出会い

── 光が止む。


ディエルを包んでいた暖かな光は、突然消えた。

───と、ディエルはその間に起こったことを目の当たりにし驚愕の表情を作った。


「傷が……完治してる?」


先ほどまで自らの身体を貫き、命の液体を撒き散らしていた矢が跡形もなく消えている。それどころか、傷跡すらも残っていなかった。


「なにが起こって ── 」


続きの言葉は出てこなかった。なぜなら、ディエルの注意を全て惹きつけるようなものがそこにあったから。



「ああ、やっと会えました」


感極まったように呟く、美しい少女。この世のものとは思えない圧倒的な美。銀の髪をなびかせ、蒼い双眸でディエルを見抜く。


「 ── 君は、一体……」


呆然と、視線を外すことができないまま声に出す。少女と視線が交差し、否応なく上がる心拍数。だが、視線は外すことはできない。


「私は、レア」

「レア……」


頭に残る、綺麗な名前。その美しい容姿に、とてもよく似合っている。


ディエルも、自らの名を名乗ろうとした。だが、そこで視界が霞み、身体から力が抜けていく。


「ずっと、ずっと見ていました。まずは、お休みください。血を流し過ぎましたね」


生まれて初めて耳にする、労いの声。とても、心が温まる言葉だと思った。


─── ああ、なんて心地よい。


意識を失う直前、頭をなでられる感覚を感じたのだった。






─── もうすぐだね


誰かの声が聞こえる。

どこかで聞いたような、そんな声。


─── また、一緒に暮らせるよ


ああ、懐かしさの残る声。


─── でも、まだ足りないんだ。


何が。返事はない。

だが、1つだけわかる。


─── 大丈夫。次は絶対に、失敗しない。


これは、忘れてはいけない夢だ。




「 ─── 」


真っ白で知らない部屋。そこでディエルは目を覚ました。どうやらあの後気絶し、誰かにここに運び込まれたようだ。


「さっきのは……」


久しぶりに夢を見た気がした。とても大事な内容だった気がするのだが、思い出すことができない。


「 ── ん?」


ふと、自分の身体が重たいことに気がついた。布団がかけられているのだが、そのような重さではない。更に言うと何かにしがみつかれているような感覚もある。


「……だれ?」


恐る恐る布団をめくると、そこにいたのは小さな女の子だった。


「あ、おきた〜?」


その女の子はディエルが起きたことを知ると、モソモソと布団から這い降り、ディエルの横に立った。


白い長髪、金色の目。そして、その背中には天使を思わせる白い翼が生えていた。



「……有翼人か」

「うん!」


元気よく挨拶をする。見た目相応の年齢のようだ。が、どうしてこんなところにいるのか。

しばらく長考していると、部屋の扉が開き、レアが入ってきた。


「あ、起きました?」


耳にかかった銀髪を後ろへとかけながら、こちらへと向かってくる。その仕草の一つ一つが絵になっている。



「あ、あぁ。レアがここに運んでくれたのか?」

「はい。あの後、意識を失われたので、私がここまで運びました」


レアの説明を聞き、ディエルはなるほどと頷く。が、それと同時に1つの疑問が浮かび上がった。


「どうやって運んだんだ?」

「?私が抱きかかえて運びましたよ?」


なにを言っているのだろうかというニュアンスを含みながら答えられた。ディエルは確かに細身だが、少女一人が運ぶには少々厳しいと思うのだ。


「あ、もちろん筋力強化の魔法は使いましたよ」

「あぁ、なるほど」


そこまでの説明をもらい、ディエルは納得した。どう考えてもレアにはそんな筋肉などない。


「まぁ、それは置いておこうか。その子は?」


ディエルは視線を先ほどの幼女に向けながら話を進める。


「この子はニーナ。孤児ですよ」

「孤児?」


孤児がどうしてここにいるのか。ディエルは再び頭を回転させ、導き出した推測を話す。


「レアは……孤児を引き取っているのか?」

「ええ。まだニーナしか引き取っていませんが」


孤児院の職員。だが、そこでディエルには当然とも言える疑問が浮かぶ。


(こんなに綺麗なのに……孤児院の職員なのか?)


どう考えても不釣り合いな職業。もっと美しさを引き立てる、もしくは生かすことにできる仕事があるだろう。


「いや、それよりここはどこだ?」


先ほどからレアと話しているが、ディエルは自らの現在地を把握していなかった。無論、見覚えのある場所ではない。


「ここは私の自室です。他に運ぶあてもなかったものですから」

「あぁ、なるほど」

「それと、一応ここは城内ですので、あまり大きな声は出さないでくださいね?」

「え?」


レアの放った一言に、ディエルはキョトンとした顔を作らざるを得なかった


「あぁ、そういえば言っていませんでしたね」


レアはこちらに向き直り、姿勢を正して視線を合わせる。視線が交差した瞬間、何故か、とても心が安心した感じがした。


「私は魔界の長である王、魔王の娘、レア=ストレガ=エルターナでございます」

「え、── ええええぇぇぇぇぇ」

「大きな声を出さないでくださいね」


先ほどの忠告も虚しく、ディエルは大きな声で絶叫した。




「 ── こ、こは……」


人間界。

1人の少女がベッドの上で目を覚ました。


「あ、の人は……」


赤い髪と瞳が特徴的な最新の少女。数時間前、ディエルに助けられた少女だ。あの後、ディエルを矢で射殺しようとした男達に連れられ、そのまま気絶したのだ。


「そっか……死んじゃったんだ」


あの時の光景を思い出す。自らの命の恩人である少年が、目の前で次々と矢を放たれ負傷していく様を。そのまま消えてしまったため、行方はわからない。だが、そう簡単に治るような傷ではなかったはずだ。


「お礼……言ってないや」


少女は彼の死を哀れむとともに、自らを救ってくれた礼を言えなかったことを悔やんだ。


その赤い瞳から、一筋の涙が滴り、ベッドのシーツを濡らした。



「というわけで、ディエルさんは私がここに転移させてきたわけです」

「なにがなんだか……」


夕刻。ディエルはレアから粗方の事情を聞きながら城内を散策していた。途中、何人かのメイドや衛兵とすれ違ったのだが、レアの顔を見るなり頭を下げなにも言わずに通り過ぎていった。


「えっと……ずっと見てたって言った?」

「はい!ずっとディエルさんのことは見ていましたよ?」


話によると、レアは毎日欠かさずディエルの事を魔道具で観察していたらしい。彼女には笑顔で告げられたのだが、ディエルは少々身震いを覚えた。


(四六時中監視されてたって事かよ……)


もはやストーカーの域である。だが、監視されるくらいならまだマシなのかもしれない。というのも、その後にレアから告げられたことがそれ以上に衝撃的だったからである。



「一刻も早くこちらに連れてきたかったんですけど、ディエルさんは魔法不干渉の防御魔法をずっとかけてたようでしたから、今まで連れてくることができなかったんですよ」

「そ、そうか……」


つまり、ディエルが普段から魔法不干渉結界を展開いていなければ、もっと早くにこちらに来ていたかもしれないということだ。


「あ、あれは?」

「あれはケルベロスです。一応我が家の番犬として飼っているんです」

「討伐難易度めちゃくちゃ高いやつなんじゃ……」

「確か最高難易度でしたね」


魔獣というものには討伐難易度が設けられている。詳しくは知らないが、最高難易度というのはかなり強かったはずだ。

ディエルとレア、それからニーナは庭に出て設置されていたベンチに腰をかけた。暖かな陽気を感じ、ニーナはすぐに船を漕ぎ始めた。


「 ですから、今回ディエルさんがあれだけの怪我をしていたのは、ある意味幸運でした。防御魔法が一時的に解けてくれましたからね。もちろん、すぐに怪我は治しましたから」

「あぁ、あの光は治療魔法だったのか。魔法式が見えなかったからわからなかったよ」


暖かい光の感覚が身に覚えにあったのだ。あれはディエルの怪我を治す魔法の光だったようだ。


「…………」


ディエルが納得したという感じに声を漏らすと、何故かこちらをジッと見つめてきた。


「ん?どうした?」

「……いえ。もしかしてディエルさん、魔法式を見て魔法がわかるんですか?」

「え?あぁうん。わかるよ」



どうやらそのことに驚いたらしい。魔法式というのは複雑極まりない式だ。一瞬でそれを見抜き、理解するというのは常識的には不可能だ。


「才能……があるんですね?」

「才能なのかな?なんとなくわかるんだよ」

「それでもすごいです。私ではできませんよ」


レアは心のそこからすごいと思っているようで、ディエルのことを褒めちぎる。

が、ディエルは嘘をついた。なんとなくわかるのではなく、ハッキリわかるのだ。魔法式を一瞬で読み解き、把握することができるのだ。


「ディエルさんは、やっぱり ── 」


レアが口元を歪め、まっすぐとディエルの目を見つめながら言葉を紡ごうとした時 ───


「失礼します姫様。陛下がお呼びです」


メイドと思わしき女性がベンチの後ろに立っており、呼び出しの命を告げる。レアはすぐに立ち上がり、メイドに向かって返事を返す。


「わかりました。すぐに向かいます」


メイドは一礼し、足早に城内へと戻って行った。


「ではディエルさん。行きましょうか」

「え?俺も行くのか?」

「お父様の要件はおそらくディエルさんに関することです。一緒に行った方が都合がいいですから」

「あ、あぁ」


ディエルは弱々しく返答する。頭ではその合理性を理解している。だが、まだ魔王に会うということに対して心の準備ができていないのだ。


「じゃあ行きましょー」

「え、あ、ちょ、ちょっとまッ!」


腕を引っ張られながら、ディエルはレアに連れられて行く。その様子は、側から見ると彼女振り回されている彼氏のような図に見えるのだが、周囲にはだれもいないため、そのことに気がつくものはいなかった。






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