村娘のターン⑤


 「……とにかく、浮気調査の依頼はこれで最後だ。最後だからと言って手は抜かないつもりで頼む」

 「あれ、浮気調査はもうしないの?ラブホ街、兄さん結構好きなんじゃ」

 「これからは別の依頼をうけようと思うんだ」

 

 エミリの言葉を遮って、勇者は経営の方針について説明する事にした。

 エミリと共に生活をして、勇者は思うことがやたらとあった。そのため浮気調査の依頼は現在受けないようにしている。やはりよこしまなエミリは不満そうだ。

 しかし勇者はもう決めた事だ。

 

 「これからはいじめとか、ストーカーとか、犯罪調査を中心に引き受けようと思うんだ」

 「なんでそっち?」

 「より切実に助けを求めている人がいるから。たとえばいじめって学校が調査するけど、そうなるとちゃんとした結果は出ないだろ?」

 「そうだろうな。いくら学校に訴えてもニュースになっても『いじめなんてなかった』って校長先生とかが言うし」

 

 どちらかといえばいじめられっこであるエミリは感情を隠してそう言った。誰だっていじめは悪と認識していても、なるべく関わりたくはない。とくに教育関係者は評価や責任を気にしてしまうし、生徒はチクったとされてその後の学校生活に支障をきたすかもしれない。

 

 「そう。それとストーカーも直接的な被害がなければ警察は動かない。だからそういった調査を俺がやろうと思うんだ」

 「前から護衛とかやってなかったっけ?」

 「あれは護衛というより同行。これからやるのは証拠集め。まぁ、学校や警察や弁護士が動きやすくなるようにするかんじだ。浮気調査と同じだな。あれだって離婚しやすいようするから」

 「いじめ現場を写真に撮るとか?」

 「極端に言えばそうなるかな。そう簡単にはいかないだろうけど」

 

 やることはあまりかわらない。しかしラブホテル街にはいかないので、仕事のいかがわしさは減るはずだ。

 

 「ただ、収入はちょっと減ると思うんだ。なんだかんだで浮気調査依頼は多いし、儲かってたから」

 

 いかがわしさと共に収入も減る。いきなり新しいことをしようとしても依頼人が現れるとは限らない。離婚したい人は慰謝料が確実にもらえると確信して依頼をするが、いじめやストーカーの被害者は現状維持で精一杯なので、報酬もあまり貰えそうにない。しばらくボランティアみたいな事になると勇者は気にしていた。自分一人ならまだいいが、今はエミリという従業員がいる。

 しかしエミリは鼻で笑った。

 

 「兄さんがそうしたいならすればいい。私、工場でバイトしてた頃よりもらってたし、これから給料減っても文句ない」

 「エミリ……」

 「それより……いじめやストーカーで困る人の気持ちはわかるから。私も、そうだったから。兄さんがそういう人を助けたいと考えてくれて、安心した」

 

 勇者が経営方針を変えたのはエミリを見たためだ。炎上というものを起こされた彼女は当たり前の幸せを失った。勇者はそれを見てもう炎上は見ないと決めた。大勢の正義を確かめたいから炎上観察していた勇者だが、そんな事をしている場合ではないと気付いたのだった。

 他人の正義よりも自分の正義だ。問題を眺めているより介入し解決した方がいい。それは誰かに認められないかもしれない。助けた人に裏切られるかもしれない。しかしそうならないよう、依頼人と慎重に相談を重ねて依頼人を救う。そうすれば依頼人だけは救われる。勇者も正義を貫くことができる。

 

 「ただ僧侶さんや戦士さんが可哀想だけど」

 「うん?」

 「なんでもなーい」

 

 エミリは知らないが、勇者にはまともでない時期があったらしい。きっと今の勇者はまともなのだろう。そうなると周りの女性と恋愛してもおかしくはないのだが、今の勇者は新しい仕事ばかり考えていてそんな余裕はない。しかしそれも仕方ない。この正義感こそが勇者なのだから。

 

 「あ、帰りスーパー寄っていい?」

 

 朝食の片付けをしながらエミリは提案する。勇者はそれに良い顔をしない。また妹が間食用のお菓子を買い込むとでも思っているためだ。

 

 「おやつならもう十分あるだろ?」

 「お菓子なんて買わないってば。……前世みたいに、兄さんの好物のトマトクリーム煮を作りたいだけ」

 

 少なくともここに勇者の正義感から変わろうとした者がいる。中傷によりひねくれていたエミリも以前の彼女に戻りつつある。

 これなら勇者の正義感がいつかは世界を救うかもしれない。

 

 そうして勇者は最後のラブホ街に向かうのだった。

 

 

 

  

 END

 

 

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