勇者のターン②


 だから勇者は数年前の顔写真だけではわからなかった。なによりエミリーらしくないアイドル的な行動からエミリはエミリーではないと判断したのだった。

 

 「このあにゆう、内容が俺とエミリーしか知らないようなことばかりなんだ」

 「たとえば?」

 

 魔法使いが尋ねる。この本の内容は皆が知っている。なのでだいたいのあらすじを話せばすぐにわかるだろう。

 

 「たとえばこのあにゆうの勇者は『猪肉のトマトクリーム煮込み』が好き。けど、俺もそれが前世で好きだった」

 「……そういえばゆうくん、猪肉というか豚肉が好きだし、トマトとかも好きだよね」

 「ああ、豚は栄養いっぱいだし財布にもやさしい。トマトの程よい酸味とミルクの芳醇なコクも好きだ」

 

 実在の人物と創作のキャラクター。その好みの味がかぶっただけだが、本当にそれだけのことだろうか。これだけ一致していることは珍しいはずだ。

 

 「そして勇者の『盾メインの防御重視の装備』これも同じだ。皆もよく知ってるだろ。俺はパーティにおける盾役で、防御重視の装備だった」

 「……確かに。その辺りは妙だと思っていました。こういった小説では何かに特化した主人公が出るものですが、あにゆうにおける主人公は妹。兄は妹の愛らしさを際立たせる存在でしかないのに、どうして兄のキャラ付けに『防御』を選んだのか」

 

 僧侶がラノベ業界を分析しながら考える。兄なんて添え物でしかない。むしろ兄は妹に愛されている展開なのだから、読者の男性達が感情移入できるよう、ある程度は無個性であるほうがいい。

 防御の得意という兄情報は余計なことだ。それも防御での活躍はなかったし、防御では展開も地味になる。

 戦士も創作と現実の共通点に気付く。

 

 「そういや、あにゆうのパーティーは勇者♂、魔法使い♂、戦士♂、僧侶♂、だったな。むさ苦しいパーティーだとは思ってたけど、よく考えるとあたしらの性別逆転版じゃねーか」

 「そうですね。せっかくパーティーメンバーがいるのならもう一人二人くらい女子を入れたほうが人気が出そう、というか、そこで女子を増やさないでこのラノベ界をどう生きるつもりかと思います。頑なに男性キャラにしたのは、私達とは絶対かぶらないようにするためでしょうか」

 

 戦士と僧侶が指摘したように、パーティーメンバーからも共通点が見えた。性別は違うが職業は同じ。これなら探せばまだまだ他に出てくるだろう。

 しかしそれを一番見つけられたのは勇者であるはずだ。本の内容は妹目線。その妹とはエミリーのことであるため、本を読んだ勇者は様々な共通点に気付く事ができた。魔法使い達三人は勇者の妹は知っていてもエミリーは知らない。きっと彼しか知らないような妹の事はいっぱいあるに違いない。

 

 「それで、ゆうくんはどうしてエミリさんを探したいの?」

 

 魔法使いが問う。確かにエミリ=エミリー説は濃厚だが、わざわざ探すという行動に至る理由がわからない。

 自分たちはどうしても勇者に会いたかったから探してはいたが、勇者はエミリーに会いたがっていたなんていう素振りはまったく見せなかった。兄妹とはいえ義理で、それほど仲もよくなかったと彼は言っていた。

 その程度の仲ならわざわざ別の世界で探す必要はない。お互いこちらの世界での幸せを祈るだけで十分だろう。

 

 「……あにゆうの最後の文章、覚えているか?」

 「確か、魔王を封印しようと自分もろとも兄勇者が封印の狭間に封じ込められた、っていう情報を知った妹ちゃんの言葉でしめられたよね。『兄さんはかならず戻ってくる。だから私はずっと待ってる。例え生まれ変わっても』」

 

 魔法使いは意外に優れた記憶力でセリフを読み上げてから気付く。これは現在の勇者に向けられたメッセージではないか、と。そうでなければ『生まれ変わり』という言葉が唐突だ。

 

 「ファンやアンチの中では物語をまとめきれずにそんなエンディングになったのではないかと推測されていましたが……確かにあのメッセージは今の勇者さんに向けられたものだとしたら納得が行きます」

 

 僧侶もそんな評価を見聞きした事がある。年若くまだ育っていない作者だからそんな推測をされたのだろう。

 しかし田舎村エミリの狙いはその一文だけにあるとしたら、勇者に会いたいという願いでこの本を出版したとしたら、それは成功だ。現に勇者はこうして読んですぐメッセージに気付き、エミリに会いに行こうと決めた。

 

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