魔法使いのターン⑥
やがて勇者は妹との会話を諦めたが、彼女の意思を尊重する事にした。無理に会話はせず、彼女の気持ちを読む生活。そして彼は魔王討伐の旅に出た。そうすれば妹は勇者に気を使わず生活ができる。だから女神に指名された旅も、すんなりと決心できた。
「妹の名前、エミリーって言うんだ。だからこのラノベの、田舎村エミリってペンネーム見て、なんか思い出しちゃったんだな」
「ゆうくんは今一人っ子だっけ。……だから前世と現世の家族同じ率なんて聞いたんだ」
「ああ。もしかして近くにいるんじゃないかと思ったんだけどさ」
「……もしかして、田舎村エミリさんがエミリーちゃんじゃないのかな?」
きょとんとした幼い表情を見せる勇者。
確かに共通点はある。前世とよく似た創作の世界。『兄が勇者になりました』というタイトル。エミリとエミリーという名前。しかしそれだけで小説の作者が勇者の妹と断定はできない。
「いやいや、名前同じって言ったってペンネームだし。こういう世界観のラノベって今やたらあるんだろ。どっかで被っても不思議はないって」
「でもこの小説、私達全員が前世と似てるって思うほどだし」
「……作者はアイドルみたいな扱いを受けてたんだろ。エミリーはそういうことする子じゃないよ」
それを聞いて魔法使いはあっと気付いた。エミリーは勇者とろくに話せない程に内気だったという。そんな人間が別の世界で『千年に一人の美少女過ぎるラノベ作家』なんて売り出し方をするはずがない。
「そもそもエミリーはすごい美少女ってかんじじゃないからな……あ、いや。エミリーの見た目が悪いって話じゃないけど、あいつほんと奥ゆかしいっていうか」
「うん、わかってるよ。兄妹ってそういうものだよね。でも容姿の変化はあるかもだし。わたし達、魂で見てるっていうか。あ、念の為写真見る?」
「……見る」
エミリ=エミリー説。勇者はそれを信じてはいないが、違うという確たる証拠が欲しい。魔法使いはタブレットを出して『田舎村エミリ』と検索した
。すぐに顔写真は出てくる。
それは透き通る肌に子鹿のような目をした少女の写真だった。確かに中学生でこれならば、作家なのに容姿で騒がれるのも無理はない。しかし勇者はタブレットを操作してブラウザを閉じる。
「エミリーじゃないよ。魂とやらは写真じゃ見えないけど、視線でわかる。あいつはこんな自信満々な目をしたりしない」
「そっか。でも消さなくても」
「悪い。でもなんか見てられなくてさ」
勇者が見ていられないのは他の検索候補だ。『田舎村エミリ アンチ』『田舎村エミリ 許さない』など。あまりよくない言葉とともに検索されていたからだ。
「アイドルみたいな売り方してたらしいから、ちょっとでも男のファンの期待を裏切ったらアンチがいっぱい増えたって、そうちゃんが言ってた。それで続刊出ないって。読みたかったのに」
「ファンの期待?」
「彼氏が発覚した、みたいな。そういうのかな」
「どうしようもないな……」
作家の彼氏だなんてどうでもいいだろうに、と勇者は呆れる。彼はまったく非のない炎上には興味がないのだ。
しかしアイドルのような売り方をしたのは事実。実際に小説内容は単調で、世界観が好きという魔法使い達のようなコアなファンが珍しい。容姿しか見ていないファンはすぐに離れる。
そのあにゆうを勇者は手に取る。
「あにゆう、借りてもいいか?」
「え、借りるの?別にいいけど、その……」
「皆がそんなに似てるって言うなら気になってきた。前世なんて思い出したくなかったけど、嫌な思い出ばかりじゃないし、嫌な思い出を封じ込める訓練をしたい」
魔法使いはその勇者の答えに安心をした。勇者は前向きになっている。過去は仕方ないものとして、それを乗り越える方法を探している。
そして思い出したように勇者は魔法使いに向けて言った。
「マホは自分に何もできないと思ってるみたいだけど、そんなことないんだからな。マホは絶対に俺の正義を否定しないから。だから一緒にいて穏やかになれた。怒りや苦しさを忘れられたんだ」
先程魔法使いが言ったこと、僧侶や戦士は勇者を変化させている事に対して自分は何もできないと言ったことを彼は気にかけていた。勇者はそんな事を思っていない。
「救えなかったなんて事はないんだ。……だから、ありがとうな」
「……うん」
結局魔法使いは再び泣いた。しかしそれは自分を責める涙ではない。勇者がちゃんと見てくれた、喜びの涙だった。
END
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