勇者のターン④


 「エミリさん、ペンネームを変えて創作活動は続けている可能性はないでしょうか。あにゆうは何かと批判されていますが、中学生が書いたものとしてはなかなかです。彼女には才能があるはずですから、大人になればさらに伸びるはずです」

 「そうか、小説なら絵と違って文章で判別できないから別名義で続ければわからない……!」

 「……まぁそれは私達も同じなわけですが」

 

 僧侶の推理に勇者はがっくりと力が抜けた。文章は絵ほどクセが出にくい。おまけに一目でわかるものではない。だからエミリは別名義で活動しているかもしれないが、それを勇者達が知ることはできない。

 

 「ね、ねえ、出版社の人に聞くのはどうかな?『エミリさんが生き別れの妹かもしれないから今どうしているか教えて欲しい』って」

 「いや、個人情報だからな。普通に出版社は守るだろうし頭のいかれたエミリアンチと思われるだけだろ……」

 

 平和な魔法使いの提案は即座に勇者から却下された。しかし代わりに僧侶が提案する。

 

 「問い合わせるのは有効かもしれませんね」

 「いや、だから個人情報で……」

 「出版社ではありません。女神様にです」

 

 つい反射的に却下していた勇者がぴくりと反応した。女神。それは彼らが今ここにいる原因だ。わからない事は女神に聞けばいい。

 

 「僧侶は女神とコンタクトとれるのか?」

 「ええまあ。本人は泥団子作ったりそろばん教室に通ったりして忙しそうですが」

 「泥団子?」

 「現在女神様は小学生女児アバターとしてこの世界に溶け込んでいるんです。この世界での勇者を探したり、私達のフォローするために。なので接触も会話はできます。それもかなりフランクに」

 

 勇者は女神の存在は知っていても、それがフランクな存在だとは思ってもいない。泥団子やそろばん教室から察するに、かなり気安い状態のようだ。

 

 「だったら居場所を聞いてみてくれ。こうなったらもう神頼みしかない」

 「確かに神ですけどちょっと違うような。でも確実ではありませんよ。前世の知り合いを探してほしいだなんて、……聞いてくれないかと」

 

 確かにそうだと勇者は気付く。僧侶達とは最近になって奇跡的に出会えた。しかし女神が仲介したのならもっと早くに出会えたはずだ。だから前世の知り合いの仲介はできないのかもしれない。

 

 「女神様としては私達には前世のしがらみなどなく幸せになってほしいようです。だからあの方は私達を仲介しなかった。まぁ、前世の仲間同士でつるむ事は許可されていますが」

 「そうだったのか……」

 「それに女神様からしてみれば私達は蟻のようなものだそうです。私達は区別のつくお気に入りの蟻のようですが、エミリさんはそのへんの蟻にしか見えないはずで、女神様とはいえ居場所がわかるかはわかりません」

 

 失礼な言い方かもしれないが、女神と人間は種族が違う。種族が違えば区別がつきにくいものだ。なのでそのへんの蟻と言えるエミリを認識できるかどうかも怪しい。

 

 「とりあえず連絡をとって聞いてみますね。女神様は勇者の望む事なら何だって叶えてくださるでしょうから、なにかはしてくれるかと」

 「えっ、なんで? もう魔王を倒すわけじゃないのに」

 

 勇者の疑問。それに僧侶はスルーして携帯からメッセージを送った。

 女神が勇者に過保護な理由は彼女が勇者の子孫を見たいからである。だがそれは恋愛を避ける今の彼には言わない方がいい。

 

 わりとすぐに女神からの返事はあった。これから電話するということなので、僧侶は携帯をスピーカー状態にしてガラスのテーブルの上へと置く。

 

 『もしもし女神やでー』

 

 その挨拶はどうなのか、というような明るい声がスピーカーから聞こえた。平然とした顔をしているのは女神に慣れた僧侶くらいだ。

 

 「もしもし。こちらは私と勇者さんと戦士さんと魔法使いさんがいます。今日は聞きたい事があります。田舎村エミリさんという名前に心当たりはありませんか?勇者さんが探しているんです」

 

 僧侶は簡潔に用件を伝える。しかし今回はなぜか陽気な女神も黙ったままだった。やがて重そうな返事が返ってきた。

 

 『……ええよ。教えたる』

 「いいんですか?」

 『前世の知り合いは教えんようにしてる。けど勇者らが自分で気付いたなら別や。田舎村エミリは勇者の妹、エミリーや』

 

 僧侶は勢いよく顔を上げて勇者を見る。彼の推測は当たりだった。そして仲介してくれるという。

 

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