第97話 いざ、王都へ!

「そいじゃあ、俺達も行こうか?」


 箒を肩に担いで窓辺のベイゼムが振り返る。


「アンちゃん、箒に乗った事は?」


「えっと、箒ならオクシーからここまで、ミトの箒に乗せて貰って来たわ」


「あの暴走女の箒にー? あんた命知らずだなあ……」


――確かにね……


「そっか、乗った事あるんなら大丈夫だな! ま、安心してくれ! 俺はあんな暴走女とは違って、もっと優しい運転の筈だぜ?」


「え? でも、すっごく速いんでしょ?」


「へへっ。俺はプロ中のプロだぜ? 俺くらいになると風を読みきるってーの。ま、熟練の船乗りみてえなもんさ!」


 そう言ってベイゼムはパチンと指を鳴らしながら「『アイル』!」と言って、箒を腰の高さで浮かばせた。

 ミトと違ってごく簡単な詠唱……箒を自身に馴染せている風魔法の達人ならではの技だ。


「オッス。んじゃアンちゃん、そいつに跨がってくれ」

 とベイゼムの腰の高さだった箒を、彼は片足で高さを下げながら指差す。


 あたしは浮かぶ箒に、言われるがままに跨がった――とたん、箒はカランと音を立てて床に落ちた。


「おっと、そっか二人乗り――違う精神が乗るんだったな……」


 頭を掻くベイゼムにあたしは心配になって聞く。


「だめなの?」


「いやいや、俺を誰だと思ってんだよ?『疾風はやてのベイゼム』、超天才マルだぜ? 大丈夫だ、オレとこのイダテンマルならな!」


 拾い上げた箒を、また立てて見せ、得意げに言い放つ。


「この箒は俺専用に作ってあってな……ちょっとばかし繊細なんだ、わりいな……。まずはアンちゃん、あんたのマナを箒に馴染ませる。もっぺんそいつに跨がってみな? 今度はアンちゃんが両手でそいつを握るんだ!」


 手渡された箒を彼の言う通りに握りしめて跨がる。


「あたしのマナ?」


「ああ。血とおんなじさ。どんな生き物にだって少なくとも微弱なマナが流れてる。ま、俺達魔法使いは、修行のお陰で強いマナが流れてるけどな。血とおんなじでさ、人によって流れるマナがちょっと違うみたいなんだ。この箒は俺のマナに慣れてるからな……違うマナにびっくりしたんだと思うぜ? 女の子なんて乗せるのも久しぶりだしな!」


「シャイな箒なのね」とあたしは笑う。


「おっ、いい感じだ! その笑顔を忘れんなよ?」


「笑顔?」


「いいか怖がんなよ? 臆病な精神が乗ると、操者の俺の精神まで影響を受けて不安定マルになっちまう。なるたけ楽しいことを考えるんだ。いいか? 楽しい事だぞ?」


「楽しい事?」


 首を傾げるあたしの前でベイゼムは、「ちょっと待ってな」と、今度は屈み込んで、そっと手を置き箒に喋りかけた。


「よーし、いい子だイダテンマル。知らない人が乗ってびっくりしちゃったんだよなー。わかるぜ俺は天才だからな。オッス、そんじゃ行こうか愛箒相棒。俺は風、俺は風、俺は風、誰よりも速く誰よりも高く飛ぶ、そう俺自身が風。そして隼のイダテンマル、お前は俺の相棒、お前は鳥であり、雲であり、太陽でもありもはや空そのものだ。準備はいいか? イダテンマル。大丈夫、俺がいる、風の俺がいる。俺達は自由だ、この世で誰よりも俺達は自由だ。大地に縛られてる場合じゃない。俺達は自由なんだ。俺達こそが空の住人なんだ! 分かったかよ相棒、いや友よ、んじゃ行くぜ! 浮かべ、『アイル』!」


 ふわっと箒が浮きあがった。あたしの足は床から離れ、爪先立ちになる。


「おっ! 思ったよりもすんなりいったなあ。そういや、アンちゃんにはエルフの血が半分流れてるんだっけな! 上出来だぜ、イダテンマル。アンちゃんのマナ、ちゃんと覚えるんだぞ?」


 箒に語りかける奇妙なエルフの姿に、つい質問する。


「それがあなたの飛ぶイメージなの?」


 アズアズフィーフィの言う通り、人によって詠唱はまるで違った。


――それぞれの性格や性分にあった方法でエレメントと一体になる――こういう事だったのね……


「飛ぶのは楽しいんだぜ? なんたって風になるんだ! この『はやぶさのイダテンマル』でな!」


「それがこの箒の名前? そう言えば、ミトもアズアズフィーフィも箒に名前付けてたわね……」


「オレの作ったベンテンマルだろ? あのフクロウ女、ヘンテコな名前つけやがってよ……」


――確か、アデナック号だったわね……


「ふふ。ベンテンマルやイダテンマルだってヘンテコよ?」


「そうかなー?」


 まるで納得のいかないという顔で頭を掻くベイゼムの姿が可笑しくて、あたしはまた少し笑う。


「お、笑ったな! その調子だ。楽しい事、嬉しい事、好きな事。そういう前向きな精神がいいマナになるんだぜ? 熟練の箒乗り程、そいつが重要マルだって事に気付いてくる。知識や技術なんかよりも、一番大事な事なんだな、これが!」


 ベイゼムは浮かぶ箒の前で、腕を組んでうんうん頷く。


「それじゃ、ジルド先生、リトス社長。行ってきます!」


 あたしの箒乗りを、後ろで見守っていた二人を振り返る。


「ああ、行っといで。ゼオの意志……託したからね……」と先生はあたしの頭に優しく手を置く。


「はい! お師匠様!」


「いい子だ、しっかりおやりなさい……ワタシのアンちゃん……」

 あたしを抱きしめる先生はとても優しい口調でそう呟いた。


「あ! 待ってマリウスちゃん」


 そう言ってリトスは、社長デスクの上でサラサラと手紙の様なものをしたため、封筒に自身の黒い羽根を一枚入れると、キスマークをつけて渡してきた。


「城下町にもJJの支店があるの。王の枕『城下町ドナリーラ』。そこに行ったらアタシの紹介状が役に立つ筈よォ?」


「ドナリーラ? 北の城下町の?」


「ええ。ドナリーラ支店の店長はジャオジュオ・コルカール。ケチなドワーフのオジンよ」


「ドワーフの店長さん?」


「ええ。金に汚い商人よォ? でもジャオはアタシの言う事には絶対忠実なのォ……そういう意味では信頼できる男よ?」


「ジャオさん……」


「そう。ジャオはね、クロイウェンの貿易商達にも顔が利くヤツなのよォ?」


「って事は……」


「ええ。『青い生命石』――特別なブルーアンバーを探すのを手伝うよう、そこに書いておいたわ!」


「ありがとう、リトス社長!」


 抱きしめる様に手紙を受け取るあたしにカラス社長がゆっくり口を開く。


「マリウスちゃん。カラスってね、不吉な鳥ってレッテルが貼られてるのよ……」


「レッテル?」


「ええ。黒いカラスは死を運ぶ使者……大昔の人は、そう言ってカラスは嫌われ者だった……。アタシはカラスのハーピー。ハーピーの中でもやっぱりカラス種は嫌われ者。アタシはね、マリウスちゃん。貧民街の出なのよ……」


――ナイトナイツのハーンさんが言ってた事だ……


「でもね、マリウスちゃん。もっと昔、古来、カラスは神の使いだったのよ……頭の賢いカラスは吉兆を運んでくる。本来は幸運のしるしだったの」


「幸運の徴……」


「ええ。その事を証明したくて、アタシは宝石商を始めたの。アタシの運ぶ宝石で皆が笑顔になる……そんな存在にね?」


 リトスの深い青紫色の瞳が優しく見つめる。


「そして黒がどんなに美しい色かを証明する為、アタシは美を求めてきた。黒いカラスが気持ちの悪い鳥だなんて、今じゃ言う人も居なくなったわよォ?」


 サラサラの黒髪を掻き上げてリトスは言う。


「アタシが『幸運の徴』だと。そう証明してちょうだい、ね?」


「ええ。リトス社長。貴方は、あたしを『賢者の石』のヒントまで導いてくれた。もう十分『幸運の徴』だわ!」


「ふふふ。いい目ね、どんな宝石よりも輝いて見える。宝石商のアタシが言うのよォ? 一流の職人の目ね……」


「あたしの方こそ、お礼を言わなくっちゃ! 田舎娘のあたしの打つ作品を――ルーンの指輪を、たくさんの人に届けてくれて、ほんとにありがとう! そしてこんなあたしの腕を信じてくれて感謝致します、陽気な宝石屋JJ社長、リトス・ユーウェル様! あとね、社長さん? 一つ訂正よ?」


 そして箒の上のあたしはいつもの様に腰に手を当て言う。


「一流じゃないわ、“超一流”よ! あたしは、アンヴィル・マリウス。ジルド・プレイトの弟子でありマリウス工房の跡取り、未来の『ミス・マエストロ』なんですから!」と。


「ふふ。そうだったわね! マリウスちゃんは何かを成し遂げる、そういう強い目をしているわ。アタシには、わかるわ! アタシは宝石の目利きだもの! その目の輝きをアタシは信じているわね!」


「ええ!『半端な仕事はしない!』それがマリウス工房の伝統だし、ドワーフ鍛冶の意地でもあるわ!」


「いってらっしゃい。キング・オブ――いいえ、『クイーン・オブ・ルーン』!」


 そう言ってカラスのハーピーは頬に口付けをする。


「へへ。世話んなったなあ、オカマカラス! 礼と言っちゃ、何だけど、あんたの店で一つ、俺も買い物しといたぜ? あの婦人には余分に金を渡してるから、受け取っといてくれよな!」


「相変わらず、いい男なのねェ……ベイちゃんは」とリトスは投げキッスをする。


「そいじゃ、錬金術師の先生さんよ。あんたの弟子を送り届けてくらあ!」


「ああ。よろしく頼む!」と先生はにっこりシルクハットをあげる。


「なーに、ちょっと王都まで大陸横断してくるだけさ!」


 いつもの様に親指を立てると、ベイゼムは羽根つき帽子を押さえて、足の裏で箒に飛び乗った。


 あたしの跨がる箒の柄の先で、彼は器用に二本立ちのまま腕を組んで、後ろのあたしに告げる。


「しっかり掴まれよ? アンちゃん。そんじゃ、楽しい楽しい空中散歩と行きますか! じゃあな、お二人さん!」


 そして、疾風のベイゼムは腕組みのまま箒の前方、窓の外を見つめたまま、


「そら行くぜ!『ウォラーレ』!」


 と組んだままの腕でパチンと指を鳴らしながら詠唱する。


「イヤッホーウ !」


 優雅に舞う鳥の様に、あたし達は灯台の展望台を飛び立った。



 さあ、いざ王都へ!

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