探偵のターン③

 

 

 ■■■

 

 

 決意した彼女だが、さっそく試練である尾行につまづいていた。

 七月半ばの暑い日。変装用に着た長袖カーディガン。おろした髪。そして速さと歩幅の違う男子中学生達の足。エミリは陽介達についていくだけで汗だくとなる。

 

 ターゲットの陽介達は同級生達と和やかに会話している。それでも早歩きだ。やがてバス通学するらしい同級生達と別れた。ここから陽介は地下鉄に乗るという。これ以上炎天下を歩くことはないようなので一安心だ。

 

 尾行のコツは周囲の状況に合わせて距離を変える事。人混みの中では距離をつめ、ひとけがない場所では距離を置く。今は駅前で人が多いので距離をつめる。

 そしてターゲットに極力視線を向けないこと。目が合えば警戒されるためだ。

 

 ターゲット、陽介は地下鉄に入るはずなのだが、その様子がなく辺りを見回している。

 まさかバレたのか。そうエミリが電柱の影で慌てると、肩を叩かれた。

 

 「ターゲットに視線を合わせるな」

 「ひいっ!」 

 

 肩を叩いたのは変装した勇者である。それでも後ろめたい事しかないエミリは悲鳴を上げた。

 

 「に、ににに、にいさんっ、こんな近くで大丈夫なの?」

 「変装してるから大丈夫」

 

 勇者は帽子の位置を正す。そして眼鏡を反射させて、にやりと笑った。それからエミリ同様に電柱に隠れる。

 

 「それより陽介君だ。地下鉄に入る気配がないし、誰かを待ってるみたいだな。それも周囲を警戒した状態で」

 

 陽介を見ないようにして二人は会話する。確かに彼の様子がおかしい。すぐ帰宅せず、周囲を警戒しつつ誰かを待っている様子だ。

 その待ち合わせ相手こそ陽介の金遣いの荒さの原因ではないか。そう思うと勇者とエミリにも緊張感が走る。

 

 「あのスパダリ少年が誰かに脅されてお金を渡してる、とか?」

 「かもしれない。陽介君は明るい子だけど、最近の恐喝はそんな甘くないしな」

 「……助ける?」

 「暴力が出てくれば。お金ですむのなら様子を見て報告だけする。けど、怪我やトラウマだけはどうにもできないから助けに入る。陽介君の代わりなんてどこにもいないんだから」

 

 勇者がまず考えるのは陽介の安全。暴力事件ならすぐ勇者が出ていき陽介を守る。しかし金だけを渡すのなら黙ってみておいて、後で母親に伝えどうしたいかを聞く。

 勇者はいじめの助け方で悩んだ事がある。だから暴力なら庇うが、勝手な行動をするつもりはない。

 

 「もし暴力を振るわれそうなら、エミリは警察を呼んでくれ。それで絶対出てくるなよ」

 「……兄さんは、戦うの?」

 「こっちからの攻撃はしない。陽介君をかばって逃がすことに専念するよ」

 

 エミリは不安そうに勇者を見上げたしかし勇者は安心させるために微笑んだ。探偵の仕事なんて危険ばかりだ。暴力を振るわれようとしても、こちらから暴力は振るえない。相手がナイフでも出さない限り、勇者は攻撃を加えないだろう。誰よりも強い勇者であるはずなのに。

 

 「大丈夫だ。俺は前世では盾役だったからな。防御力アップや攻撃無効化のスキルもあるから、そこらの不良の攻撃は効かない」

 「そ、そういうことじゃない」

 「探偵の仕事で大事なのは助手だ。助手がいるからこそ俺は危ないことにも挑める。エミリが見てくれるから頑張れるんだ。だからその作戦でいきたい」

 

 真剣に語る勇者を見て、エミリはこれ以上の心配は控える事にした。勇者と探偵。職が変わろうと彼は変わらない。

 自分にしか救えないからと彼は必ずやるだろう。ただし前世と違うのはエミリがただ待つだけでなく、いざという時に助けられる立場であること。

 エミリにプレッシャーはある。しかしそれよりも、勇者の救いとなることが彼女を奮い立たせた。

 

 「わかった。なにかあったら、私がやる」

 「助かる」

 

 勇者はいい返事をして、鏡を出す。そして鏡の角度を調整して、離れた位置にいる陽介を覗き見た。

 陽介は相変わらず挙動不審で誰かを待っている。しかしその陽介の顔が明るく輝いた。とても恐喝相手と会うとは思えない程に。

 

 「あ、あれ?」

 

 勇者が力の抜けた声を上げた。陽介に駆け寄ったのは、華奢な女の子だったからだ。かわいらしい笑顔で、とても陽介を恐喝しそうには思えない。

 この辺りに馴染みのない制服を着るあたり、よその中学の女子生徒なのだろう。二つに結われた黒髪が弾んでいる。

 

 「なんだ、デートか。恐喝じゃないな」

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