勇者のターン⑤
『あとで住所送るわ。それでいい?』
「ええと、女神。ありがとう。あ、こうして話すのははじめましてか」
『おっ、そのイケボは勇者やな。なんや、元気そうやん』
「ああ、でもこれだけは聞きたいんだ。どうしてエミリは前世の記憶を?」
電話口に向かい勇者は尋ねた。女神はエミリの存在を知っているようだった。勇者や僧侶達が自力でエミリに気付いたからこそ、もう止める必要はないと話してくれたのだろう。
『詳しい事はうちも知らんねん。ごめんな。でも、多分やけどエミリーは執念から前世の記憶をこの世界に持ち込んだんやと思う』
「執念?」
『そう、執念。せやから住所は送るけど生半可な気持ちなら会わん方がいい。あれは……いつぞやの魔法使いよりもひどいかもやから』
魔法使いへと視線が集まる。それに魔法使いは首を振った。前世の死後に勇者暗殺の関係者を呪い殺したのは若気の至りだ。今は落ち着いている。そんな過去の魔法使いのような執念が今のエミリにはある。関わるのなら相当の覚悟しなくてはならない。
「俺、会うよ。今まで前世のことなんて考えたくはなかったけど、今は違う。こっちでも妹が会おうとしてくれたんだ。それもこんなに必死だなんて、ひどい状況から助けを求めているのかもしれない。ここで会わなきゃ兄貴じゃないだろ」
それは前世の勇者だった。少し前のゲスさや弱さはもうない。そこにいるのは妹を守る兄、そして勇者だった。
仲間達との交流、そして妹からの呼びかけ。それが彼を元の強く善良すぎる勇者にさせたのだ。
■■■
その日は梅雨に入りかけだという蒸し暑い日だった。勇者は上着を腰に巻き、半袖になる。Tシャツで心地よい気候だ。
女神がくれたエミリの住所は意外にも近いものだった。勇者の事務所から日帰りで行ける程。都会とは言えないし、田舎とも言えない住宅街を彼は歩いた。建造物への落書き、散らかったままのゴミ、昼間からやってる酒場などからあまり良い環境ではなさそうだ。
なお、今回同行者はいない。仲間三人とついでに女神もついて行こうとしたが、平日で仕事や学校があったため勇者は断った。一人で行ける、しかし困ったことがあれば必ず相談すると彼は約束した。その際に仲間達の目がじわりと潤んでから肉食女子の目つきになったが、エミリの事しか頭にない勇者は気付かない。
エミリの住居らしい古びたアパートに勇者はたどり着く。そして手のひらにじっとりとした汗を感じながら、彼女の部屋のインターホンを押した。
しかし部屋の内部からはまったく物音がしない。留守のようだ。
汗かき損のような気分になった勇者は出直す事にした。外出中かもしれない。エミリは現在二十代の初めのほうだ。仕事か学校があるのだろう。平日の昼間にいないのかもしれない。
念の為周囲に聞き込みをしておくべきだが、それはやめておく。平日昼間にいるなら主婦くらいだろう。下手に聞き周りその話が広まり警戒されるわけにもいかない。
そんなわけで、勇者はコンビニで飲み物を買う事にした。これから長くなるので水分補給は必須だ。
そのコンビニ店先に、カプセルトイ自販機の前に、小さく丸く人がうずくまっていた。それに勇者はぎょっとする。具合の悪い人がうずくまっているように見えていたからだ。しかしすぐカプセルトイの品定めをしているだけと気付く。
勇者はほっとしてから店内に入り烏龍茶を買った。そして店先で飲む。
「むふふ、ウケ君げっとー、いやーまさかこんな近所のコンビニのガチャにあるなんて侮れませんなぁ」
勇者は妖精の声を聞いたかのような気分になった。周囲には人の気配がない。なのに女性のもののようなか細い声が聞こえる。
しかしそのか細い声の発生源は先程のうずくまっていた人だ。カプセルトイの感想のようだ。
「デフォルメキャラだというのにこの腰まわり、なんたるエロさ。セーメ様もたまらんでしょう。むっふっふー後で並べて撮影会せねば」
うずくまっていた人はボサボサの髪に泥のような色合いの服を着ていた。そして小さく丸っこい体は子供というわけではないが女性なのだろう。
しかし一体どういう感想なのか。単純に造形美を褒め称えているようには思えない。カプセルトイとエロさは普通結びつかない事だろう。
それにしてもこの声、この存在、すべてが勇者にひっかかる。
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