第94話 灯台の上の円卓会議
「賢者の石か、ノジェーロでもそんなのは聞いた事がないな」
ふわりと浮かんだ自身の箒を背もたれの様にして、天才箒職人は頭の後ろで腕を組んで寝転がる様に椅子を傾ける。
流石は風魔法の達人、まるで息でもするかの様に、ミトの様に詠唱もしないで、ベイゼムは浮かんだ箒に体を預けて座っている――まるで揺り椅子の様に。
「青い生命石……青い石なのォ?」と宝石商人。
「さあ、どうかしら?」と先生は肩を竦める。
「多分、青いと思うわ……」とあたしはテーブルを見つめながら呟く。
「どういう事?」
先生の質問にあたしは告白する。
「あたし、ここに来るまでに実際にミスリル銀を見たの……あ、でも、加工に向かないものだったり誰かの大切な持ち物だったから……。ええと、それでね、ミスリル銀は特別な魔力を持った“青白い”鉱物だったわ……多分、青い色はその『賢者の石』からきてるんじゃないかと思うの……」
「成程ね……。本物を見たキミが言うんじゃ、そうかもね。どう、リッちゃん? 青い石でそれっぽいの、なんかない?」
「青い石ならいっぱいあるけどねェ……」
あたしを膝に乗せるカラスハーピーがあたしの背中で考え込む。
「青い石、青い石、青い生命石……うーん……」
「何かわかりそうか、オカマカラス?」
「生命石、生命……の石、生命の石? あっ!」
とたん、あたしを包み込んでいた黒羽根に力がこもる。
あたしをぎゅっと抱きしめ、カラス社長が声を上げる。
「生命の石! もしかして『
「はあ? 琥珀は青くないでしょ? あれはオレンジ色の宝石じゃない!」
すかさず反論するジルド先生。
「青い琥珀もあるのよォ」と宝石マニア。
「え?」と先生。
「正確には青くなる琥珀――〈ブルーアンバー〉よ」
「リトス様、リトス様。ブルーアンバーって?」とミトは目を輝かせる。
「超レアストーンだからねェ……あんまり見かけないし、知らない方が普通よォ。ブルーアンバーはね、普段は普通の琥珀と同じ色なんだけど、太陽にかざすと青く光る琥珀なのォ」
「太陽で青くなる琥珀?」とあたしも頭上の宝石商人を見上げる。
「そう。それが〈ブルーアンバー〉なの! アタシも長い事、宝石商やってるけど、ブルーアンバーは滅多とお目にかからないわねェ……」
「ブルーアンバー……そいつが『賢者の石』ってやつか?」とベイゼムは体を起こし、円卓に肘を掛ける。
「さあ? どうかしらねェ……青い石っていうから、ついサファイアやアクアマリンを想像しちゃったけど、魔力って意味ではやっぱりブルーアンバーよねェ。正に『賢者の石』って感じだわ。知ってる? 琥珀ってね、実は石じゃあないのよォ?」
「太古の木の……“樹液の化石”だろう?」と流石はジュエリー職人の先生が答える。
「そう。樹液、つまりは“木の血”とも呼んでもいいそれを閉じ込めている植物生まれの石――まさに命の石なのよォ。そしてパワーストーンとしての琥珀は正に万能。長い年月と共に生命の記憶を閉じ込めた琥珀は生命エネルギーの塊の様な宝石なの。健康、長寿、安産、心身の浄化、回復――昔から御護りとして重宝されてきた石よォ。そして太陽の光を浴びて青く光るブルーアンバーは特に神聖視され、古くは占いなんかの魔術にも利用されて来たのよォ?」
「魔術……」とあたしは呟く。
「ね? 『賢者の石』って感じがしない?」とリトスはあたしを見下ろす。
「確かに……」
「それにね、パワーストーンとしてのブルーアンバーはね、眠っている記憶や力を呼び覚ます石とも言われているのよォ?」
「あ!」
「そう! これこそ『賢者の石』っぽいでしょ? なんだか眠っている魔力を引き出す感じがして!」
ルーンの力を引き出すミスリル銀の持つ魔力……おまじない程度の〈冷の加護〉を増幅させ、キンキンにエールを冷やしたモリア爺の『バッカスの杯』――眠っている力を引き出すミスリルの魔力――思い当たる節にあたしは思わず声を上げる。
「それだわ! ミスリルにルーンを刻むと本来の加護以上の力が宿るのよ! リトス社長、ありがとう!」
振り返る様に体をねじらせたあたしはリトスに抱きついていた。
「いやんッ! マリウスちゃんったらホントに可愛いわねェ。アタシが男だったら、このままベッドに連れていってたわァ」
――男……でしょ?
流石に「うっさい」が怖くて口にはしなかった。
「大丈夫だよアンちゃん。こいつ可愛いもの好きだけど、恋愛対象はちゃんと男だから」と先生。
――ちゃんと。て何?
「そうそう。逆にアタシが嫌いなのは『バカな女』と『ブスな女』よ? ジルはバカな女だけど顔と腕がいいから特別よォ?」
「バカで悪かったね……」
「ホントお馬鹿さんだと思うわよォ? 特に恋愛にね? でも、まあ、男の趣味はいいと思うわァ……タワーマン――あのひげ紳士はかなりの上モノだわねェ……」
「流石、リッちゃん、わかってる!」
「ホホホ」
「リ、リトス様、ボクは? ボクも可愛いよね?」とミト。
「アンタは別に好きでも嫌いでもないわよッ? ま、ブスのアルミラよりかは、マシって程度ね! せめてもう少しオンナを磨きなさい!」
「しょぼーん……」とミトは項垂れた。
皆して笑う中で、ジルド先生が呟く。
「しかし成程、琥珀かあ……」
「どうしたの先生?」
「いや、琥珀なら合点がいくと思ったんだよ。なあ、リッちゃん、琥珀って熱に弱かったよね?」
「ええ、鉱物ではなく樹液の化石だからね。高温で熱したら他の宝石よりも変形しやすいし、溶けやすいわよォ……」
「つまり加工向き。ってわけだ!」
――なるほど!
「おあつらえ向きじゃないか」と先生はニヤリと笑う。
そこへグレイマンも口を開く。
「にゃあ。加工と言えば、その昔、海の向こうの帝国では琥珀を溶かして薬にしてたくらいにゃ。万能薬と信じられてた時代があったのにゃん」
「流石、歴史家! 伯はよくご存知ですね……なるほど万能薬ですか、いよいよ『賢者の石』じみてきたわね……」
物識り猫の助言に先生は喜ぶ。
「しっかし、琥珀を溶かすなんて……昔の人は勿体ない事するわねェ……」
そのリトスの言葉に先生はパチンと指を鳴らす。
「それよ、それ! つまり、溶かす歴史が実際にはあった! でも貴重な宝石と知られている今となっては勿体ない事……それがブルーアンバーともなれば……?――まさに『禁断のレシピ』じゃない?」
「確かに……そりゃ禁断だわねェ!」とリトスも頷く。
その場に居た誰もが確信を得た様だった。
「じゃあ、そのブルーアンバーを探すにゃん!」とグレイマンは声を弾ませた。
「甘い甘いッ、甘いわよォ! にゃんこ伯爵!『ハーピー・デイズ・カフェ』のチュロスくらい甘いわよォ!」
「にゃ?」
「あのねェ……さっきも言ったけど、ブルーアンバーは超レアストーンなのよ? 普通の琥珀とは違ってね……」
「なかなか出回らないって事?」とミト。
「まず、発見自体が稀なのよォ」
「それでも特産地とかあるでしょ?」と先生は頬杖をつく。
「うーん、そうねェ……。ブルーになる条件に、特定の木の樹液である事と、火山ガスの影響を受ける事ってのはわかってるくらいねェ……それにまだブルーアンバーとは限らないでしょォ? あくまでも可能性の話で――」
「いや、多分、間違いねーよ……」
リトスの言葉を遮る様にベイゼムが静かに口を開いた。
その言葉の意味を問う様に、皆、不思議そうに彼を見つめた。
「俺の職業は何だか覚えてるか?」
「ボクとおんなじ
「俺達が扱うのは何だ?」
とベイゼムはミトに視線を送る。
「そりゃ、箒の材料、木に決まっ――あっ!」
「そう! 木だ! さっきから俺ん中で引っ掛かってたんだが、『樹液は木の血』って言葉……。そういや樹液ってのは、木のマナだってのを思い出したんだ! まあ、今日まで俺は、琥珀が樹液の化石だなんて知らなかったんだけどよお……」
天才箒職人は続ける。
「俺は木のプロフェッショナルだ。木の目でマナの流れがわかるくらいにな。木ってのはすげーんだ。俺達、ブルームクラフターが飛行具を木製の箒にこだわり続けてるのもそこにある……」
――あ!
あたしは思い出した。
あのアズアズフィーフィの住む魔法の木の家、ヴィータの木を。そしてそこで受けた魔女の講義を。
「木は
あたしの呟きにベイゼムが頷く。
「その通りだ。『木』ってのは生命の象徴。
「あっ! そういう事だね! つまり、エレメントの塊の木に流れるマナ、その樹液を閉じ込めた『琥珀』って言うのは、エレメントを凝縮させた結晶の様なもの! そういう事でしょ、先輩」
「まあ、そんな所だ。木も宝石も魔力が籠りやすいってのは、俺達、魔法使いにとっちゃ常識マルだ。それが『木から生まれた宝石』ともなるとどうだ? その中でも特別な存在、ブルーアンバーともなれば?」
「決まりね!」とリトスが呟いた。
「正直、俺はゾッとしてんだ。今この場によお……木のプロフェッショナルである俺達ブルームクラフターに宝石商人……それから、ミスリルの製法を知ってる錬金術師が顔を揃えている事によお……何の因果だか知らねーが、こいつはもうブルーアンバーってのを探す為に集まったんじゃねーかと思う程によお……」
――因果?
あたしはまた三つ編みをぎゅっと握った。
そう、これは運命なのだ。
あたしはここに導かれたのかも知れない……ミスリル銀の鍵を握る『賢者の石』を探す為に……。
「でも、一つ問題がある……」
逸る皆の気持ちを制する様にベイゼムは言う。
「木にも色々あるだろ?」と。
「そうね。実際に琥珀になる条件に、特定の木の樹液である事。ブルーアンバーともなれば更に種類は限られてくるわねェ……」
「なあ、ブルーアンバーにも色々あるんだろ?」とベイゼムは宝石商に問う。
「もちろん、そうよ。淡い色だったり、それこそ深海の様な濃いブルーだったり、そのどれかが『賢者の石』かも知れないし、ブルーアンバー全てが『賢者の石』なのかも知れない……こればっかりはアタシにもわからないわねェ……」
「やっぱり、そうだよなあ……」と箒職人。
「多分、俺の勘だが、特定の魔法樹だとは思うんだ……」
「魔法樹?」とあたしは聞き返す。
「ああ、マナに特に親和性の強い木だ。早い話が『魔法の木』ってやつだ!」
「あ! ヴィータの木!」
「ああ、ウィンダリア樹や、あのフクロウ女の箒にも使ってる特別な木だな……」
「成程ね……確かに、それなら『賢者の石』と言う感じもするな……」と先生が頷く。
「魔法樹生まれのブルーアンバー! それが『賢者の石』ってわけねェ……」
「ニシシ☆ 確かにそれなら『賢者の石』って名前に相応しいよね☆」
「どうやら、皆の意見は一致した様ね? ここに居る、宝石商人も箒職人も、そしてワタシ錬金術師も、もはや疑いの余地がないみたいね……さあ、これを聞いたドワーフ鍛冶、名門マリウスのキミはどうするの?」
「でも、ブルーアンバー自体、滅多に見つからないものなのよね?」とあたしは後ろの宝石商人に目配せをする。
「やれやれ、そんな目で見つめられちゃったら、アタシ何も言えないわねェ……」とリトスは首を振ると優しくあたしを見つめ返した。
「でも、どうしていいかは、自分の胸に聞けばわかるものよォ?」
――自分の胸?
ここまで、ミスリルを探す旅で色んな人に会い、助けて貰った。そして今この瞬間も……。
――あたしはコーザさんと約束したんだった。
「
「え?」とリトス。
「あたし、色んな人にいっぱいお世話になったの……。その事を無駄にはしたくない……今ここに居る人達も含めて……」
「ふふ、そうねェ……」
そう言ってリトスはその黒い羽根で優しくあたしの頭を撫でた。
「人は心で繋がるのよ。あなたは悩んじゃだめ、太陽の様にいつも輝いてなさい……」
ふんわりと優しい香水の香りがあたしを包んでくれた。
――太陽の様に? 太陽……太陽で青くなるブルーアンバー……
あたしの心が定まった。
「皆の話を信じるわ! これがきっと未来に繋がると信じるの! 賢者の石――特別なブルーアンバーを探すわ!」
「ええ! あなたならきっと出来るわ、マリウスちゃん!」
「ねえ、リトス社長! もしブルーアンバーが出回りそうな所があるとしたら、そこはどこなの?」
「王国最大の貿易都市、自由の街『クロイウェン』よ!」
青紫色の瞳の美人ハーピーが優しく微笑んだ。
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