村娘のターン④
「自己管理は大事だよ。尾行なんて体力勝負なんだから、小説仕事も大事だけど睡眠時間はちゃんととること!」
魔法使いは本来頼りない少女だというのに今はしっかりとエミリを指導した。それもエミリが魔法使いよりさらに頼りないためだ。
エミリはよろよろと洗面所に向かい水だけで顔を洗う。魔法使いはそれにもついて行った。
「あっ、洗顔でゴシゴシしちゃダメ!化粧水もつかって!日焼け止めも。もう、せんちゃんに見てもらってちゃんとしたお化粧品買ったでしょ?」
「あんなのいらないし」
「ダメ。まだエミちゃんの顔覚えてて蒸し返す人がいっぱいいるかもなんだから。ゆうくんが守ってくれるにしても、この住処をバレたくはないでしょ?」
小言うるさい魔法使いに、渋々エミリは化粧水に手を伸ばした。事務所に一時的に住むようになったエミリは幸せのため堂々と生きる事にした。
今でもアンチに見つかれば中傷されるかもしれない。しかし勇者が言うには堂々としたほうがバレないし攻撃されないらしい。なので戦士がヘアメイク担当、僧侶がスタイリスト担当でエミリを飾りたてる事にした。そうすればちょっとぽっちゃりではあるが、本来の素材の良さを活かした美女となった。中学生の頃の面影はあるが、同一人物とすぐわかるものはいないだろう。
「アンチの人って『叩きやすそうな奴を叩こう』って気持ちが強いんだって。だからエミリさんがお化粧して雰囲気変えて楽しそうにしてたら大丈夫だよ。とくに男の人なんて化粧の事なんてちっとも知らないからわからないと思うし」
「……わかってる」
エミリはぐりぐりとアイライナーで右目の下にホクロを書いた。わかりやすい伊達眼鏡はもうやめて、別の変装をする。
エミリの写真が出回ったのは中学生の頃だ。あれから何年も経って、化粧などで手を加えていれば気付かれることはない。なにより反撃してきそうな存在を彼らは攻撃しない。なので化粧は有効だ。
そしてエミリがおしゃれをしていればいつか彼女は幸せな思いをするのかもしれない。今の所、本人はおしゃれを面倒そうにしているが。
「エミリ、起きてるか。朝めし持ってきたぞー」
事務所の玄関からそんな声がした。勇者がやってきたのだろう。
未だ化粧中のエミリに代わり、魔法使いが出ていく。
「ゆうくん、今エミちゃんお化粧中」
「おお、マホ。今日も来てくれたのか。ありがとな。学校はいいのか?」
「これから行くとこ。じゃあね」
これから魔法使いは登校だ。そして代わりにのそのそとエミリが出てきた。勇者に慣れた彼女は少しずつだが話してくれるようになった。
「朝ごはん……メロンパンは……?」
「朝飯は俺が握ったおにぎりとうちの母さん作ったお味噌汁だ。菓子パンは太るからな」
食べたいものではなかったため文句を言いたくなるエミリだが、勇者とその母親の名前を出されればありがたくいただくことにする。
事務所は簡単なキッチンがあるため調理ができなくもないが、引っ越して新たな環境に馴染むことを第一に考えたいエミリには自炊する余裕もない。
一応エミリは前世では生き物の解体もできる程の料理上手なのだが、今はあまり自炊せずジャンクフードを好むのだった。
「食べがら今日の仕事の確認をするぞ。今日は午前中から浮気調査。旦那さんが奥さんにゴルフだっていって不倫相手と朝からデートするらしい。予定はSNSからある程度掴んでるから、そこそこの時間から尾行開始する」
大きめにしっかり握られたおにぎりを頬張りながらエミリは真剣に聞く。勇者の探る才能は一流だ。不倫の証拠を集めるという大変な仕事のわりに苦労はしない。
「それで、その、二人が休憩しに行くころ」
「ラブホって言っていいのに」
「……二人がホテルに入るところを写真に納めれば終了だ」
兄妹だからか、勇者は『ラブホ』という三文字をひどく言いづらそうにしていた。しかしエミリは腐女子だからかまったく気にしてはいない。むしろ資料にと積極的にラブホテル街に行きたがる。
「今回も尾行スキル……敵エンカウント回避を使うから。ターゲットのかなり近くまで寄って大丈夫だ。ただ、大声は出さないようにな」
「便利なスキルだ」
勇者は修行のかいあって、僧侶が得意としていたエンカウント回避のスキルを最近習得できた。それはエミリを引き取ったあたりのことだ。
保温ポットの味噌汁を飲みながら、エミリはそれを羨ましく思う。
「いーなーそのスキル。それさえあればエロい男子大学生カップル観察し放題だ。私も覚えたい」
勇者は何も言葉を発しないよう口をしっかりと閉じた。
このゲスい思考。少し前の自分は今のエミリのようだったのかもしれない。僧侶や戦士たちもよく付き合ってくれたものだ。
とりあえずエミリの中にあるのはよこしまな思いだけなので、努力や誇りを必要とするそのスキル習得は今のままでは無理だろう。
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