謁見と就任
─── 王の風格
それは、国を治め、人を治め、土地を治めるものに求められるもの。これはいつの時代も王に求められ続けているものである。
「お。早かったな」
目の前の男からは、その風格というものがにじみ出ているようだ。口調は軽いものの、威厳を感じさせる顔立ち、立ち振る舞い。全てが別格。
「お父様。一体どのような要件ですか?」
「そう尖るな。すぐに済む話だ」
その男 ── 魔王は苛立つレアを宥めながらディエルの方へと向き直った。その視線を真っ向から受け、ディエルは一瞬で狼狽した。
「さて、初めましてだな少年。レアから聞いているとは思うが、俺は魔界を治める王……所謂魔王ってやつだ。よろしく」
「は、はい……初めまして……」
「はは。そんなに畏まらなくてもいいぞ?もっとリラックスしろ」
「は、はぁ……」
間の抜けた返事をしてしまう。先ほどまでその風格に気圧されていたため緊張していたのだが、それもほぐれてしまった。
「お父様。早く本題に入られた方がよろしいのでは?」
「な、なんだ?今日のレアはやけにトゲトゲしてるな……」
「は・や・く」
「わ、わかったよ……」
レアの笑顔(重圧)に負けた魔王はディエルの方へと向けた。少しだけ、その顔が引きつっていたように見えたのだが、きっと気のせいだろう。
「ディエル。お前に1つ頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
魔王からの直々の依頼という認識で間違いはない。少しだけ緊張感を取り戻したディエルは、姿勢を正しながら向きなおる。
「実は、レアが最近孤児を拾ってきたんだよ」
「あぁ、ニーナのことですか?」
「なんだ、もう会ってったのか?だったら話は早い。俺の出資で孤児院を作ったんだが、お前にそこの院長になって欲しいんだ」
「孤児院?」
魔王から聞かされた話の内容に、ディエルは困惑を隠せなかった。疑問点が多すぎるのだ。
「孤児院って……ニーナ一人ですか?」
「まずはな。これから段々増えると思ってくれ」
「具体的に何人くらいとかっていうのは……」
「それはわからないな」
「どうして俺を院長に?」
「レアから聞いた話で、お前が適任だと思ったからだ」
質問に対して、数秒の間も空けずに返答を返してくる。あらかじめディエルが何を質問してくるかを予想していたようだ。
「天涯孤独の生活だったんだってな」
「え、はい……」
「お前の境遇は本当に同情するよ。だが、同じ経験を持つ者が院長には相応しいと思ってる。孤独な子供の気持ちはわかるだろ?」
「………」
確かに魔王の言うことは理にかなっている。普通の家庭に生まれ育った者では、孤児の気持ちなどがわからないだろう。
だが、迷いもあるのだ。いくら境遇が同じような子供たちを引き取るからといって、ディエルに院長が務まるのか。普通の職員ではダメなのだろうか。
「引き受けてくれるか?」
「 ── い、いや……俺は……」
「ディエルさん」
答えに窮しているディエルに、レアが声をかけた。
「な、なんだ?」
「不安だらけなのはわかります。でも、考えてください。孤児の子達は、1人で生きていける力をほとんど持っていません」
「い、いや、でも俺は……」
「ディエルさんが特別なだけです。一般的な子達はそんな知恵も力も、それこそ魔法もありません」
レアは優しい人だ。自分の知らない、未知の子供の安全、生活、将来を心配している。よくできたお姫様だ。ディエルは本気でそう思った。
だが ──
「俺に子供の世話なんて……」
容姿の所為で、ディエルは悲惨な目にあってきたのだ。それこそ、命に関わるようなことまで。一人で生きるのに精一杯だったディエルには、子供を世話するスキルなど皆無だ。
「大丈夫です。そのために私もいます」
「……は?」
「あ、言ってなかったか?その孤児院にはレアも一緒に行くことになってるからな」
「いま聞いたんですけど……」
魔王とレアから言われた突然の追加要項に、若干の安堵感と、「先に言えよ!」というツッコミが生まれる。が、その追加要項は非常にありがたいものだ。
「レアがいるなら……安心かな」
「はい!子供のことなら任せてください!」
1人でないなら安心感も増し、気が楽になる。
数分後、 ディエルは魔王からの依頼を受諾する考えを示した。
「わかりました……。その依頼……というか件は承りました」
「ディエルさん!!」
「はぁ〜よかった。お前が断ったら俺がどうなっていたことか……」
レアは喜び、魔王は安堵の感情を示した。魔王は一体何に怯えていたのだろうか?いや、言わなくてもなんとなくわかるであろう。レアの魔王に対する視線を見れば簡単に理解できる。
「そ、それで、一体いつから孤児院に行けば?」
「ん?あぁ、いけるならすぐにでも向かってもらいたいんだが?」
「あ、了解です」
「即答!?」
段々王の風格とかがなくなってきた気がするのは気のせいだろうか?最初に見たときはとてもすごいと人物というイメージがあったのだが……。
「俺は今住むところがありません。そちらに住み込みで働くなら、すぐにでもそちらに移動したい。持ち物も特にないです」
荷物の大部分は魔法で収納してある。なので、ディエルに引っ越し作業というものは不要だ。まぁ、家具などは前の家においてきてしまったのだが、必要もないだろう。盗賊などに有効活用していただくことにする。
「ではお父様。私も準備をしますので、転移陣を起動させておいてくださいね」
「あ、ああ。わかったよ……」
「転移で移動するんですか?」
「その孤児院はここから結構離れているからな。その前に、お前さんはニーナちゃんを回収してこい」
「あぁ、そうですね。メイドさんに任せたきりなんで、どこにいるか……」
ここに来る前、ベンチで舟を漕いでいたニーナはディエル達がさて行くことに気づかず、寝過ごしていた。通りすがりのメイドさんに頼んだのだが、どこにいるのかわからないのだ。
「あーじゃいいや。レアのところに行ってきな。その間に俺が転移陣まで連れてきてやる」
「わかりました」
ディエルは魔王に言われた通り、最初にいたレアの自室に向かうことに。魔王がニーナを連れてくると行っていたが、現状孤児院の子供はニーナのみ。他に増える確証もないのだが、そんなものを作って大丈夫なのだろうか?
── これは勝手な想像なのだが、魔王がレアに脅迫され、孤児院を作るハメになったという光景が眼に浮かぶ。きっと想像だけだろう。そうだとも。
ディエルはレアの部屋に向かいながら、自らの予想を否定するかのごとくつぶやき続けていた。
◇
そしてレアの部屋の前。マナーとして、ノックをして相手の反応を待つ。
「はい」
「レア。俺だ」
「ディエルさんですか?入ってきてください」
すぐに返事が返ってきたので、ディエルはゆっくりと扉を開け室内に入る。
「大体荷造りは終わってますよ?」
「そうなのか?随分と早いな」
「以前から荷造りはしていたので」
「あぁなるほど」
考えれば当然のこと。いきなり今日孤児院を作るなどと行った話ではないはずだ。手伝うことはないとのことなので、ディエルはもう1つの要件を済ませることにした。
「なぁレア」
「なんですか?」
「どうして俺を魔界に呼ぼうと思ったんだ?」
レアに聞きそびれていたこと。それは、ディエルを魔界に呼んだ理由。ずっと前から見ていたと言ったが、その動機は一体なんなのか。それがわからなかった。
「簡単です。あなたの生活に耐えられなかった」
「俺の……生活?」
「毎日毎日、死ぬ思いをして働いて、でも全く報われない。それどころか、周囲の人から心無い言葉をかけられ、暴力を振るわれ。私は見ていられなかったんです。だから、来る日も来る日もあなたをこちらへ転移させようとしたんです。全て弾かれてしまいましたが」
「レア……」
やはり彼女は優しい女性だ。自分ではなく、他人を第一に考えることのできる強い心。普通、ディエルの境遇に同情したからと言って、自分のいる安全な場所に来させようなんて思わない。精々、可哀想だなで終わりだ。
だが、彼女はどれだけ魔法を弾かれても諦めず、ディエルを救い出してくれた。この恩は、一生をかけて返さねばならないだろう。
「ありがとう」
「いえ、お礼は入りませんよ。私は私の目的が1つ達成できたので満足です」
「はは。それはよかった」
ディエルを助けることが目標とは……つくづくお人好しだな。
ディエルはレアのまとめた荷物を片手に持ち、魔王の待つであろう転移陣の元に向かって歩き出した。
無論、レアを伴って。
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