあった。さらには事務室と思われる部屋まであり、如何にも仕事場ですと行った感じを醸し出していた。
孤児院経営は魔王から任された仕事なのだが、初日はただ海で遊んで終わり。これでは仕事ではなく遊んだだけ。確かにニーナの面倒を見ていたこともあるので、一概に遊びとは言えないが……。働いた気がしないのである。
「明日は仕事を……って言っても、仕事ってなにをするんだ?」
「いや、色々あります。食品を買いに行ったり、掃除したり……後は……」
「要するに普通に生活すればいいと」
本当にこれで労働になるのだろうか?だが、給料もちゃんと出るとのことなので、文句もなにもない。なんだか普通に働いている人に対して申し訳なくなってきた。
「にーな、ねむい……」
と、レアと今後を話していると、隣で座っていたニーナが目を擦りながら眠気を訴えてきた。既に陽も沈み、子供は寝る時間なのだろう。
「わかったわ。じゃ、寝ましょうね」
「ふぁーい」
レアがニーナの手を握り、一緒に寝室の方へ向かって行った。一緒に寝たほうがいいのだろうかと一瞬考えたが、流石にそれはないだろうと頭の中で否定する。
「じゃあ、明日は掃除か……」
ひとまず明日の予定を大雑把に決め、ディエルも迫り来る眠気に身を任せ寝室に向かおうとする。が、そこでレアが顔を出し、呼びかけてきた。
「じゃ、ディエルさんも寝ましょうね」
「……はい?」
先ほど否定したことが、現実になったのだった。
◇
「もう、使わないの?」
「あぁ。こんな力は使ってはいけない」
少女が少年に尋ねると、悲しい目をしながら少年が返事を返した。
「でも、勿体無いよ?せっかくの力なのに」
「こんなのいらないよ。使いたくない」
少女の訴えも虚しく、少年の気持ちが変わることはなかった。それほどまで、少年は自らの力を毛嫌いし、恐れていた。
「いいか?こんな力はあってはいけないんだ」
「どうして?」
「ダメなんだ。こんな、沢山食べるものではないんだよ」
少女は不思議でならなかった。先ほどまで、我を忘れたように力を使い、自らの敵を滅ぼしたというのに。
「もう、いらないの?」
「あぁ。いらない。もう帰ろう?」
少年は少女の手を引き、自らの家へと帰る道を歩き始めた。
だが、途中で足を止め、一瞬だけ背後を振り返る。
そこには、夥しい数の人間の死体が散乱していた ─── 。
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