土筆おろし

蜜海ぷりゃは

土筆おろし

わたしのおうちの近く、高等学校の近くで、それは生き生きと元気よく、真っ直ぐに起立している。


指で弄べば、きっとそれはしなやかな弾力で、硬いバネのようにまた元どおり、静かに天を望むのだろうに、私は一人勝手に春の訪れを予感して、一斉に茂りだし、互いに馴れ合うその姿に、胸騒ぎを覚えてしまうのだった。


まだ純真無垢なそれは、何も知らないまま、日々のうのうと暮らしている。


わたしは多くを知りすぎたのだ。


それらに目をつけたわたしは、次の日また、学校の近くへ自転車を漕いで向かった。


昨日見たそのままに、相変わらず雄々しく立っているそれらを見つけて、嬉しくもあり、悲しくもなった。


嫉妬のような、忿懣のような、それは確かに自身の奥底から湧き上がる感情であるのに、自身では到底形容し難い、息苦しくもあり、清々しくもある感情であった。


やるしかない。


数多ある選択肢の中から、一つひとつを吟味している余裕など無かった。


どれが正しくて、どれが誤りであるかなど、私には如何でもよかった。


心臓から全身の血が溢れ出しそうになりながら、震える手をそれの肩にかけた。


はじめは戸惑っていたようであったが、それはやがてすべてを理解したようで、一言も発することなく、私にその白い体を委ねた。


味をしめたわたしは、次から次へと、まだ生え揃っていない純真無垢なそれらを、やさしく、やさしく摘んでいった。


それらをカゴにのせ、息を切らしながら、家路を急いだ。


気がつけば台所に立って、まな板の上にお行儀よく並ぶそれらを、私は眺めていた。


生暖かい視線で、全身を、まさに舐めるように見尽くす。


それだけで火が通ってしまいそうなほどの、熱視線であった。


我慢ができない。


一人ひとり、袴を丁寧に脱がせて、わたしの両手のひらから伸びる、すべての指の腹を使って、優しく全身を愛撫した。


少しでも咎が外れてしまうようなことがあれば、愛するその全身を、春色のルージュがのった唇を使って、口づけしてしまったであろう。


春の訪れに感謝しながら、ぬるくも暖かくもない湯をかけ、まだついて間もない薄ら汚れを洗い流していく。


少し暖かい湯をこしらえて後、それらを優しくつけて、全身をほぐしていく。


もう悩むことは何もないんだよ。


それは相手に言い聞かせているようで、まさしく自分自身へ投げつけた文字群であった。


この言葉ほど、不安に陥れるものなどないと、すぐに気がついた。


それらを湯からさらいあげ、水気を優しくタオルでふきとる。


私なりの味付けを、私なりに、ほどこしていく。


とろみのついたそれで、薄くも濃くもない、ちょうどよい味付けを、全身に絡めつけていった。


冬と春はいつまでもあいまいのままで、天窓からのぞき見ると、満開の桜の木には、淡く青い雪が、山成りに積もっていた。


羽化したてのセミたちが、幹の半ばにまで達しようとしている。

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