第93話 リトス様は怖い

「ワタシのアンちゃんから離れなさい! この化けガラス!」


 やっと登って来た先生が後ろで声を上げた。


「ワタシのアンちゃん?」とリトス社長。


「その子はワタシの弟子よ! 前に話したでしょ? アイルダリフでのワタシの弟子」


「え? それがこのマリウスちゃんなのォ?」


「そうよ! だからその汚いを離しなさい!」


「相変わらずうっさいのねェ、ジル……。何もしやしないわよォ。彼女はウチの大事なメーカー様なんだからァ……」


 そう言ってリトスはやっとあたしを解放する。


「メーカー? ……。そっか、ルーンリング! あれ、やっぱりアンちゃんが作ったやつだったのね?」


 師の質問にあたしは頷く。



「それよりもジル。アンタ、アタシに言わなくちゃいけない事があるんじゃないのォ?」


「はて? 何だっけ……」先生はシルクハットを人差し指でくるくる回しながら、顎を触り首を傾げる。


「すっとぼけんじゃないわよォ! 夕べの事、もう忘れちゃったのね、この酔っぱらい!」


――ゆうべ? 酔っぱらい?



「人の羽根にワインぶっかけておいて……よくもまあ、忘れられるわね!」


「ああ!」と先生は思い出したように声を上げる。


「そういや、そんな事もあったっけ!」と。


「何が『そんな事もあったけ』よ! 羽根はハーピーオンナの命なのよォ? お陰で『天使達の集い』の後だというのに、今朝もフェザーサロンに行く羽目になったんだから! トリートメント代、ちゃんと請求するからね!」


――ゆうべ、酔っぱらい、ワイン?


「ああ!」とあたしは理解する。


「あのドレス! 先生も羽根自慢パーティーに行ってたのね!」


「ん? 何故それを?」と先生。


 昨夜、酔っぱらって帰って来た先生が何故、赤いドレスを来ていたのか、ここにきてあたしはやっと理解したのだった。


 そして先生が昨夜「うまいワインだった」と口にしたのは、何を隠そう、あたし達がオクシーから嵐を越えて届けたワインだったのだ。このカラス社長に届ける為に――。


 そこへ、先生の後からまた別の人物が登って来る。


「ああーっ! ベイゼム先輩! なんで先輩がここにー?」


「オッス! 暴走女、久しぶりマル。たまにはノジェーロに帰って来いよ?」


「先生、あのワインを持って来たのはあたしとミトなのよ?」


「はあ? どうしてキミがそんな事を?」


「ちょっとジル。聞いてるの? トリートメント代よォ?」


「リッちゃん、ちょっと待って!」


「ミト、おめえこそ、なんでこんな所に居るんだ? ワイン屋の手伝いはクビになったのか?」


「いや、ボクはそのワインの配達でここに来たんだよ。先輩こそ、なんでリトス様の部屋に居んの?」


「俺はケットシーを待ってたんだ」


「伯爵を?」


「そうだにゃ……でも気乗りしにゃいにゃあ……」


「先生こそ、なんであのパーティーに?」


「ワタシは上手いワインが飲めるとリッちゃんに聞いてね。で、配達って何の話なの?」


「ねえ、伯爵? ボクにも分かるように言ってよ?」


「にゃあ……ファラの事にゃ……」


「ファラーシャ様? ファラーシャ様がどうかしたの?」




「ああッ! もうッ! アンタたちィ、うっさいわよォッ! とりあえず全員黙りなさいッ!!」




 口々に喋る客を前にオカマカラスが痺れを切らせた。


 リトスの一言で皆が口を止めた。


「怖っ」とジルド先生。


「うっさい! 黙んなッ!」とオカマが一層低い声で一喝する。


「とりあえずジル!」

「は、はい!」

 リトスの迫力に先生は反射的に返事をする。


「アンタは一回、アタシに謝んなッ!」


「ご、ごめんなさい……」


「で?」


「トリートメント代、払わせて頂きます……」


「よろしいッ!」


 やっと機嫌を戻したリトスがにっこり笑う。


「まあ、半分持ってくれりゃいいわよ。友達だからネ」


「……。友達からお金取るの?」と先生。


「うっさいッ! 酔っぱらいッ!」「はい……」


 先生は顔を隠す様にシルクハットで目元を覆う。



「ハイハーイ。ちゅうもーく」とリトスはを叩く。


「面倒だからアタシが説明するわねェ……彼はベイちゃん。そこのにゃんこ伯爵を追って10日前にここに来たのよォ。彼とは初対面だったけど、アズちゃんとにゃんこ伯爵の友人って共通点で仲良くなってね――」


「仲良くなってねーし」


「ハイ、そこ。うっさいッ!……で、まあ、この社長室で待ってて貰ってたの」


「ちょっと、ベイちゃんとかアズちゃんって?」とジルド先生。


「ハイ、そこもうっさいッ! アタシ『黙って』って言ったのよ?」


 どうやらまだ喋ってはいけないらしい……。


「アズちゃんはアズちゃんよォ? オハディーの外れに住む魔女でェ、アタシとは宝石マニア仲間。そこのにゃんこ伯爵の同居人なのッ! にゃんこ伯爵の説明は……いらないわねェ?」


「(あたしもお世話になった人なの。アズアズフィーフィって名前なの)」

「(ほう……)」

「(あの人はベイゼムって名前で、凄腕の箒職人よ)」

「(成程……)」


「ハイ、そこ! こそこそ喋べらないッ!」


「「ごめんなさい!」」



「で、そこのピンクの童顔魔女が、ベイちゃんと同業の箒職人で、アルキューラのワインの配達で小銭を稼ぐちんちくりんよォ」


「ちょっと、リトス様――」


「ハイ、うっさいピンク童顔ッ!……で、昨日の夜、ハーピー達の集うご領主様のお城でのパーティーにアタシがそこのジルを誘ったの……あ、ベイちゃん、ジルはアタシの友達ね! 色ボケしてる年増だけど、腕は確かな金細工職人。ノーブル・ゴールドのジルド・プレイトと言えば、このウォーターフロントに住んでれば聞いた事くらいあるでしょ?」


 きょとんとしたままの森の住人ベイゼムだったが、すぐにうんうんと頷いた。声を出さない様にと、口元を押さえて。


「で、昨日のパーティーでそこの年増がぶっかけたワインをそこのピンク童顔とマリウスちゃんが持って来てくれたのよォ? 本来は船で来るんだけど昨日のオクシーの海は時化で欠航になっちゃってね。そこへマリウスちゃんもこっちに来るついでに同行したんだって! あ、マリウスちゃんは皆知ってるみたいよね? ま、彼女の作るルーンリングをウチでも取り扱っててね、それはもう、人気なんだからァ。はあ、まさか、こんな可愛い職人さんが居たなんて……ホントに驚きよねェ……。ハイ。じゃあ、質問ある方は手を上げてねェ?」



 このオカマ社長の迫力にここに居る全員が完全に黙らされていた。何か言おうものなら、すぐに「うっさい」が飛び出てくるのを皆が恐れている様にも見えた。



 一番槍はジルド先生だった。


「えっとぉ、リッちゃん?」

「ハイ、ジル!」と凄い剣幕で指差してくるカラス。


「もう……落ち着い、た? と、とりあえず、座らない? あ、あと『色ボケ』はともかく『年増』は……やめて、ね? あんただって、ワタシと二つしか違わないんだし……」


 多分、先生の主張は後半がメインだと思う……。


「ふう……。ありがと、色ボケジル。そうねェ……とりあえず、座りましょうか……」


 そうして、深呼吸をしたリトスは部屋の端にある丸いテーブルに目をやる。


 その視線に気付いた全員は急いでテーブルと椅子を持って来る。


 あたしも加わろうとすると、「貴女はいいのよ? マリウスちゃん」と何故かリトスに抱きしめられた。


 ミトの言ってた通り、『リトス様は怖い』。その言葉の意味がよーくわかったあたしは黙って頭を撫でられていた。



***



 落ち着きを取り戻した元灯台の展望台の社長室では、皆がようやく円卓に座っていた。


 あたしは何故か、リトスの膝の上に乗せられ、そのあたしの膝の上には、グレイマンが乗せられていた。

 あたしとグレイマンはリトスの漆黒の翼に包まれていた。


 あたしの頭に頬擦りをしてくる漆黒のカラスのハーピーはすっかりご満悦だった。「ワタシのアンちゃん」を主張してた筈の先生は、もはや逆らいもしなかった。



***



「――成程ね、その妖精のフィアンセである伯を、貴方が迎えに来たって訳だね」


「そういう事だぜ!」と先生の確認にベイゼムは親指を立てる。


 さっきのリトス社長の話になかった、ベイゼムが来た理由を彼自身が付け加える事でようやく、やかましい客人達は丸く収まった。


「はあ、ファラーシャ様のご機嫌か……確かにそれはボク達ブルームクラフターにとっては一大事だよね……。ノジェーロには、アルキューラ社の葡萄畑もあるし……このままだとワインの味にまで影響が出るよね……」


「おめえもいっぺんノジェーロに帰った方がいいかもな。ほらファラーシャ様、なんだかんだでミトの事、可愛いがってくれてたっつうか、よく遊んでなかったけ?」


「うん、ボク子供の頃、よくファラーシャ様に遊んで貰ってたんだよね。寂しがり屋のファラーシャ様、ボクに会いたがってた?」


「おう。たまにミトの話してるぜ? 是非、顔出してくれよ!」


「ニシシ。ピクシーって長生きなのに寂しがり屋なんだね☆」


「にゃあ。でも我輩は友達のアンちゃんを置いて行きたくにゃいにゃあ」と膝の上の灰猫があたしを見上げる。


「ありがと、グレイマン。でも、大事なフィアンセが困ってるのよ? あたしのわがままにそこまでして付き合う事ないのよ?」


 ベイゼムやミト、ノジェーロのブルームクラフターの深刻そうな話し振りに、あたしは「仕方ないか」と思う様になっていた。


「それに、あたしの探しものが、いつになるのかわからないしね――」


「探しもの?」とミト。

「あ! そっか、今朝話してた『賢者の石』だね☆」


「あ!」と先生が言った事で、慌てて口を押さえるミトだが、もはや手遅れだった。


 賢者の石とは、口外しないと今朝、先生に口止めされたばかりだったのに……。


「ごめんなさい……ジルド様」と俯くミト。


「いいのよ。折角だからリッちゃんにも聞いて貰いましょ? その方が早いし、その為にここに来た様なもんでしょ?」


「賢者の石?」とリトス。


「ねえ、リッちゃん。何か知らない? 宝石マニアのあなたなら何か聞いた事とかあるんじゃないの?」


「いいえ、『賢者の石』なんてのは聞いた事もないわねェ……」


「そっかあ、リッちゃんでも知らないんじゃあ、宝石とは違うのかもね……鉱物に詳しい人でも居ればいいんだけどなあ……」


「ねえ、ジル。一体何の話をして居るの? アタシ達の仲に隠し事はしない約束じゃなかったけ?」


 リトスの詰問を受け、困った顔で先生はあたしを見つめる。


 こくりと頷いたあたしは事の経緯を話し始めた。


「折角だし、先生も聞いて。それにリトス社長も、ベイゼムさんもミトも、皆アズアズフィーフィとは知り合いみたいだし……。あたしの依頼人はアズアズフィーフィの幼なじみ、アクス=アラのご領主様、ヘックス公爵閣下なの――」


 あたしはヘックス様の依頼でエルフの道具である『銀の靴』を、幻の鉱物『ミスリル銀』を使い、ドワーフの培ってきた『ルーンスミス』の技術で作る――すなわち『ルーン入りのミスリル銀の靴』を作る事。また、それがエルフとドワーフの間に産まれたエルドワとして、やりきれない想いで亡くなったママや、マリウスにしてエルフの嫁との付き合いに葛藤しながら亡くなってしまったおじいちゃんの無念――それらを打ち直す、エルフとドワーフの架け橋になるべく、この仕事に臨んでいる事を打ち明けた。やはり魔方陣の事を除いて……。



「――素敵ねェ……。うん、アタシも応援するワ! 大丈夫、マリウスちゃんならきっと出来るわよォ!」


「ヘックス公爵閣下っていやあ、俺達エルフのおさにして王族、シャルウェリン家だよな? そりゃまたすげー所からの依頼マルだよなあ……しかしアンちゃんがエルフとのハーフとはな……」


「オウル先生が、あの辺境伯と幼なじみだったなんて……ボク、初めて知ったよ……」


「確かにアズちゃん、アクス=アラ出身って昔言ってたわねェ」


「成程な、そういう事だったか……。どうしてアンちゃん、キミがミスリルにこだわってたのか、やっと謎が解けたよ」


 そう言って先生はリトスの膝上のあたしまで腕を伸ばしては、ぐしゃぐしゃっと頭を撫でた。


「しっかりやるんだよ!」と。


「ありがとう……ジルド先生……」


「この際だからワタシも白状しよう……ワタシはゼオ・フラスタの意志の生き残りだ。あの悪魔の錬金術師、ミスリル銀を錬金合成したゼオの末裔なんだ」


「ちょっとジル……」


「いや、言わせてくれリッちゃん」


 どうやらリトス社長は知ってた様だ。


「そして、その禁断のミスリル銀のレシピ――流石に詳しい製法までは言えないが、その鍵を握るのが『賢者の石』なんだ。何でもいい、『賢者の石』又は『青い生命石』について知ってる事、思い当たる事があったら教えて欲しい」


 円卓会議はいよいよ本題に迫っていた。

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