勇者のターン⑥


 「君!」

 

 違和感から勇者はその女性に手を伸ばした。女性はびくりとする。長くて重い前髪と分厚いメガネからその顔つきはわからない。なので勇者はそっとその前髪を避ける。するとメガネ越しの子鹿のような瞳が現れた。

 田舎村エミリの写真と同じ目だ。

 なにより勇者や前世経験者にしかわからない魂、またはオーラ、または雰囲気。間違いない。

 

 「エミリー、やっぱりエミリーなんだな?」

 「ほぎゃああああ!」

 

 エミリは悲鳴を上げた。そして後ずさる。突然見知らぬ男に前髪をどけられ顔を至近距離で覗かれては無理がない。

  

 「ほがっ、ほぐげご、がほっ」

 

 むせているのか言葉に詰まっているのか吠えているのかわからない。とりあえず勇者は落ち着かせようと自己紹介をした。

 

 「俺は遊佐悠、前世では勇者で、お前の兄だったんだ!」

 

 端から見て聞いていれば勇者の言動は通報されても仕方ないくらい不審だが、それが真実だ。それを聞いてエミリの奇声は収まる。

 

 「にいさん……?」

 「そうだよ、にいさんだ。わかるか?」

 

 ゆっくり情報を与えればぽかんとしていたエミリだが、徐々にその顔は色を失う。そして彼女は何もかもを捨てて、走り出した。

 

 「……え?」

 

 今度は勇者がぽかんとする。逃げられてしまった。エミリが会いたがっていた存在である自分なのに。事情がよくわからなかったのだろうか。しかし前世の兄で勇者だという情報は、エミリはきちんと理解していたはずだ。

 

 その場に残されたカプセルトイのフィギュアを拾う。隻眼の青年を可愛らしくデフォルメにしていたそれをエミリは気に入っていたはずだ。しかしそれを捨ててでも彼女は逃げ出した。

 

 「そりゃ、会いたかったのは十年近く前の事だもんな。今更会いに来られても困る、か」

 

 しかしこれだけは届けよう。勇者は小さなフィギュアを握りしめた。

 そして走りだす。彼女の家はもう知っている。中学生の写真時より太ったエミリは足が遅い。仕事柄体を動かせるようにしている勇者なら簡単に追い付ける。

 

 というか、途中で追いつかないようにするのが大変なくらいだった。追いついてまた悲鳴をあげられても困る。狙うのなら彼女がアパートの前までたどり着き、鍵を探す時。そこを狙って勇者はエミリに距離を詰めて、フィギュアを差し出した。

 

 「忘れ物」

 「ひっ……」

 「悪かった、色々と。びっくりさせたよな。でももうここには来ないから。フィギュアだけはちゃんと持って帰れよ。気に入ったんだろ?」

 

 短い悲鳴にショックを受けつつ、勇者はエミリを傷つけないよう細心の注意を払い忘れ物を届けた。エミリはこわごわとした様子でフィギュアを受け取った。

 

 「あにゆう、やっと読んだんだ。それでお前の呼びかけに気付いた。もう遅くて、意味ないかもしれないけど……それでもお前が助けを求めているなら会わなきゃいけないと思ったんだ」

 

 どうして今更ここに来たか、言い訳になってしまうが勇者は言わなくてはならない。

 この人はもう来ない。そうエミリが気づくと、彼女は無言で勇者のTシャツを掴んだ。それは前世と同じ。口下手な彼女が言いたい事がある時の仕草だ。

 

 「あ、……あぁ、あ……」

 「あ?」

 「……上がって、いって」

 

 勇者は前世のようにエミリの言葉を待った。そして微笑んで頷いた。いつもそうだった。口数少ない彼女でも、ちゃんと待ってやれば気持ちを話してくれる。

 きっとこれから彼女がラノベという媒体を使って勇者に呼び掛けた理由がわかるだろう。

 

 

 

 

 END

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