勇者のターン
勇者のターン①
質の良い来客用のソファに戦士と僧侶は並んで座り、魔法使いは対面のソファに座った。いつかのような構図だ。
ただしいつかと違うのは、飲み物の乗ったトレイを持ってきた勇者である。
「僧侶は紅茶でマホはココア、戦士はコーヒー、でよかったっけ?」
繊細なカップを持っててきぱきともてなす勇者。それもそのはず、ここは彼の経営する調査会社事務所で、三人を呼んだのは勇者だったためだ。
勇者からの元パーティメンバー全員への召集。僧侶や戦士はそれを疑わなかったわけではない。彼は今まで元仲間達にスキルで協力して欲しがっていた。今回もまたスキルをねだられるのかもしれない。
しかし魔法使いの説得もあり、こうして集まる事にしたのだ。今回だけは勇者もいつもの様子ではない、と。
彼がどうして三人を呼んだのかはわからない。しかし僧侶と戦士にはまず突っ込みたいことがあった。
「ていうか探偵事務所なんてあったのかよ」
「しかもかなり立派じゃないですか。賃料はいくらぐらいなのでしょう」
駅近くにあるビルの一室に彼の経営する調査会社はあった。ここは応接間であるためか非常に内装が豪華だ。事務所らしい雰囲気はまるでない。あるのは客をもてなそうという雰囲気。他にも簡単な調理設備や仮眠室まであるらしく、勇者もたまに泊まり込んでいるらしい。
僧侶が気付いたように、とんでもない額がかかっているはずだ。それを探偵になって間もない勇者が支払えるとは思わない。
「賃料は知らないな。家の持ちビルだし。今度父親に聞いてみるよ」
「え?」
「ここ、両親が用意してくれたんだ。あ、もちろん一定の仕事の成果がなければ追い出されるけど」
戦士は派手なまつげに囲まれた眼球が落ちそうになるくらいに驚いた。駅前の持ちビル。どうりで若く探偵として独立したばかりの勇者がやって行けるはずだ。
勇者はこの仕事に両親の協力を得ている。依頼人を紹介してもらっているとも聞いている。ただし甘やかされているわけではなく、親の認める働きがあるからこその援助だ。
「魔法使いさんは知っていたんですね」
「うん。わたしは雑用とかもしてるから。お掃除とか書類整理とか」
「もう少し依頼人が増えたら人を雇おうと思ってるんだよな。今はマホだけでなんとかなってるけど、マホだって受験とかあるし」
アルバイト中の魔法使いはこの場に慣れているので、なれた様子でココアを冷ましながら飲んでいた。しかし今日話したいのは勇者の経営状況ではない。本題に入る。
「今日皆を読んだのには理由がある。みんなの手を借りたいんだ」
勇者からの協力要請、ではあるが、僧侶たちに嫌な予感はしなかった。それだけ勇者の表情が真剣だったからだ。
彼は魔法使いの隣へと座る。なにか重要な用件があるのだろう。少なくとも浮気調査の手伝いではなさそうだ。
「皆には人探しに協力して欲しい」
「ひとさがしぃ?」
裏返った声を上げたのは戦士だった。それも当然で、人探しのプロである探偵勇者に三人が協力できるような事はない。彼女達のスキルだって人探しではあまり使いみちがないはずだ。
「それなら勇者が得意だろ。なんであたしらにわざわざ頼むんだよ」
「皆の方がその人をよく知っているからだよ。探したいのは田舎村エミリなんだから」
勇者は紙袋からライトノベルを取り出した。その本はここにいる誰もが知っているラノベ、『兄が勇者になりました』だ。
あっと魔法使いは気付く。それは先日魔法使いが勇者に貸した本だった。
「どうやらこの田舎村エミリってのが俺の前世の妹、エミリーだったらしい」
「そ、そんな、ゆうくんは前に否定してたよね?」
「ああ、写真の見た目は違った。けど読んでみてわかった。これはエミリーが書いている」
勇者は一度は魔法使いに否定した。エミリはエミリーではないと。それは数年前の顔写真を見てのものだ。実際に見て判断したわけではない。
前世と現世では姿は違うものだ。しかし前世の記憶の持ち主は前世の知り合いを魂というもので判断している。曖昧なそれはオーラともいうし、雰囲気ともいう。どう感じてどう発するのか、なんて聞かれても彼らにはうまく説明できない。二つの世界を知るものだけにわかる感覚だ。
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