勇者のターン③


 「ちょ、ちょっと待ってくれ、あたしまだ話に追いつけていないんだけどさ、そもそもエミリは前世の記憶持ってるのか?前世の記憶なんてスキル込みでチートなんだから、ご褒美のあたしらだけに許された能力のはずだろ?」

 

 話を理解しきれない戦士はそんな根本的な事を考えた。前世の記憶を持って転生できるのは前世で何かを成し遂げた者だけ。つまり勇者一行だけという話だ。

 

 「前世の記憶をもっている人なんていてもおかしくないでしょう。よくいるじゃないですか。自分の前世は強大な組織と戦っていた、前世の仲間を探している、なんて」

 「それは普通に中二病だろ?」

 「でも確か、女神様が言うには世界とは生物の魂を循環させて発展させるものだそうです。循環の際には洗浄もされます。そこで普通は記憶全てを洗い流すはずなんです」

 「……洗い流しそこねた汚れみたいなもん?」

 「そうなりますね。たいていそういった汚れとはしつこいものですから。エミリさんはどうしても勇者さんに会いたくて、その強い思いから前世の記憶が残ったのかもしれません」

 

 壮大な話を洗濯物のように例える僧侶とすぐ理解できた戦士。エミリはきっと前世の記憶を残そうとしつこいまでに願っていた。しつこさは勇者への思いから。そこから本一冊を書けたのだろう。

 勇者は大きな音を立てて立ち上がる。その顔面は蒼白で、エミリの痛いほどの思いを改めて知ったためだろう。

 

 「そ、そういうことなら手伝おうよ!エミリさんを、わたし達で探そう。人探しはゆうくんが一番得意だけど、きっとエミリさんファンのわたし達にしかできない事があるよっ」

 

 勇者の動揺を見て魔法使いはそれをなんとかしたくなった。勇者のゲスさは改善しつつある。あにゆうを読むようになったのだってその改善からだ。そしてその改善から、彼はエミリに会わなくてはならないと考え仲間達を頼る事にした。

 前のゲスなままの勇者では、気付かないし気付いても放置しただろう。こんな風に動揺するのだって今の彼だからで、それに気付いた僧侶と戦士もなんとかしたくなった。

 

 「わかりました。手伝います。とはいえ、田舎村エミリさんはあれ以来本を出していないので、当時のファンである私達にどれだけわかるでしょうか。サイン会で一瞬会ったぐらいですし」

 「確か、一作目は売れたけどしばらくして炎上したんだよな。それからラノベ界から消えたってかんじで」

 

 当時サイン会に行った程のファンである二人はそう語る。しかしこの辺りは勇者も既に知っている事だ。

 

 「俺も、ネットである程度調べてはいたんだ。そのきっかけの炎上、どうやらエミリがファンにSNSで『あにゆうはある一人に向けて書いた話』って言ったらしくて」

 「えっ、それだけで炎上したの?」

 「ネット界って何の意味もないような言葉にも噛み付く人がいるから。その『ある一人』が男じゃないかとかそんな説になったみたいで、彼氏発覚みたいになってさらに炎上したんだと思う」

 

 勇者は封印していた炎上記事を見る事にした。エミリの炎上は確かに燃え盛っていたものだ。しかし勇者がいつもなら心躍る炎上も、その中心がエミリとなれば見るのも辛かった。彼が望む炎上はどうみても悪人が燃やされている場合のみだ。

 エミリの言う『ある一人』とは勇者の事だろう。しかしファンは曲解した。『彼氏のために書いた』『たった一人だけに向けて書くとはプロの作家という自覚があるのか』『私的な小説でレーベルを汚すな』など、そんな風に思う読者が一定数いた。もとから容姿で売り出していたエミリにはアンチが多く、アンチが炎をさらに煽り、彼氏がいるのではという推測から容姿ファンも炎上に加担、というふうに離れていった。

 

 「元はエミリのファンなんだろうな。そういうアンチが今もネットでエミリの中傷をしてる。あんな女の小説数十冊も買うんじゃなかった、とか」

 「別に誰も同じ本を何冊も買えだなんて言ってないだろうに。サイン会だって一人一回だったわけだし」

 「おかげでネットの情報はそこで止まってるんだ。たまに元ファンアンチの恨みがどっかに書き込まれるくらいで」

 「ひえ……」

 

 そういったアンチの心などちっとも理解できない戦士が悲鳴を上げた。そんな状況だ。田舎村エミリがSNSを続ける事は難しい。そしてもう小説を書くことはない。勇者のネット上のサーチ力もここが限界のようだ。だからサイン会などエミリのリアルを少しでも知る三人を頼ったという。

 

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