第4話 リズィ・ダフティ

「引き受けてくれるのですか?」

 ロイドがすっとんきょうな声を上げた。


「なんだか面白そうじゃない? それにウチはルーンスミスの創始者、その末裔よ。新しいルーンの形を最初に刻むのはやっぱり『マリウス』が相応しいと思うの、いわば名誉の問題な訳よ!」

 あたしは胸を張りながら自信満々に答えた。


「ですが、マリウスしょう、お父上は手紙を破られたと仰ってましたが……」


「パパはね、ミスリル以前に、『銀の靴』に問題があるのよ。訳あってパパは銀の靴だけは作れないのよ。でもそれはパパの問題で、あたしは大丈夫だから! でもミスリルはねー、うーん……」


 とたんあたしは窓の外から聞こえる音に反応した。

――ガラガラ、カッポカッポ。 馬車の音だ。


「忘れてた! リズねえだ!」


 急に立ち上がったあたしにびっくりするロイドに、

「ごめん、ロイドさんちょっと待ってて」と背中で喋りながらあたしは奥へ引っ込む。




 あたしが奥のいくつかの商品の木箱を抱えながら戻ると、入り口でリズ姉の声がした。


「アンちゃんやーい。ストーン商会にいくよー。納品する品はあるかーい?」

 そういいながら健康的に日に焼けたリズ姉の姿が入り口に現れた。


「おっさん誰?」

 見慣れぬ来訪者を見つけるや否や開口一番、リズ姉が放った言葉は、お世辞にも礼儀正しいとは言えないものだった。


「私はロイド・ノーマン。本日はこちらに依頼に参りました」

 リズ姉の失礼を咎める事もなくロイドは丁寧に立ち上がって挨拶をした。


「ごめんよ接客中だったかい?」

 ロイドを通り越した視線でリズ姉があたしに確認する様に聞いてきた。


「こちらはロイドさん。あたしのお客様よ。リズ姉、ちゃんと挨拶して!」

 あたしは、抱えこんだ箱をテーブルに置きながらリズ姉に促した。


「おっと。そっか、マジにお客さんだったか……」

 そう言ってリズ姉は頭を掻きながら挨拶をした。


「アタシはリズィ・ダフティ。隣町の同業者だ。もっともアタシは銀細工メインのシルバースミスってやつで、アクセサリーが専門なんだけどね。あんたが金貸し屋や怪しい商品の売人でなくて安心したよ。えっと……」


「ロイドです。ロイド・ノーマン。はじめまして、ミス・ダフティ」

 リズ姉の右手に丁寧に握手を返しながら嫌味一つなくロイドが対応した。


「リズで十分さ。ロイドのおっさん」


 怖いもの知らずのリズ姉に少々固まるロイドを脇にあたし達は仕事の話に移っていた。


***


「――四、五、六と。全部で六つだね。全部ストーン商会かい?」

「ええ、そうよ」


 あたし達のやりとりをロイドは不思議そうに黙って見ていた。


「いつも、悪いわね」

「気にすんなって。自分んとこの納品のついでだ。それにアンちゃんの爺さんには世話になったしね。今のアタシがあるのもアルじいのお陰さ」


***


 荷物を馬車まで運ぶのに何故かリズ姉に駆り出されたロイドと共に、あたしは馬車に乗ったリズ姉に挨拶をした。


「助かるわ。ゲイズさんによろしくね」


「無理すんなよ。ゲイズの野郎苦手だろ、アンちゃん? アイツ、アンちゃんの事イヤらしい目で見るもんなぁ、色白のドワーフが珍しいんだろうよ……おっと、ごめんな、気を悪くすんなよ?」


「いいのよ……」

 あたしは少し目を反らして答えた。


「ロイドさん、ごめんよー。邪魔したみたいだねー」

「いえいえ。私の事はお構い無く」

「外の人だろ? ドワーフみんながアタシみたいに厚かましい訳じゃないからな?」


 返事の代わりに苦笑いするロイドを横目にあたしは突然思い出した。


「そうだ! ミスリルよ!」


 二人ともあたしの大きな声に驚いた様子だったけどあたしは構わず続ける。

「ロイドさん、リズ姉はね、モリア爺の家系なのよ」

「なんとシルバー氏の!」

 あたしに袖を捕まれたロイドは咄嗟にリズ姉に視線を送る。


「え、あ。何だよ? 確かにアタシはシルバー家の出だけどさ、結婚してからは実家には寄り付いてねえよ? アタシにあんなダサいフライパン作らせようってんならお断りだぜ?」


 リズ姉は実家のフライパン作りが嫌で家を出たんだけど、実家の話になると反射的にが返ってくる。


「リズ姉、モリアじいは元気?」

大爺様おおじいさま? 最後に会ったのは五年前だが、多分まだ死んじゃいねえよ。何だってんだよ?」

 フライパンの話じゃなくてちょっと肩の力が抜けたリズ姉が馬車の上から返した。


「モリア爺がミスリル加工をしたっていうのは本当?」


「ミスリル? ああ、酔うとたまにその話をするよ。あと、何かのミスリル製品を持ってるって言ってたけど……アタシは見た事ねえな」


 あたしとロイドは顔を見合わせた。

「聞いた?」「ええ、聞きましたとも」


「アンちゃん一体何の話だよ?」

 仲間外れで面白くない顔のリズ姉が聞いてくる。


「ミスリル探しよ!」


 いつもならこんな馬鹿な事をあたしは言わない。でも今日のあたしのテンションは満月の狼男のように興奮しっぱなしだった。


「あたし、モリア爺にミスリルの事聞きに行くのよ」


 マジかよ。と表情だけで伝えてからリズ姉が答えた。


「大爺様のところに行くなら土産みやげの酒を忘れんなよ」


 そう言い残して、小さい頃無茶した時にいつも「仕方ねーな」と肩をすくめて笑っていた時の表情をしては、

「じゃ、行ってくるわ」とウインクして東へ向けて馬車を走らせていった。


***


 リズ姉を見送ったあたし達は部屋に戻ると、ロイドが抱えていた疑問をぶつけて来た。


とは、何の話ですか?」


 あたしは吹き出した。


――最初に聞く質問がそれなの?


 それから涙をこすりながら答えた。

 リズ姉のお父さんが鉄の丈夫なフライパンの商売に成功して会社を立ち上げた事、それを元手に鉱山を買った事、リズ姉は銀製のアクセサリー作りがしたいので家を出て結婚してしまった事を。


「リズさんはどちらに行ったのですか?」

 そう言ってロイドは窓の外に視線を送った。


「ストーン商会よ。アイルダリフにある鍛冶商会スミス・ギルドよ。こんな田舎まで直接依頼に来る人は最近じゃ珍しいもの……あたしやリズ姉は大抵そこから請け負ったりしてるわね。ちょっと遠いけどここらじゃ一番信頼のあるスミス・ギルドだもん」


「アイルダリフといえば大変栄えている都市ですな」

 ロイドは顎髭をさすりながら頷いた。


――そう、その請け負いが生活を握っているのよね……かの有名なマリウス工房も時代の波には逆らえないのだ。

 などとあたしはご先祖様に謝る気持ちになった。


「それにしても随分と仲の良いご様子でしたね」と言ってロイドは目を細めた。


「そうね。あたしからすれば年の離れたお姉ちゃんって感じなのよね」

「お小さい頃からのお付き合いで?」


 日が傾きそろそろ冷えてきたので、暖炉に火をいれながらあたしは答えた。

「リズ姉はね。おじいちゃんの弟子なの。いわばパパとは兄弟弟子の関係ね。あたしのおじいちゃん、アルゲン・マリウスは銀細工が得意だったの」


「なるほど、それで弟子入りですな。リズさんはシルバーアクセサリー専門と仰ってましたね」

 あたしの手元を目で追いながらロイドはいつの間にか持っていた杖を両手でついて腰掛けていた。


「むしろ、おじいちゃんの影響でリズ姉は銀細工をはじめたみたいなもんよ。ルーン加工の指輪を考えたのはおじいちゃんなのよね」


「それはそれは。お爺様も素晴らしいルーンスミスだったのですね」


 そう、おじいちゃんが今に残した功績はあたしも凄いと思ってる。あたしはマリウス宛にエンゲージリングの依頼が入る度に『アルゲン・マリウスの名前をけがさない様に』といつも気合いが入るのだ。


「しかし、リズさんは隣町からわざわざこちらへ弟子入りに?」


「ああ、違うのよ。ウチも元々はシロペン出身よ。ラプニスに移って来たのはあたしが産まれる前、パパとママがこっちに来たのよ。リズ姉はシロペンのおじいちゃんのところで修行していたみたい」


「みたい?」


「あたしは、産まれてなかったしね。おじいちゃんの記憶も殆どないもん」


 ロイドは少し悲しげな顔をしていた。


「まあでも、おじいちゃんが亡くなってからは、リズ姉はちょくちょくこっちへ来る様になったみたい。あたしが物心ついた時にはリズ姉がいつもいたから……」

 そこまで言ってあたしは自分の生い立ちの話になるのがなんとなく嫌で話題を変えた。


「ねえ、もう遅いし今晩は泊まっていきなさいよ」


 すっかり暗くなった窓の外を覗きながらロイドが立ち上がった。

「そうですね。随分と長居してしまいました。ですが、この上宿もとろうなどと図々しい事は考えておりませんよ」


「あら? 遠慮しなくていいのよ? それとも既に宿はとってあるの?」


「……そう言われると困りますな……」

 ロイドが口籠りながらうつむいた。


「じゃあ、決まりね。まあ、どうせ大したもてなしは出来ないけどね」


「滅相もない」

 ロイドが頭を今度はあたしに向かって下げた。



 それからあたしは泊まっていくロイドと一緒にごく簡単なディナーの準備をした。玉ねぎのスープとパンを奥の客間のテーブルに並べてあたしはまた仕事の話をした。



「ねえ、それよりさっきの話よ!」

 前のめりでテーブルにかじりつくあたしに応える様にロイドも席についた。


「さっきの話?」

「モリア爺よ! ミスリルよ!」

「ああ! そうでしたね」


 それから、少し宙を見上げて考える素振りのあとロイドが口を開いた。


「――ミスリル銀があれば引き受けて頂けるのですね?」


「条件があるわよ?」

 あたしはテーブルの上に真っ直ぐ人差し指を立てて見せた。


「条件、ですか?」


「ミスリル探しを手伝う事! 別に貴方が探して持ってきてくれてもいいんだけど……ほら、こう言っちゃなんだけど、少し頼りないじゃない? それにあたし自身ミスリル探しに興味があるのよ。なんだかんだ言ってもミスリルはドワーフの永遠の憧れだしね」


 頼りないと言われた事よりもあたしがやる気になってる事に驚いたのか、ロイドは目を点にして少し固まっていた。


「……なんとお礼を申したらよいか」

 俯きながら首を横に振るロイドが思い出す様に顔を上げた。

「おっと失念しておりました。代金ですが……」


 かくいう、あたしもすっかり忘れていた。


「それにしたって、ミスリル製品の見積りなんてあたしした事ないわよ?」


 あたしの台詞を待ってたかのようにロイドが口を開いた。

「ヘックス様のお考えを申しても?」

「ええ、是非聞きたいわ」


 あたしの心配はミスリルの調達に時間が掛かった場合、他の依頼がまるでこなせなくなる事だった。


「まず、ミスリル銀調達に掛かる費用ですが、これは必要経費として私共で負担させて頂きます」

 そう言ってロイドはお皿の上のパンを一欠片だけ端へ移動させた。


「次に、制作期間における収入源の補填です」


「収入源の補填? そこまで面倒見てくれるの?」


「ええ。これは、まだ制作期間がわかりませんが仰って頂いた金額で対応したいとヘックス様は申しております」とさらにもう一欠片移動させた。


「そして依頼料……」

 三つめのパンの欠片を移動させロイドは顔を上げた。



「ヘックス様は『』との事で……」


 あたしはパンを喉につまらせた。

「コホッコホッ……それじゃ結局って言ってる様なものじゃない!」


 慌てて水を飲むあたしにロイドが答える。

「そのようですね」


「あたしヘックス様を破産させるかもしれないわよ?」


「ヘックス様は全財産を注ぎ込んでもいいとの事。これには私も肝を冷やしております」

 額をハンカチで拭きながら眉をひそめるロイドの様子があたしにはなんだか可笑しかった。


「貴方も困ってるのね」

 あたしはついに吹き出した。

 ロイドは苦笑いを溢しながら「ええ、まあ……」と相づちをうった。


「しかしそれくらいにヘックス様は本気でお考えなのです」

 そう言って姿勢よくあたしを見つめた。


 金額の事よりもこちらの事情を考慮しようとする姿勢にあたしは心を打たれた。


「ねえ、知ってる」

 あたしはスプーンを宙に立てて聞いた。


「ドワーフ鍛冶はね、客を選ぶのよ。ほら昔話に出てくるドワーフ鍛冶って皆頑固なイメージじゃない?」


「確かにそうですね」


「『この依頼は自分がやるのに相応しいか』、『この客は信用できるか』……そうやって腕だけでなく、も鍛えていくのよ」


 ロイドは黙って耳を傾けていた。


「そして、熟練のドワーフ鍛冶たちは客や商品を見誤る事はなく、それがまた信用に繋がっていくのよ」


 スプーンを宙でくるくるするあたしを見てロイドは更に続きを待ってるようだった。


「あたしは貴方を信用するわ。そして貴方の主人であるヘックス様もね」


 にっこり笑うあたしにロイドもつられて笑顔がこぼれた。


「よろしくね。ロイドさん」

 あたしは申し訳程度に入れたワイングラスを掲げた。


「よろしくお願い致します」とロイドは両手でグラスを掲げた。


***


 それからあたし達は隣町にいるモリア爺の所に明日いく事を一緒に確認した。


「――確か、リズ姉は酒を持って行けって言ってたわ」

「お酒ですか……」


――ドワーフ族はお酒が大好きなのだ。あたしは弱い方だけどね。


「お酒の心配ならいらないわ。明日リコルおばちゃんに身繕って貰いましょ?」


「リコルおばちゃんとは?」


「隣のおばちゃんよ。リコル・スピリタ。酒屋なの。あそこで買って行きましょ! 必要経費出してくれるんでしょ?」


「もちろんですとも。お隣が酒屋さんでしたか……」

 そう言ってからロイドは思い出した様に手を叩いた。

「おっと。忘れるとこでした」


 ロイドは懐をごそごそやって、テーブルに封筒を置いた。

「ひとまず前金の百万ジェムです。足りない分はまた後程で……」


「え……」


 あたしはポンと出された金額にびっくりした。いつも受けるルーンリングで高いものでも五十万ジェムなのだ。それだって半年に一回あるかないかの依頼だし……


「まだこんなの頂けないわ!」

 びっくりしたあたしは反射的に答えていた。


「これはあくまで依頼を受けて頂いた事に対する誠意でもあります。それに仰っていたではありませんか。『マリウス工房は前金払い』と」


――確かに言った。


「ですが、この依頼は長期になるかも知れませんし、まだ確実とは言えない要素も含んでおります。あとは成功報酬という形になってしまうのが、申し訳ない限りです」


――あたしの経験上、金持ち貴族ほどケチなイメージだったけどヘックス様は違う、本気なんだ。


 あたしはまだ会った事のないその変わり者の公爵閣下から情熱を感じとっていた。


「わかりました」

 あたしは丁寧に封筒を受け取った。


***


 夕食を済ませて片付けてからロイドを住み込み職人が使っていた屋根裏へ案内した。


「しばらく使っていないからちょっとアレだけど、贅沢は言わないわよね?」


 埃に蒸せながらもロイドは変わらず丁寧に応える。

「ええ、十分です。どうぞお気遣いなく」



 ロイドを案内して一人工房に戻ってきたあたしは作業台の鍬を見つけてあわてた。

「あー!」と声を漏らし、今度は天井に向かって声を上げた。

「ごめーん。ロイドさん。仕事が残ってるのー。ちょっとうるさくするけど我慢してねー!」


 しばらく沈黙のあと上から声が返ってきた。

「ええー。お構い無くー」


 まあ彼がこの作業を止めた張本人なのだから……とあたしはうるさくする事の言い訳を自分に対して言い聞かせていた。


 これから待っている大仕事。


 それらを想像しては、クスッと小さく笑いながらあたしは金槌を振った。

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