第92話 リトス・ユーウェル
「ベイゼムさん……どうして貴方がここに?」
灯台の天辺で待っていた意外な人物にあたしは問い掛ける。
「貴方がここの社長さんだったの?」
「なわけねーだろ? あんなのと一緒にするなっての! フクロウ女に頼まれてよお……ここに来るだろうって聞いて待ってたんだ」
「フクロウ女? アズアズフィーフィが?」
「ああ、フクロウ女からの伝言だ。『ノーマンのやつは一足先にアクス=アラに帰した』ってさ。ノーマンって何だ?」
ロイド・ノーマン。あたしに、この旅のきっかけを作ってくれた人。アクス=アラからの使者。ヘックス様からの依頼を告げた代理人。
「そう……ロイさん……良くなったのね……」
オハディーの外れのエシオブの森、アズアズフィーフィとグレイマンが住むヴィータの木で療養中のロイの帰還にあたしはホッと胸を撫で下ろした。
「まあ、これはついででな……ケットシーの行方をあの女に聞いた時に頼まれた伝言で……俺の用事は、そっちの猫の方が本命マルなんだ」
「グレイマンに?」「にゃ?」
「ケットシー、ファラーシャ様が待ってる。なんか、すげー怒ってたけど、何やらかしたんだあ?」
「にゃあ! ファラっ!」とグレイマンが青ざめる。
「ファ、ファラーシャ様?」とあたしは首を傾げる。
「にゃあ。忘れてたにゃあ……」
「俺の目的は、ケットシー、あんたを連れ帰る事。ファラーシャ様のご機嫌を戻すまで、満足に箒が作れねえからな!」
「にゃ、ファラの……誕生日の事、すっかり忘れてたにゃあ」
「あちゃー。それであんなに不機嫌マルだったのか! ったく、しっかりしてくれっての、妖精王さんよお」とベイゼムはポリポリと頭を掻く。
「お陰で数日、こんな所で待ちぼうけマルだったぜ。もう何日もあんな変態マルの相手させられてよお……俺の時間を返せってのこの猫!」
「にゃ、ホウキ屋……悪い事したにゃあ……」
「とりあえず、ノジェーロの森に帰るぜ! さっさと乗ってくれ」
そう言ってベイゼムは、箒を水平に持ち上げて見せる。
今にもグレイマンを連れて行きそうなベイゼムにあたしは慌てて言葉を返す。
「ちょっとちょっと、待ってベイゼムさん。ファラーシャ様って? それにグレイマンは今、あたしのパートナーなのよ? 勝手に連れていかれちゃ困るわ!」
「ああ、フクロウ女が言ってたっけ……アンちゃんの探しもの、手伝ってるんだってな。でも俺にとっちゃ、全然無関係マルなんだな……。そっちの事情はともかく、俺も死活問題マルなんだっての」
ベイゼムの困った表情にあたしは少し落ち着きを取り戻した。
「とにかくちゃんと説明してくれない? 話はそれからよ!」
「はあ、もうっ。めんどくさい事この上ないマルだぜ……」とベイゼムは訳を話しだした。
***
「――なるほど、そのノジェーロの森を守護するファラーシャって妖精さんのご機嫌が戻らないと、貴方達、ブルームクラフターは箒が作れなくて困ってるのね?」
「ま、そういう事なんだな。ノジェーロの箒職人達は妖精との付き合いを大切にしてる。まあ、今の守護妖精のファラーシャ様ってのは、ちょっとわがままな女の
「ええっ! フィ、フィアンセっ!!」
「そういう事にゃん。誕生日をすっぽかして、きっとファラはカンカンに怒ってる筈だにゃあ……」
「そりゃそうだぜ。そうでなくてもファラーシャ様は今の守護妖精の任の為に、結婚を遅らせてるってのに……許嫁のあんたがあんまり気まぐれなもんで、よくへそを曲げてんだ……この上、誕生日までほったらかしマルとあっちゃ、機嫌も悪くなるってもんだぜ?」
「貴方にそんないい相手が居たなんてね、グレイマン」
「にゃあ、父上が決めた相手だにゃあ。ファラーシャ・バーバチカ――我輩の苦手なうるさい女妖精だにゃあ」
「ファラーシャ様はあんたを気に入ってるけどな?」
「それは我輩が妖精王の家系だからにゃ……ファラに会いに行くにゃんて……憂鬱にゃんだにゃあ」
「頼むよ、ケットシー。一目会うだけでいいんだ。そうすりゃ、ファラーシャ様のご機嫌もきっと良くなる筈だからよお!」とベイゼムは両手を広げて諭す様に言う。
「ねえ、どういう事なの?」
「ああ、妖精が元気な森ほど、良質な箒の材料が得られるんだ。特に俺達ブルームクラフターはいい妖精の居る森の木を選んで使ってる。ところが最近のノジェーロの森の木はまるで元気がないんだ。守護妖精であるファラーシャ様の心が雲ってしまってるせいなんだな……で、こっちも商売あがったりマルだって話!」
「はあ、迷惑な妖精さんね……」
「そうかもしんねえけど、妖精あっての俺達ブルームクラフターだからな。そうやって昔から妖精とエルフは共存してきたんだ。守護妖精のご機嫌をとるのも俺達の役目さ。特に俺はバレィ家、ブルームクラフターの中でも妖精との交流が深い家柄だからな。今のファラーシャ様の話し相手をやってんのは俺なんだからな」
「にゃあ。ノジェーロの森の元気が失われるとたくさん迷惑掛けるにゃ……でも、アンちゃんの手伝いも途中にゃんだにゃあ……」
「同情するぜ、ケットシー。許嫁だなんて窮屈この上ないマルだもんな……自由な空の住人の俺にはわかんねえ悩みだけどよお」
その時だ。
窓の外から黒い影が飛んで来た。
「げっ! アイツが帰って来ちまった!」
――バッサバッサ。と優雅に飛んで来た影は、窓辺に降り立つ。
「ただいまー。ベイちゃーん――アラ?」
現れたのは、見事なまでに手入れされた漆黒の翼、艶々の黒髪をまっすぐ下ろしたハーピーの女の人だった。
「ねえ、貴女、もしかして?」
少し掠れた様な低い声の主、アメジストだろうか、胸元には金縁の中に神秘的な紫色の宝石のペンダント、開けた首元のフリルのブラウスの上に上質そうなベストの胸ポケットからは金のチェーンのアクセサリーが覗いており、羽の為に肩口で切られた袖のないブラウスからは艶やかな黒い翼、タイトな七分丈のパンツからは綺麗な鳥脚、足の先の爪は真っ黒にネイルが塗られていた。
黒いロングストレートヘアの中には、整った美女の顔に、胸元のアメジスト同様に神秘的な青紫色の瞳――。
この人こそが、この陽気な宝石屋JJのカラスハーピーの社長さんなんだと一目でわかってしまった。
――びっくりした。まさか、こんなに美人の社長さんだったなんて……
「出たなオカマカラス!」
――え?
ベイゼムの不思議な言葉が耳に残った。
「ちょっとベイちゃん、うっさい!」とカラス社長。
「オカマカラス?」
「だ、騙されるなよアンちゃん! こいつ男だぜ? とんでもない変態マルなんだ!」
――は? 男? いやいや、どこからどう見たって――
カラス社長の開いた胸元であたしの視線はぴたりと止まる。
――お胸がない!
そう、宝石屋JJのカラス社長はオカマだった――とんでもなく美人の……。
「にゃあ、リトちん! 久しぶりにゃあ」と灰猫はカラスに飛び込んでいく。
「アラ! にゃんこ伯爵ゥ! お久ァ!」とカラスハーピーが猫を抱きしめる。
――確かに、声が低い……
カラスの社長にあたしはやっと挨拶をする。
「はじめまして。あたし、アンヴィル・マリウスで――」
「やっぱりそうなのねェ! まあ、可愛いらしい!」
そしてあたしも抱きしめられる。
咄嗟の出来事でまるで反応出来ずにされるがままに抱きしめられる。
「うそでしょー? やだァ。ルーンリングのマリウスがこーんな可愛い娘ちゃんだったわけェ?」と抱きしめる。
抱きしめてくる黒い翼からはほんのりと甘い香水の香りがした。
そして、あたしの両肩を掴んでカラス社長がじっと見つめてくる。
「婦人の言ってた通りね。素敵な職人の目だわ……。歓迎するわよマリウスちゃん!」
――マ、マリウスちゃん?
「ようこそJJへ! アタシがここのボス。リトス・ユーウェルよォ!」
そう言ってオカマカラスはウインクをする。
「貴女には一言、お礼が言いたかったのよォ?」とリトスは優しい眼差しを向ける。
そして深々と頭を下げる。
「ウチの社員を助けてくれてありがとう」と。
「社員?」
「ナクちゃんから聞いたわよォ? ダイヤモンドの事……」
「あ、宝石屋さ――ナクラスさん!」
「貴女の事を恩人だと言っていたわァ」
そう。盗賊に盗まれた宝石の積み荷の代わりにロイが渡したダイヤモンド――途方に暮れるナクラスへロイが手渡したあのダイヤモンド。
「でも、あれはロイさんが――」
「それも聞いてるわ。でも、貴女にもお礼を言いたいのよォ? 馬車を持ち上げてくれたのよねェ? その持ち主のお爺さんには後でアタシからお礼にイクつもり。あの後ナクちゃんは大口の貴族との約束があったのよ……あのダイヤがなかったら、その貴族との信用を失う所だったのよォ。だから貴女達は恩人なのォ。わかるゥ?」
肩を掴まれたままのあたしはこくりと頷く。
――それにしても、大きい……
すらりと背の高いオカマのカラスの勢いにあたしは圧倒されていた。
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