魔法使いのターン④
「ゆうくんは映画は見るの?」
「尾行で映画館には行く。けどターゲットの観察と休息のためだから、集中して見たりはしないな」
「見てみるといいよ。わたし、映画館には行かないけど」
「なんだ、家で見る派なのか?」
「友達、いないから。一人だと痴漢とかで危ないからお母さん達に止められてるし」
「ああ……確かに一人じゃ行かないほうがいいかもなぁ」
魔法使いはもう泣いたことなど忘れて映画の事を語る。前世対策と言っていたが、単純に好きなのだろう。
ただし彼女には友達がいない。そうなると一人なので家でDVDを見る方がいい。
そして勇者は尾行などで映画館に入ることもあるが、映画を見るわけではない。そこでいちゃつくカップルの動向を見るのが仕事だ。
「じゃあごはんまでなにか見ようよ。見たいの棚にある?」
「そう言われてもすぐには思い浮かばないな。……ん?本も混ざってるのか」
細めの棚にはびっしりとDVDパッケージが並んでいる。しかしそのどのタイトルも勇者にはぴんとこなかった。ただしその中で、小さな本はよく目立つ。ライトノベルというその本はDVDの中でよく目立った。
「あ、それは『あにゆう』。とりあえずそこに置いてたの」
「あにゆう?」
「『兄が勇者になりました』っていうラノベ。実はね、そうちゃんとせんちゃんと出会うきっかけの本なの」
勇者にはどこかで聞いた話だった。そういえば戦士が僧侶と出会ったのもラノベ作者のサイン会がきっかけだったという。
「中学の頃、図書館でこれを読んでいたの。そしたらそうちゃんが話しかけてくれて」
「それって……作者がアイドルみたいな売り出し方されてて、女子ファンが極端にいないから珍しいってやつ?」
「うん。そうなの」
「しかも内容は俺達の前世の世界と似てるとかいう?」
「うん。もしかしてゆうくん、もう読んでた?」
「いや……」
勇者は改めてあにゆうを手に取りよく観察した。村娘っぽい女の子が大きく描かれているイラスト。背景にはのどかな村の風景。服や自然など、確かにそれは彼らの前世で見たことがあるようなものだ。
しかし魔法使い達三人、これだけ惹かれて出会うというのはおかしい。世界が似ているにしたって、今のライトノベル業界ならこんな話はごまんとあるだろう。
「その本は改めてそうちゃん達と出会ってから買ったの」
「マホは、これが好きなのか?」
「好きっていうか、さっき言った映画みたいなものかな。前世に似てたってこうして形にして棚に入れちゃえばわたしの嫌な記憶も封じ込められて、棚から取り出して読めば楽しい記憶が蘇るから」
辛い記憶は封じて楽しい記憶だけを思い出す。都合よくできるものかと勇者は思うが、魔法使いはこれだけの映画を見てきた。経験があるからこその対策だ。
「……俺も、訓練したら前世の嫌な事を思い出さずに済むかな」
「できるよ。ゆうくんならきっと!」
魔法使いはベッドから勢いよく立ち上がった。勇者のメンタルに良い変化があった。それが彼女にはなにより嬉しいことだ。僧侶や戦士がしたように、自分も勇者を元の勇者に戻せるかもしれない。
「田舎村エミリ、って名前なのか?」
「ああ、それね。あにゆうの作者の名前なの。変わった苗字だよね」
「いや、ペンネームだろ。にしたってアイドル売りしている作家の名前にしては野暮ったいけど」
「そっか。そうだよね」
勇者は表紙の田舎村エミリの名を見て考え込む。その様子に浮かれている魔法使いは気付かない。
「……そういえば、マホのご家族は前世と関係のある人なのか?」
「わたしの家族?うーん、前世の家族にはわたし、捨てられちゃったからなぁ。だからわかんない」
「ああ、悪い。そうだったな」
「なんとなくだけど、今の家族は前世と関係ないと思う。今の両親があんなに優しいのなら、前世の両親は私を捨てなかったと思うもん」
確かにそうだ、とは勇者も言わなかった。前世での魔法使いの家族についてはわかっていない。魔法使いは捨て子だったためだ。あの世界なので事情があったかもしれないが、今みたいな優しい両親ならば彼女は捨てられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます