恋をして、全てを越えて、君と一緒に…

スミンズ

恋をして、全てを越えて、君と一緒に…

   1


 「光矢。責めて、北海道大学には入って欲しいわ。できれば東大よ?私も、お父さんも、お兄さんも、福田家の家系の殆どの人はみんな東京大学に入って、留年もなしに卒業しました」母はいつものように、リビングの木製椅子に腰をかけて言ってくる。


 「じゃあだからって俺も東大に行かないと行けないのかよ?無茶苦茶だ!北大でもいい?そうじゃない!頭いいとこ行こうってそう考えんで、未来のための就学だと思って好きなとこ行かせておくれよ。別に私立に行こうとは言わんからさあ」


 「いいえ。頭のいい所に入るのは自然と未来に繋がります。例えば地元のA大に光矢が入るでしょう?そのあと東大の子が将来的に光矢と同じ会社を受けるとしましょう。そしたらどうですか?万一にも光矢と東大の子が同じ態度で同じ受け答えをしたとしましたら、あとはやはり学校の名声で評価が行われますの」


 「ちげーだろ!学校というのは自分が学びたいことを学ぶために行くんだ。だからそらへんの学校にだって、違う角度から見ればそれこそ東大よりずっと優れているところだってあるんだ。工学に強い学校。政治に強い学校。それらはそれに特化して、うんと強い人材を産んでるんだ」


 「いいえ。人とはオールパーフェクトを目指すに越したことはありません。専攻なんて、危険すぎて行けませんよ。ああ、あとですね、ついさっき高校から通信簿が来ました。まだ二年生の中期だというのに、成績に4が混じっています。来年はもっと難しい勉強が待っているのに、こんな成績じゃどうしようもないでしょう?」


 「まってくれよ、それでも学年5位だよ?320人中の」


 「学年5位でいいわけありません。どうです?あなたの友達の順位は?」


 「………100位とか200位とか言ってたけど」


 そういうと母は頭を少し項垂れたように落とし、呟いた。


 「そんな友達を作ってはいけませんよ」


 俺はその言葉を聞いたとたん、心の中でカチッという音がした気がした。いくらなんでも親に友達を選別されるのは屈辱だ。友達がどんなやつかも知らないくせに……!


 俺は10万ほど入った財布を手に持つと母を押し退けて家から出た。


 「待つのです!光矢、どこへいくの?」


 歩道に出てから、後ろから聞こえてくるそんな言葉に、俺は無言で返した。



   2


 「だけど、お前から遊ぼうだなんて珍しいな」そういうと田辺源は自然と風俗店のやらしい看板を観てあるいていた。日曜の昼から盛んな野郎である。


 「別に。たまには息抜きしたくて。すすきのって、実は大して来たこともないから前々から探索してみたかったんだ」


 「大して来ないって?勿体ないなあ。ゲーセン、食い物、買い物。それに風俗。どれをとっても満足できる。ちょっと外れりゃアニメイトやジュンク堂、丸善にタワーレコードまである。それに光矢んちからじゃチャリで10分もかからんだろ?」


 「俺は親に遊びに行かせて貰えないことが多いんだよ。勉強せえ、勉強せえ、って。……とまあそれはいいとしてその言いぐさ、お前風俗いってんじゃねえだろうな?18まであと半年はあるだろ?」


 「いかんよ、俺は真面目だから。せいぜいそこの珈琲店の二階から右にある風俗の入り口が観察できるんだけど、そこに入っていく金持ちそうなオッサンを恨めしく見つめてたりするだけだ」


 「それはなんというか、それでいいの?」


 「未来のためだ。18になったときにスムーズに風俗に突入するために勉強してンだよ」


 「……やっぱ行く気満々だな」


 そういって俺は風俗店の方を見てみる。するとそこに、見慣れた男がそこにズカズカ入っていくところを見つけてしまった。その男が、俺にとって密接な人だったから俺はどうリアクションすればいいか分からなかった。


 「どうした?光矢。18になったら一緒に行くか?」


 「お、親父いいぃ……!」俺は小さな悲鳴をあげていた。が、源にはその悲鳴は聞こえてないようだった。



 「なんなんだ?光矢、お前今日ちょっとおかしいぞ?普段から真面目すぎて、俺なんかはたまにはお前にもはっちゃけて欲しいとは思ってたけどさ。お前と、この珈琲店の窓から風俗店の入り口を覗く日が来るとは夢にも思わんかった」


 「言っててハズくねーの?」俺がそう応えてやると、源は元気そうに


 「俺はハズく無いさ。下心は隠さんでいいんだ」と言って笑っていた。


 一応珈琲店にいるので、注文しておいたアイスコーヒーを俺はグッと飲むと、いつ親父が出てくるだろうと嫌な胸騒ぎを押さえつつ見張る。すると、またどこかのオッサンが昼間っから風俗店へ入っていく。


 そんなのを見てると、カフェの中に一人の若い女性が入ってきた。何故かサングラスにマスクをしたロングヘアーの防御的な人であったが、少し暑いのか丸テーブルの席に座るとマスクを取って手で顔を扇いでいた。それを見て俺はそいつが誰だか分かった。


 「あ、もしかして成宮先輩?」そういって声をかけると、成宮海音なりみやうみねは少し慌てたようにこっちを見た。


 「あ、福ちゃん」そういった顔はぎこちない笑顔を浮かべていた。久しぶりに会ったとはいえ、前の満面の笑みを浮かべて挨拶してくれる成宮先輩を記憶してると、いったら悪いけどなんだか不気味であった。


 「え?おい光矢。この人誰だよ!」


 「書道部の先輩だよ。この人って酷いな。成宮先輩は結構大会とか結果残しているんだ」


 「………」なにか言いたげに源は俺を見つめてくる。なんか言えよ!


 「そうだ、成宮先輩、隣いいですか?」話を俺は成宮先輩に切り変える。


 「いいよ。ところで福ちゃんはなんですすきのに?」


 俺は丸テーブルの成宮先輩の右側の席に腰をおろした。源はその更に右に座った。


 「……かあさんと喧嘩して気分直しに友達と遊びにきてんです。この後はまあゲーセンでぶらつこうと思ってます。成宮先輩は?」


 「……うんと、ジュンク堂書店に行ってさ、本を探してたんだけど無かった」


 そういうと彼女は小さく下を向く。その時アイスコーヒーが運ばれてきた。


 「そうですか」俺はそういって窓の外をちらりと見た。するとまさに、風俗の入り口から親父が出てきていた。


 「……!すまん、おい田辺!着いてこい、俺の親父が風俗から出てこやがった」


 「は?」田辺は変な顔して俺を見る。そんな最中、突然俺の腕を誰かが掴んだ。その手は成宮先輩のものだった。


 「やめた方が良いよ。あの人は『悪魔』だよ」そういって俺を見て涙を流していた。


 「悪魔?」僕は俺の親父をそう呼ぶ彼女に、何故?と言う気持ちで尋ねたが彼女は応えてくれなかった。とても引っ掛かるが、俺はその質問を一旦心の奥にしまっておいた。


   3


 田部と別れて(つーか田部が突然途中脱退して)、俺は成宮先輩と二人きりになった。成宮先輩は珈琲店から少し離れるとつけてたサングラスを外していた。やはり成宮先輩はとても可愛くて、そんな彼女と二人でいるのは少し気まずかったが、あまりに成宮先輩が悲しい顔をしていたので、一先ず予定通りゲーセンにいった。


 「成宮先輩はゲーセンとか来たことあるんですか?」入り口前で尋ねてみる。


 「あるよ。友達とプリクラとかしに来たりした。福ちゃんはないの?」


 「ホントは親に禁止されてるんです。実は今家出中で、ちょっと羽を伸ばしてみてるんです」


 「そうなの?良かった。私さ、福ちゃんいつだって受け身で反抗できないと思ってたから」


 「……そ、そうですか?」


 「うん、それじゃあ私がゲーセン紹介してあげるね」そういって俺を見て笑ってきた。少し俺は胸の熱くなるような感覚になった。


 「すごい人がいるんだね」入り口を入り言う。


 「まあ日曜なんてこんなものだよ。あ、太鼓の名人があいてる。珍しい」


 「へえ、あれが太鼓の名人って言うんだ。2つ太鼓がついてて、テレビがついてるけどどう遊ぶの?」


 「テレビにアイコンが流れてくるの、それで……。そうだ、これさ二人で対戦できるんだよ。一緒にやろう?」そういって成宮先輩は百円玉を二枚財布から出して、太鼓の名人のコイン投入口に入れた。


 「ふうん、結構曲があるんだ」


 「うん。なんの曲がいい?」


 「………あんまり知ってる曲がないなあ。」そう呟くと彼女は


 「じゃあ」と言って太鼓の端を何回か叩いた後、ドンと真ん中を叩いた。それで曲のセレクトが完了したようだ。


 「ああ、ドラえもんの歌か。それならわかるや」


  そうして俺らはドラえもんの歌を叩いて遊んだ。成宮先輩は「ミスったー」とか「初めてって嘘でしょ?上手いよ、詐欺だよー」とか言いながらプレイしていた。俺もドラえもんの歌に熱意を注ぎ込み、「よし、いい感じじゃないかな?」「これっていい方ですよね?」とか言いながらやっていた。それを返答しあいながら嬉々と楽しみ、俺らは曲が終わるなり互いを見つめあった。成宮先輩は頬を赤らめ少し汗をかいていた。俺も気がつくとじわりと汗をかいてて、それを二人で笑いあった。なぜだかはわからなかったが、何か愉快だった。いつの間にか、成宮先輩はいつも通りの笑顔をしていた。


 太鼓の名人が終わり、俺らはゲーセンの中を当てもなく歩き回る。レースゲーム、リズムゲーム。それらは実物を殆ど初めて見るものだった。友人はみんなこんなので遊んでるんだ、と俺はとても不思議な感覚だった。親の言いつけは大切だけど、その言いつけにくるまれた世界とはこういうものなのか。だがくるまれた世界とは、別に悪いものでは無いような気がした。


 ゲーセンを歩いてると、ふと俺の前にきらびやかな『証明写真撮影機』のようなものが姿を現した。


 「これは?」さりげなく成宮先輩に尋ねると


 「これがプリクラだよ。中で写真を撮ってデコレーションできるんだよ」と言って、俺を見てくる。


 「な、なんすか?」


 「……もしかして撮りたい?一緒に?」


 「え?いやそれは」俺は少し両手を左右に振る。


 「……私が一緒に撮りたいって言えば、撮ってくれる?」


 成宮先輩はそういって俺を眺めていた。俺は少しきょとんとして、その後顔を熱くして


 「成宮先輩が良いのでしたら」と返した。すると成宮先輩は俺の服の袖を引っ張り、人生初のプリクラというものに入り込んだ。


 すると成宮先輩はまたしてもお金を投入して、タッチパネルの『撮る』ボタンをタッチした。


 その後、シールとして出てきた写真を眺めながら俺たちはゲーセンを出た。


 「成宮先輩。すいません、お金使わしちゃいましたね」


 「ううん、そんなことないよ。それより楽しかった!ストレス発散になったよ。こちらこそサンキュ」そういいながら成宮先輩はプリクラのシールを半分俺にくれた。そのシールには何かぶきっちょな俺と笑顔の成宮先輩のツーショット写真に、『福ちゃん初チャレンジ』と縦に達筆の文字が書き込まれていた。俺はなんだか恥ずかしくその写真を見ていたが、ふとその写真を見て俺は呟く。


 「気のせいかな?なんか俺と成宮先輩ってにてないすかね?」


 そういうと彼女は突然笑顔を崩した。そして道端で立ち止まり、地面に視線を落としていた。


 「す、すいません、俺と成宮先輩が似てるだなんて、失礼ですよね」俺がそういうと、彼女は


 「本当に、似ているって思ってほしくなかった」と呟いた。その声はとても鈍い響きで、それは何かを悟ったようでもあった。


 「成宮先輩、今日はなんなんですか?おかしいですよ?」俺がそう言うと、成宮先輩は突然俺にぎゅうっと抱きついてきた。


 「な、成宮先輩?道端ですよ?」


 しかし成宮先輩は体を離してくれない。それで、俺の耳元で小さい声で囁いてきた。


 「高校に行こう?」


 「え?今からですか?」


 俺が尋ねると彼女はようやく俺から体を離して、頷いた。


   4


 「私さ、何故福ちゃんのお父さんを悪魔って言ったか分かる?」日曜の部室に着くなり、成宮先輩はいきなりそう切り出してきた。


 「何で?」


 「あの男は風俗店の経営者で良く私をあの風俗店の女性にすべくしつこく私に寄ってきたの。すすきのはバイトで良く来るんだけど、いつしかあの男が私のまわりに付きまとうようになったの。何故だかは知らなかったけど、あの男はいつも私に『やはりあいつの子だけあっていい女だ』といっていた。それは勿論自分のお母さんのことだと思った。そして、私は何故あの男が私のお母さんを『あいつ』と言うのかが引っ掛かっていた。それで私は少し心配を背負って区役所に戸籍謄本を取りに行った。元々母子家庭でお父さんなんて知らなかったんだけど、戸籍を取ったらそこにはしっかりと名前が書かれていた。『福田龍』って」


 「親父の名前だ。……まさか!」


 「私も福ちゃんがあの男をさして親父だといった時にようやくわかったの。わかりたくなかったけど」


 俺は呼吸を置いた。その話の内容が超越しすぎていてついていけそうも無かった。くらつく心をなんとかただして、でも、と切り出した。


 「でも親父は立派な会社の役員で、ほら、IT企業に勤めてるって言ってた」


 「その証拠は?」


 「……実は俺の母さん、親父を信用仕切ってて、お金や仕事のことを一切口挟まない人だからさ。証拠は無い」


 そう俺が言うと、彼女は呟く。


 「やっぱ悪魔だよ。怖い、あの男は。なんで私のお父さんがあの男なんだろう……」


 そういって彼女は泣き出した。俺もどうしていいのかわからない頭を回転させながら、少し涙が出そうになる。こんな謎な関係性は初めてだった。


 「成宮先輩、悪いんですけど、その男と先輩のお母さんが離婚したのっていつですか?」


 「……ううん、離婚なんて無かったんだよ。だって私のお母さん、結婚なんてんだもの!」


 俺はそれから、それがヤバいことに気づいてきた。


 「成宮先輩、確認ですけど歳はいくつですっけ?」


 「来月で18だよ」


 「…俺の親は、今月結婚25年なんだ。そうか。そうなのかよ…!」俺は少し不気味に笑ってしまった。


 「…悪魔だな」


 「…悪魔だよ」


 そういって俺らは途方にくれた。そして可哀想だと思った。勿論、目の前の先輩も可哀想だ。だが、俺はさっき喧嘩して出てった筈の、家にいるお母さんも可哀想だと思った。


 「母さんは何でも信じてしまう。だから俺を必要以上に制裁をかけて育ててきた。ゲームや遊びが成長によろしくないという世論を鵜呑みにしていたんだろう。だけどそれはひっくり返せばそれは俺をそれだけ思ってきたということだ…!」俺はそう呟くなり、反射的に成宮先輩の腕を掴んだ。


   5


 「……お母さんが亡くなったのは丁度2ヶ月前。それからはなんとかバイトや補助金でやって来たの」列車のボックス席で、向かいに座る成宮先輩が外を見ながらそういった。


 「それじゃあ、成宮先輩、ひとりぼっちだったんですね。親戚とかは居ないんですか?」


 「いないよ。私のお母さん、天涯孤独だったんだって」寂しそうにそう応えていた。


 「もっと早くにいってくれれば良かったのに」


 「…可愛い後輩をそんな私事に巻き込めないでしょ?」


 「そうですか?」俺はキョトンと答える。


 「それはそうと駆け落ちしようなんていってくるなんて思わなかったよ」そういうと彼女は窓から視線をこっちに変えた。


 「…親父と仲違いしていま田舎に暮らしてる兄貴がいてさ、兄貴と俺はめっちゃ仲良くて個人業してるからそこになら逃げ込めるかなって思って」


 「でも、それなら福ちゃんのお母さんは?」


 「いいんだ。俺が家出するならまだしも、親父が不倫してるだなんて母さんが知ったら、自殺しかねない。だからといってもう親父と会うのは嫌だし。それを兄貴に言ったら了承してくれてさ。立派に俺が大人になったら母さんに必ず謝りに行くことを条件に、仕事と寝床をくれるってさ」


 「なるほど。それって本当にいいのかな?」


 「わからない。だけど、だけどさ。俺は成宮先輩が大好きなんです。それだけなんです」俺はそういって下を向いた。


 「私も、福ちゃん……。光矢が大好きだよ」そういって右手を、俺の頭にポンと乗せてきた。


 何故、俺らは血が繋がっていたのだろう。それだけが、俺らの愛情を深く遮っていた。だけど、それでも俺は成宮先輩が好きなのだ。頭の上に乗った成宮先輩の手を、自分の両手で優しく包み込んだ。

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