第95話 仕方のねえ事
「クロイウェン? あの貿易都市の?」
「そうよ。ブルーアンバーの殆どは外国産なのォ。もし、見つけるとしたら東海岸のクロイウェンが一番よ。貿易都市って意味では、ここ『
――クロイウェンか……パパの居る所だわ……
そう。王国最大の貿易都市、自由の街『クロイウェン』。この国で一番栄えてる大都会。人の数も段違い。あそこでは貴族よりも商人が強いと言われる程の超巨大な商業都市。王都の目と鼻の先であるあの東海岸最大の港街なら、確かに宝石の輸入に力を入れていてもおかしくはない筈なのだ。
「クロイウェンとはまた……こことは反対側の大陸の海岸線だね……」と先生が呟く。
「ええ。この西海岸をウォーターフロントと呼ぶのに対して、あそこはロイヤル・ウォーターフロントと呼ばれるくらい、貴族達のお膝元ってワケね!」
「確かに珍しい宝石を取り寄せてそうだよね☆」
リトスの言葉にミトも頷く。
「はあー、大陸の反対側とは、こりゃ大陸横断マルだなあ!」
「でも、行くわ! 元々、ミスリル探しだって僅かな情報を頼りに始めた事だもの……今さら、怖じけづいてもいられないわ!」
「にゃはは。さっすが、アンちゃんだにゃあ!」
――あたしはこの運命に賭けてみる! 偶然なんかではない筈なのよ……そうでしょ? アズアズフィーフィ……
「にしたって、マリウスちゃん。あなた、お金は持っているのォ? ブルーアンバーはお安くないわよォ?」
「あ!」
「呆れた子! 商売人が何、間抜けな声出してるのよ?」と先生は溜め息を漏らす。
「ねえ、リトス社長。因みにブルーアンバーってどのくらいで取引されてるの?」
「ピンキリねェ……まあ、ジュエリーじゃなくて未加工の原石なら割安で買えると思うわよォ? それでも、その時の時価と、あとは貿易商人との交渉次第といったところかしらねェ……小さな原石でも最低でも五万ジェムくらいかしら?」
そう言ってリトスは、羽の手で器用に小指の先程の大きさを摘まむ仕草をして見せた。
あたしの手元には、ロイから受け取った百万の残りがまだあった。
――五万か……それならいけそうね……
「必要量を買い付けないとね?」と先生。
――そうだった。
ミスリル銀のレシピは、『銀6プラチナ2銅1賢者の石1』だった。靴作製に必要なミスリル量、その一割は必要なのだ。
それに銀もそうだけど、プラチナ……これが高くつく……。
「問題はブルーアンバーを買ったとしてもアタリを引くとは限らねーだろ?」とベイゼム。
――確かに……。そもそもどれがアタリ――『賢者の石』なのか、まだ、わからないし……
「ま、金なら公爵様が出してくれんだろ?」
「そうだ☆」
ベイゼムの台詞にミトが声を上げる。
「こう言う時は一度、
――確かに!
「そうねェ。ベイちゃんやミトの言う通り、ここは一つ、出資元である辺境伯に、一度聞いてみるのが得策よォ? ブルーアンバーの相談も含めてネ?」
「うひゃー。この時期のアクス=アラへ行くの? こりゃ大変だね?」
「ああ、超極寒マルだなあ……」
二人のエルフは寒がる素振りをして見せた。
「まずは、依頼人の公爵様に相談。と、お金の工面をして貰う。うん、確かにその方がいいね。職人たるものクライアントの意向を聞くのが一番だよ」と先生は頬杖のままにっこり微笑んだ。
「アクス=アラかぁ……。ま、どっちにしたって遅かれ早かれ、靴の採寸で行かなきゃいけないしね……」
「どうやら、話は済んだみたいねェ?」
とカラス社長は嬉しそうに、またあたしの頭に頬擦りをする。
「いーや、まだだ。こっちの要件が未解決マルだぜ?」とベイゼム。
「あ!」
「この誕生日すっぽかし猫を俺は連れて行くからな?」
――そうだった……
「にゃ、にゃあ……。アンちゃんごめんにゃあ……。どうやら我輩の付き添いもここまでの様にゃ……」と猫は寂しそうに見上げる。
「いいのよ、グレイマン。ここまでありがとう! 貴方は最高の相棒だったわよ?」と灰猫の喉を撫でてやる。
「にゃあ、アンちゃん……」と猫はゴロゴロと喉を鳴らしては複雑な顔で笑い返した。
「ちゃんと、フィアンセの誕生日の穴埋めをやってくるのよ?」
その言葉に猫は声を上げる。
「にゃ! 誕生日にゃあっ!」
「はあ? だからファラーシャ様の――」
「違うにゃ、もうすぐジェローグの誕生日にゃあっ!!」
ベイゼムの言葉を遮り猫は叫ぶ。
「ジェ、ジェローグ?」とあたし。
「王の名よ。そうか、伯にとって国王は教え子でしたね……」
「王様の誕生日がどうかしたのォ? にゃんこ伯爵」
「にゃあ。王の誕生日には、王の生誕を祝う式典があるにゃ。つまり、国中の貴族が集まるにゃ!」
「それがどうしたのよ、伯爵?」とミト。
「王都に参列する貴族の中には、皇族であるアクス=アラの公爵家も含まれているんだにゃ!」
「そうか! つまり依頼人の公爵様には王都で会えるわけだ!」と先生は声を弾ませた。
「なるほどねェ! 王都なら、目と鼻の先にはクロイウェン。アクス=アラまでイカなくても、お金の工面と相談も出来て、その足でクロイウェンにイケるわねェ!」
「そういう事にゃ!」
「グレイマン、国王様のお誕生日はいつなの?」
「えーと、み、三日後にゃあ……」
「はあ?……まるで、話にならないわねェ……ここから、大陸の反対側の王都まで、どう頑張ったって、足の速い馬を乗り継いでも10日以上かかるわよォ? 王都に着いた頃には辺境伯は居ないわねェ……」
――やっぱり、アクス=アラまで行かなきゃダメみたいね……
「にゃ!」
「今度は何よグレイマン?」
「大丈夫だにゃ!」
「え?」
「ここに最高の箒乗りがいるにゃん!」
――あ!
「えへへ☆ 最高だなんて――」
「オマエじゃにゃいにゃん! このアシーレマ王国中を飛び回り、最高の素材を見つけてくる、空の自由人、風魔法の達人」
「『
と、あたしは思わずベイゼムに目をやった。
「その通りにゃ! そこの天才ホウキ屋にかかれば10日もいらにゃい筈にゃ!」
「おいおい、ケットシーこのやろう。おだてやがってチクショーが! 天才とか本当の事――サンキューだぜ! ま、俺にかかっちゃ大陸横断なんて朝飯前の余裕マルだけどな!」
「やっぱり出来るんだ……ベイゼムさん。アズアズフィーフィが貴方の事、一流の箒乗りだって言ってたわ……」
「おいおいアンちゃんまで――ま、その通りなんだけどな!」
おだてられると分かりやすいくらいまんざらでもない表情で喜ぶベイゼムは調子に乗る。
照れながら喜ぶベイゼムにばれないように、あたしは皆に目配せをした。
もっとおだてるように。という風に――。
皆、察してくれたのか、視線で頷いてくれた。
「スッゴいのね、ベイちゃんってば! アタシ惚れなおしちゃったわよォ?」
「バカ、オカマに惚れられても嬉しくねーっての!」
――嬉しそうだ……
「流石、先輩。『疾風のベイゼム』は伊達じゃないもんね☆」
「おう、ま、おめえもいいセンいってるって!」
「いやいや、ボクなんかまだまだ、先輩の足元にも及ばないよ」
「えー。ま、その通りだな、うんうん」
――嬉しそうだ……
「へー。貴方凄いのね! 凄腕の箒職人は箒乗りもエキスパートってわけだ?」
「やっぱ、そう思う? いやー俺の凄さって隠しきれない事、この上ないマルなんだよなあ……俺くらいになると!」
――すっごく、嬉しそうだ……
「仕方ねえ! 正直言って気乗りしねーけど。この『疾風のベイゼム』、アンちゃんをいっちょ王都まで送ってやるぜえっ!!」
――すっごく乗り気じゃない!
「んじゃ、ミト。ケットシーはおめえがノジェーロまで送り届けてくれ! 俺はアンちゃんを連れて行かなきゃなんねーみてえだしよお。ま、俺もあんまり気乗りしねーんだけどよお!」
――もう、行く気満々だ!
「えー、やっぱりそうなるわけー。ま、ファラーシャ様にはボクも一回会わなきゃいけないっぽいしね……仕方ないかぁ……」
「ああ。仕方のねえ事なんだ。俺も仕方なくなんだ! 正直言って不本意マルだ。ファラーシャ様にはおめえからも謝っといてくれ! ま、ケットシーが行きゃあ、ご機嫌も直るしな!」
――すっごく行きたそうだわ……
「助かるわ、ベイゼムさん。でもホントに間に合うの? 王都まで三日の間に?」
「俺を誰だと思ってんだ、アンちゃん?『疾風のベイゼム』、超天才マルだぜ? 大陸横断? そんなの三日もいらねーぜ!」
そう言ってベイゼムは後ろ手で持っていた箒を宙に投げ、箒の柄の先を人差し指に乗せると、器用にバランスをとりながら人差し指を振って見せた。
「本物の箒乗りの実力、体験させてやるってーの!」
どうやら、あたし達の作戦は成功した様だ。
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