村娘のターン
村娘のターン①
『田舎村エミリ』が生まれたのは彼女が中学生のときである。
中学生である彼女が出版社に前世の記憶を確かにライトノベルを投稿し、『兄が勇者になりました』が書籍化される際にペンネームを作ることになった。
『あにゆう』は彼女にとって前世での兄を探すための手段にすぎない。なのでエミリーからエミリと、前世で田舎の農村に暮らしていた事から田舎村と名乗ることにした。これなら鈍い勇者も名前だけでひっかかると期待して。ちなみに本名は田井中絵美という。
小説の内容は勇者の妹視点による平和なものだ。留守を守り、勇者が帰ってきた時にはご馳走を用意しその疲れを癒す事に専念する。どちらかといえば日常系。たまに猪などをさばくグルメ要素もある。戦いが定番であるラノベ界では珍しいものかもしれない。しかしなるべく日々の生活を丁寧に書く。勿論兄しか気付かないような思い出も挟んでおく。
飽和状態のラノベ界なのでそういったコンセプトが出版社には評価されたらしい。しかも書いたのは可憐な中学生女子だという。これは売りだし方を変えたほうがいいと、出版社は考えた。
そうして田舎村エミリは中学生美少女ラノベ作家という肩書で活動する事になった。なにかと『中学生』と『美少女』を強調し、本や宣伝には顔写真を使う。サイン会も各地で開催した。
それが効果的だったため、あにゆうは売れた。各メディアから取材もされたほどだ。
しかしそれだけにアンチと呼ばれる何をやっても反感を持つ層は多かった。小説がつまらない、見た目だけの作者。そんなイメージが一度ついてしまえば払拭するのは難しい。
それにエミリはあにゆうをうけがよく続きが期待できるようなラストシーンにはしなかった。あにゆうラストは勇者である兄が魔王を自分ごと封印するというもの。そして妹は兄が帰ってくると信じて健気に待つという、兄に感情移入していた読者からして見れば望まない結末だ。
そのラストからもアンチは生まれ、やがて彼らはSNSでエミリに尋ねる。『もっと皆が喜ぶエンディングはいくらでもあるはずなのにどうしてあんな終わり方にしたのか』と。当時中学生だったエミリは素直に答える。『あにゆうはただ一人のために書いた話なのでこのエンディングしか考えられなかった』、と。この答えが原因で彼女は炎上した。
『ただ一人のため』という言葉から異性を連想された彼女は、ほとんどのファンを失った。まるでアイドルに恋人発覚したような炎上の仕方だった。
そのうちに不買運動や殺害予告、本名や実家などのプライバシーがネットにばらまかれどこにいてもひどく中傷されたという。
彼女や著作が悪く言われるのはまだいい。しかし炎上は彼女の家族や近所や学校まで及んだ。そして彼女は疫病神のように扱われたという。
そうして彼女は前髪をのばしおしゃれもせず、親元を離れ大事な人とは距離をおくようになった。現在は工場でバイトをしながら別名義でBL小説を書いてほそぼそと暮らしている。
ただ兄に会いたいという願いから、彼女は多くのものを失った。そして肝心の兄は会えなかった。
しかし十年近く経ってから、ようやくその兄がエミリに会いにやってきたのだ。
「話の途中だが、そういえばすごい部屋だな」
「……あんまり見ないで」
エミリの部屋は古くて狭いものだった。その中の壁には男が絡み合うポスター。棚には男のフィギュア。そしてなにやらいかがわしいタイトルの本。衛生的に問題はなさそうだが、よくぞここまで狭い部屋に詰め込んだなと勇者は思う。
そんな部屋でエミリから事情を聞いているのだが、部屋が部屋なので内容が頭に入りにくい。
「あのポスターの男、乳首大きすぎないか。あ、あれが『ウケ君』なのか。さっきのフィギュアの」
「だから見ないでってば!」
エミリは引っ込み思案な性格をとりあえず置いてその話題を拒否した。勇者の視線に悪気はない。ただ妹の趣味についての話をふって、打ち解けたいだけだ。
「リア充パリピな兄さんには理解できない趣味だ。男と男がいちゃついている世界なんてっ……」
「いや、確かに俺の知らない世界だけどこういうの書くのがお前の仕事なんだろ。すごいじゃないか。ペンネームを変えても小説は続けてるなんて」
純粋な気持ちで勇者は妹を褒めた。一度デビューしたのは顔込みのまぐれだったとしても、その後名前を変えてデビューした。それは顔もなにも関係のないエミリの実力だ。
「……そんなにいいものじゃない。だってこれは恨みの力なんだから」
「恨み?」
「私の事を中傷しまくったのは男だから。男は男とひっついてもらう」
「……うん?」
勇者にはよくわからない世界とはいえ、さらにわからなくなった。
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