村娘のターン③
勇者は前世での自分の死の間際を思い出す。最後に見たのはテーブルいっぱいのごちそう。勇者の好物である猪肉のトマトクリーム煮込みもある。それらはエミリーが作ってくれたものだ。そして同時に彼はわずかに微笑むエミリーも見ている。
おそらく、国は勇者暗殺のため食材に毒を入れた。その食材は調理するであろうエミリーに渡しておく。勇者の帰省にエミリーはたっぷりとごちそうを作るだろう。食材はいくらあっても困らない。一番最初に、一番多くごちそうを食べるのはその日の主役である勇者だ。
そうして勇者は毒の入った食事を食べた。即効性があったのだろう。彼はすぐに倒れた。その結果を一部切り取れば、犯人はエミリーという事になる。
その事を謝るためだけに、彼女は兄を探したという。
「それは……違うだろ。お前は悪くない。何も知らずに料理を作っただけなんだから」
「違う!私がもっと疑えば良かったんだ!魔王を倒した勇者なんて国から煙たがられるって、食材に毒が入ってるに違いないって!」
「そんな考えに至るとしたら名探偵か病気だぞ。普通の村娘がそんな事に気付けるはずないだろ?」
さらに目元をこすろうとするエミリの手を勇者は掴む。前髪の長い彼女は髪が目にはいりそうだったためだ。
そしてこれからの事を考える。彼女は前世、勇者の死後すぐに亡くなっていたはずだ。少量の毒の入った食事を味見していたかもしれないし、そうでなくても国に不信感を抱いた村人達は村ごと焼き討ちされたという。
そしてエミリは現世では兄に会いたいと思ってしまったため、こんなに悩んでいる。
「エミリ、そのことはもういい。一緒に幸せになろう!」
「え……」
「せっかく幸せになるために転生したんだ。前世の事でくよくよ悩んでどうする!」
勇者の言うその言葉は自分に向けられたものでもあった。彼も前世や正しい事について思い悩む事がある。しかしそんな事で悩むのは時間の無駄だ。完全にやり直す事は女神の力であってもできないのだから。
「とりあえず引っ越すか。こんな治安の悪い所で女の子が一人暮らしするのはよくない」
「で、でも私……」
「事務所に仮眠できるスペースがあるからとりあえずそこに住め。小説の仕事はそっちでもできるだろ。それでそのうちセキュリティのしっかりした部屋紹介するから」
「ば、バイト、あるし……」
「バイトならうちで働けばいい。ちょうど今手伝ってくれてる子が受験生になるから、他を探さなきゃいけなかったんだ」
「そ、そこまでされる理由なんてない。兄さんはもう兄さんじゃないのに」
「お前は前世から執念で兄でもない俺を、謝りたいからって探したくせに、よくそんな事が言えるな」
震えながら否定を続けるエミリも、ついにはその言葉により何も言い返せなかった。
幸せになると決めたのなら今のままではいけない。エミリはアンチを恐れて親元を離れ、隠れ住むような生活をしているが、この治安の悪い街の安アパートで暮らす方が勇者にとって心配た。
それなら身近にいてほしいと勇者は思う。勇者も今回の一件で炎上をもう絶対に見ないと決めた。エミリが近くにいれば、その誓いを守れる気がする。
「すぐにでも荷物をまとめよう。このフィギュア達、一緒の段ボールに入れればいいか?」
「ま、待って!せめて梱包して!ていうか自分でやるから!」
手荒く棚のフィギュアをまとめようとする勇者。その強引さにエミリはつい返事をしてしまった。
前世の事で謝るはずが、その相手の世話になってしまう。会えた事は嬉しいし、こうして受けいれられる事も嬉しい。
早速エミリが幸せになっている事に、勇者はまだ気付いていない。
■■■
小さな窓からは朝日がさしていてエミリは目をさました。九月のからりとした空気だが、今日も暑くなるだろう。
目覚めて頭の軽さに気付く。戦士に髪を切られたのだった。それも前髪短く。おかげで目元を隠せない。
そして部屋に置いてあった僧侶のお古の服に着替える。彼女の服はシンプルで良いのだが、どこのお嬢様だというようなブランドものだ。しかもサイズは細身の僧侶のもののまま。ぽっちゃりのエミリにはぴちぴちでぱつぱつだ。しかし彼女が持っていた泥色毛玉だらけの服は僧侶により捨てられたのでこれを着るしかない。
「エミちゃん、起きてるー?」
部屋の扉口から顔を覗かせたのは魔法使い。彼女はエミリの先輩である。朝から白のセーラー服姿でやってきたのは、後輩エミリを心配しての事だろう。
「……起きてる。四時までアラブの石油王に嫁入りするDK書いてて眠いけど元気」
「でぃけい?ええと、小説のお仕事してたのかな。お疲れ様。でも今日はゆうくんの外仕事のサポートって言ったよね?」
「うっ」
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